極道、溺愛。~若頭の一途な初恋~
27 行方
「……出ねぇか」
組事務所の電話を切り、龍牙は舌打ちをした。
鷲上の携帯に何度電話をかけても繋がらない。それどころか、街中で鷲上とよくつるんでいた男たちに話を聞いても奴の行方はわからないままだった。ただ逃げただけなら問題ないのだが、あの男がそれだけで済むとは思えなかった。鷲上のことを早々に解決して藍子を迎えに行かなければいけないこともあり、龍牙は焦っていた。
眉間に皺を寄せて考え込んでいると、ドアがノックされた。
「失礼します。……若頭、鷲上が裏で金を集めてることがわかりました」
「なに? どうやって」
虎珀は言いづらそうに視線をさまよわせたあと、口を開く。
「……それが……深山系列の社長と絡んでいるらしく」
「……深山だと?」
その言い方からして藍子の家のグループ会社だろう。嫌な予感がしてくる。
「不動産屋と組んで詐欺まがいのことをしているそうです」
「……それは本当か」
虎珀が冷静に頷いた。
カタギの会社が関わってくるとまずい話になる。しかも相手は藍子の親が関係する会社だ。普通の企業は極道と関わりをもつことを嫌っているし、上場企業ともなれば禁じられている。藍子の親だってきっとグループ会社が極道と手を組んでいるなんて思いもしていないだろう。鷲上が藍子の家だと知ってやったことなのかは不明だが被害がこれ以上広がる前に鷲上を捕まえなければならない。
「それで、鷲上はどこにいるんだ」
「それがまだ居所までは……どこかに潜んでいる恐れが」
「そうか」
「どうしますか」
「虎珀たちは居所を引き続き調べてくれ。俺は組長に話をする」
鷲上を捕まえるのは当然だが、裏でしていることがあれば報告は必須だ。
「さすがに組長ももう許してくれないでしょうね」
「……ああ」
組長は二度も見逃している。
破門で済めばいいほうだろう。普段は温厚な組長だが、怒らせた姿を見た奴からは『鬼の常盤』と呼ばれているらしい。龍牙は見たことがないが想像するだけでも震え上がる。
はやく藍子の様子を確認しに行きたいのに鷲上のせいで台無しだ。
組長に報告するのも憂鬱だ。
龍牙は非常階段で3階から5階まで上がり、組長室をノックした。
「……組長、失礼します」
「ああ」
ドアを開けると奥に座っている常盤組長が新聞を読んでいた。
「組長、お話が」
「鷲上か」
「……はい」
「……これか?」
「え」
常盤が畳んだ新聞を机上に投げる。新聞に目を落とすと、小さい記事に『深山グループ横領か』と太字で掲載されていた。
「……知ってたんですか」
「いや? 勘だ」
さすが長年この仕事をしているだけあって鋭い。ただ鷲上が逃げ出したことは想像外だっただろうが、それは龍牙の責任だ。
「申し訳ありません。俺の監督不行き届きです」
「……そうだな」
若頭として子分の取り締まりをするのは龍牙の仕事だ。人数が多いとはいえ把握しておかなければいけなかった。龍牙は畳に置いた拳をぎゅっと握る。
「とにかく急いで鷲上を見つけてきます。その後の処分は組長にお任せします」
「ああ、頼む」
今度こそ奴を逃がすことはできない。組長もそう思っているはずだ。龍牙は強く頷き、常盤に背を向けた。
「ところでお嬢さんは大丈夫なのか?」
常磐の言葉に龍牙が振り返る。
「藍子、ですか」
常盤が渋い顔でこくりと頷く。今常磐が藍子のことを気にしている暇はないだろうに。龍牙は不思議に思いながら正直に話した。
「連絡がとれず状況がわかりません」
「一度行ってみてはどうだ」
「そのつもりだったのですが鷲上のことが……」
まずは鷲上のことを解決しなければいけない。それが龍牙の仕事だ。
「鷲上は深山グループの子会社と組んでいるんだろう。詳しい話がわかるかもしれねえ。ちょうどいいじゃあないか」
「……そうでしょうか」
