極道、溺愛。~若頭の一途な初恋~

春密まつり

28 信念


「お前、どこから入った?」
「会長申し訳ありません。突破されました」

 遅れて入ってきた警備員たちが息を切らしている。特にケガはしていないように見える。

「言っておきますが、防御しかしてませんよ」
 警備員と比べて龍牙は息一つ乱すことなく堂々としていた。

「……龍牙さん」

 藍子が名前を呼ぶと龍牙の視線が藍子をとらえる。

「……ようやく会えたな」
 目尻がわずかに下がるが、すぐにその視線は父へと向けられた。

「お困りのようですね」
「ヤクザの力など借りてたまるか!」
「ヤクザ相手には、ヤクザで対抗するしかないと思いますが」
「なに?」

 父の眉がピクリと動く。

「深山不動産の社長がうちの組の鷲上って男と組んでいたようです。社長が鷲上の分まで金を持ち逃げしたらしく、トップである深山さんに会おうとしています。恐らく、今すぐにでも」

「私は何も知らんぞ!」
「ええ、もちろん。鷲上がこうなってしまったのは組の責任でもあります。あなたを必ず守りますので、ご協力いただけないでしょうか」

 いつもとは違う龍牙の口調に、彼も緊張しているのだと伝わってくる。失礼のないように慎重に言葉を選んでいる。

「お前と協力だと?」

 父はあからさまに表情を歪める。けれど龍牙はあくまで冷静さを崩さない。

「深山さんにもメリットはあります。鷲上も深山不動産に裏切られた側の人間です。細かい事情がわかるはずだ。社長を捕まえるために協力できますよ」
「……なにをする気だ?」
「まずあえて警備を手薄にしておびき寄せます。そこを俺が捕まえるだけの簡単な話ですよ」

「私に身体を張れと言ってるのか」

「座っているだけで構いません。俺がいますから。もちろん、屋敷内にも組員を配置させ万全の体制にします」
「……ぐ」
 父は悩んでいるようだった。

「……父さん」
 兄が父を促す。至急の今は龍牙に頼るしか道はなさそうだ。

「しかたない。お前と関わるのは最初で最後だ」
「……ありがとうございます」
 お礼を言うのは父のほうだろうに、龍牙は丁寧に頭を下げた。

「そうとなったら、藍子はお母さんや他に女性がいれば連れて隠れててくれ」
「わかりました」
「私は部下を呼んで、配置させます」

 龍牙は警備員や秘書たちにも指示をしていく。藍子が母を呼びに行こうとドアのほうを向くと、ちょうど一人の男が部屋に入ってくるところだった。

「ここが会長室かあ?」

 その声に龍牙もハッと入り口に目を向ける。チッと舌打ちが聞こえた。

「……鷲上、もう来たのか」
「あれぇ、若頭がなんでここに?」
 鷲上はふらつきながら龍牙を睨みつける。

「お前を捕まえにだよ。2回も裏切りやがって」
「……へぇ。今は邪魔しないでくださいよ。俺はそっちのオッサンに用があるんだ」

 鷲上は前に見た時よりもうつろな目をしている。その目は父を捉えていた。鷲上を極道だと知っているからか、秘書たちも弱腰だ。

「アンタんとこの社長に裏切られてよお、責任とってくれよ」
「わ、私は知らないぞ!」
「はぁ?」

 父の抵抗に、鷲上の顔つきが変わる。懐から何かを取り出したと思ったら父に向って歩き出す。

「じゃあアンタを殺すしかないか……っ!」
 にやりと笑った鷲上は鋭いスピードで父に近づいていく。その手にはナイフが握られていた。

「……うわああ!」

 鷲上のあまりの早さに、声を出すことも身動きをとることもできなかった。それはこの部屋にいる他の人もそうだった。秘書も、警備員も。

 ――龍牙以外は。

「……う……っ!」

 恐る恐る目を開けると、鷲上が向かっていった先に龍牙がいた。龍牙が彼の身体を受け止めたのだと思ったが、どうも様子がおかしい。龍牙の顔は苦痛に歪んでいた。嫌な予感がして身体を見ると、龍牙の腹には鷲上が手に持つナイフが刺さっていた。じわりじわりと血が溢れ出している。

「――龍牙さんっ!!」
 龍牙は藍子をチラリと見て手で制した。

「な、なにやっちゃってんの、若頭。こんなオッサン守って何になるんすか」
「何やってるんだ、は俺のセリフだ」

 ナイフが刺さっているのにまだ話そうとしている龍牙が恐ろしかった。彼からは今までにない気迫を感じて、他の誰も口を出すことも身動きを取ることもできない。

「鷲上。俺は前から言ってたよなあ」

 鋭い目つきで、鷲上を睨みつける。その気迫に息を飲む。

「カタギに手ぇ出してんじゃねえぞ!!」

 怒号を浴びせながら龍牙はナイフを持つ鷲上の手を掴み、ひねり上げる。そのまま鷲上を床に押し付けた。

「ぐあ……っ」
「鷲上……今度こそ、もう終わりだな」
「は、離せ!」

 龍牙は腹にナイフが刺さった状態だというのに鷲上を捕らえる力を緩めない。荒い息を吐き、脂汗をかきながらも鷲上を離さない。
 少ししてバタバタと数人が部屋に入ってくる。龍牙は彼らを見て安心した表情をした。

「……虎珀、遅い」
「すみません! 鷲上を捕らえろ!」

 組員たちが数人で鷲上を羽交い絞めにする。その組員たちの顔は見たことがある、藍子のごはんをおいしそうに食べてくれていた人たちだ。鷲上を連れていくと、ふらついていた龍牙は鈍く重い音を立てて、床に倒れ込む。

「はやく若頭を病院へ!」
 龍牙は他の組員に運ばれ、車に乗せられる。

「龍牙さんっ!」

 藍子が龍牙を追いかけると、虎珀が一緒に車に乗せてくれた。痛みで悶える龍牙を見るのはつらかったが傍を離れたくなかった。涙を流しながら彼の名前を呼び続ける。

「藍子、泣くな……俺は死んでないだろ」

 人が刺されたところを初めて見た恐怖と、龍牙がいなくなってしまうんじゃないかという恐怖が藍子を襲う。彼の血まみれの手を、震える手で掴む。

「藍子」
 龍牙は藍子の名前を呼びながら、静かに目を閉じた。

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