深山グループとはいえ、藍子の父と話をしても解決策が出てくるとは考え難いだろう。龍牙は躊躇っていた。
「組長命令だ」
それは常磐の慈悲なのか、真意なのかわからないが、龍牙はその言葉で逆らえなくなる。
「……わかりました。ありがとうございます」
龍牙は虎珀らを連れて、急いで屋敷を出た。
***
実家に監禁されて数日が経過した。
秘書が近くにいれば部屋から出ることも許されているので、父が家にいる時間帯は部屋を出て、毎日父を説得している。
龍牙に会いたい、家から出たい、という気持ちではなく、自分の自由を認めてほしい。その一心だ。
「だから、お願いします!」
「しつこい。仕事の邪魔だ」
父の書斎で藍子は頭を下げ続ける。それでも父の対応は変わらない。
「お前は極道の妻にでもなるつもりか?」
「……今は、龍牙さんの話は関係ありません」
龍牙のことがあってもなくても藍子は家を出て自由を求めている。それを龍牙の仕事を利用して父が邪魔をしただけの話だ。
「それなら関係を切って家にいろ。これ以上私の顔に泥を塗らないでくれ」
「父さん、今はそんな話じゃないでしょう」
毎日説得を続けているうちに、兄や母が少しずつ協力してくれるようになった。そのことには感謝しかないが、父は意固地になるばかりだ。
「お前は黙っとれ!」
「……まったくもう」
龍牙のことがあるから以前よりも状況は悪い。本当に家との関わりをなくさないといけない事態ではあることは理解していた。でも、彼と別れることは絶対にできない。
「お父さんはどうしたらわかってくれるの?」
「藍子はどうしたらわかってくれるんだ。ここにいればなんの不自由もないだろう。金だってあるし欲しいものはすべて手に入る」
「……お父さんは全然わかってない。そういう問題じゃないでしょう? 私はお金が欲しいわけでもないし、多少不自由だとしても行動を制限されるよりよっぽどいいよ」
父は黙り込み、藍子をじっと見ていた。感情の読み取れない複雑な表情をしている。
「会長!」
秘書がめずらしく、ノックもせずに書斎に入ってくる。冷静な秘書はいつもとは違って慌てている様子だ。
「どうした。騒がしい」
「横領です」
「何?」
父の顔色が一変した。
物騒な言葉に藍子もぎょっとする。
秘書が急いで書斎にあるテレビをつけるとそこには深山財閥の不祥事がニュースで流れていた。深山財閥のグループである大手深山不動産の社長が会社の何千万もの金を持って失踪したらしい。
「これは……どうなってる」
「現在調査中です。ですが、株価が急激に下落し、本社には脅迫状も」
「なんだと。警備を強化しろ」
「……それが、これ以上警察には連絡できない事情が」
秘書は言いづらそうにもごもごとしている。このような事件は警察が解決してくれるものではないのか。
続いて、もう一人の秘書も慌てて書斎に入ってきた。
「先ほど、社長が失踪したので会長に会いにいくと非通知で連絡がありました」
「……犯人か?」
「それは……わかりません」
「そうか」
ぞっとする話に藍子は呆然と聞いていた。会社の不祥事だけならまだしも、殺害予告なんてシャレにならない。父が逆に落ち着いているのが怖い。
「父さん、これ」
兄が父に新聞を手渡した。そこには深山グループ横領のニュースが掲載されていた。子会社のニュースだからか小さい記事ではあるが掲載されること事態が大ごとだ。
「ひとまず警備を増やせ」
「承知しました!」
秘書たちが部屋を出ようとした時、ぴたりと足を止めた。
「俺がボディーガードになりましょうか」
低い声に室内が静まり返る。藍子はまさかと思いドアを振り返る。そこにはずっと会いたかった人が立っていた。
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