極道、溺愛。~若頭の一途な初恋~

春密まつり

23 賑やかな食卓


 台所はお味噌汁のいい匂いがしていて、先ほどから気になっていた。

「お味噌汁のほかに、何を作ってたんですか?」
「牛丼っす! 簡単で一気に大量に作れるから俺たちの得意料理っす!」

 朝から牛丼か……と思いつつここには男性しかいないのでそのメニューも正解なのだろう。牛丼とお味噌汁だったら野菜が足りない気がする。体力をつけるには肉も大事だが、野菜も重要だ。

「それなら他にいくつか副菜を作ってもいいですか?」

 調理中は髪が邪魔になるので下ろしていた髪を再び一つに結いながら彼らに聞いた。

「ふくさい?」
 三人は一斉に首を傾げる。

「ええと、小さなおかずのようなものです」
「なるほど。お願いします! 食材は自由に使ってください!」

 彼らに礼を言って冷蔵庫を覗いた。
 毎日何人もの食事を用意しなければいけないからか、冷蔵庫は業務用の大きなものだ。中には食材が山盛り。選び放題の状況に胸が躍る。牛丼はほぼ完成しているみたいだし時間もないだろうから、キュウリとタコの酢の物とキャベツの塩昆布合え、それからにんじんしりしりを作った。

「姐さん! 味見をお願いしてもいいでしょうか?」
「は、はい」

 藍子はすっかり料理長だ。牛丼の出汁が入った小皿を渡され、藍子は味見をする。

「……うん、おいしいです。でも、赤ワインをちょっと入れたらもっとおいしくなりそうですよ」
「本当ですか。姐さんお願いします!」

 この家にあるお酒の種類は豊富だった。
 高い必要はないので、この中でも安そうだと思われる赤ワインを鍋の中に入れた。本来であればもっと前段階で入れるべきだが、今からでも問題はないだろう。少し煮詰めて味見をすると、コクが増した。

「味見してもらえますか?」
 味見をお願いされた一人に小皿を差し出す。味見をした彼は目を見開いた。

「本当だ、うまい! これは店の味っす!」

 彼の作った料理に味を足すなんて余計なお世話をしてしまったんじゃないかと思っていたので、喜んでくれてほっとした。少し手を加えるだけで変化する料理はやっぱり楽しい。

「よし、完成です。盛りましょう!」

 それからが戦争のようだった。
 何十人分もあるお皿に牛丼を用意し、彼らが運んでいく。副菜を三つも用意してしまったので各々乗せる皿は足りず、一枚の皿に3種類乗せた。この忙しさがなんだか心地よい。

「お待たせしました!」

 食事をする場所は和室二部屋分に縦に座卓が並べられ、ずらりと座卓を囲んで組員たちが座っている。30人くらいはいるのだろうか。一番奥は組長で、その手前に龍牙と虎珀がいた。

「おお、いつもよりも豪華だな」
 組長が顎に手をやり感心していた。

「はい。姐さんが作ってくれました!」
「い、いえそんな私は……」
 大々的に発表されると気恥ずかしい。

「藍子、こっちだ」

 龍牙に手招きをされ、彼の隣に座る。突然部外者がこんな場所に座っていいのかと怯えるが、異論を唱える者はいなかった。

「それではいただくとしよう」

 組長の言葉で全員が手を合わせ、「いただきます」と声が上がった。30人以上もいる男性が腹の底から声を出すとさすがに耳にくる。
藍子も控えめに声を出し、さっそく食べ始める。彼らの勢いはすごかった。朝なのにガツガツと食べ進めるその姿は圧巻だ。どんぶりをかき込み、藍子の作った副菜は一口で食べてしまう。

「藍子、うまいよ」
「……ありがとうございます。三人もがんばってましたよ。いい人たちですね」
「ああ。そうだな」

 昨日楽しみにしていたとおり、まるで大家族のような空間だった。一緒に料理をしていた組員は明るく優しいし、今この場にいる人たちも突然やってきた部外者のごはんをおいしそうに食べてくれている。龍牙に出会って極道のイメージが変わっていく。

「姐さん、おかわりしてもいいですか!」
「あ、はい!」
「え、俺も!」

 組員は次々とおかわりに手を上げ、台所へ走る。幸いなことにごはんもおかずも残っていたので一人一人並んでもらい配給した。
 こんなに大人数での食事は初めての経験だ。騒がしいのになぜか居心地が良かった。あれだけ喜んでもらえるのだったら毎日作りたいくらいだ。


 朝食を終えて龍牙の部屋に戻り、今後のことを考えることにした。昨日は疲れてしまったり龍牙とのことで考える暇がなかった。
 どうしたら拡散されてしまった噂を消すことができるのか。警察や弁護士に相談すれば何とかなるのだろうかと思ったけれど、そしたら龍牙はどうなってしまうんだろう。

「藍子、こっちに来い」
「……? はい」
 座卓に向かって仕事をしていると思っていた龍牙に手招きをされる。

「どうしたんですか?」
「……したくなった」
 腕を引かれ、そのまま龍牙の胸の中におさまった。

「え!? 昨日したばかり……というか今お昼前ですけど!」
「時間は関係ない」
「あ、ちょっと……」

 龍牙に抱きしめられ、ワンピースの裾から入ってくる熱い手が藍子の太腿を撫でる。

「藍子」

 藍子の戸惑いをよそに、龍牙に唇を奪われる。昨日あれだけしたのに彼の欲望は底なしなのだろうか。

「でも、私仕事のことを考えなくちゃ……」
「あとで一緒に考えよう」
「うう……でも……」

 龍牙が一緒に考えてくれるのは頼もしいことだ。でもさすがにそろそろ真剣に考えないといけない。藍子は彼を押し返そうと胸に手を当てた。

「てめえこらああああ!」

 大声とドカン、と大きな音がして二人はとっさに身体を離す。何があったのかと藍子が呆然としている間にも龍牙はすぐに立ち上がり、部屋を出て行った。藍子も乱れた服を直してから部屋を出ると、ぼろぼろになった障子と倒れ込む男がいた。

「おい、どうした」
「若頭! こいつが……!」
「何があった。屋敷内で騒ぎを起こすんじゃねえ」
 龍牙は二人を睨む。

「すんません! こいつが俺の女に手ぇ出すもんで」
「いや、そもそもこいつがカタギの男から女奪って……!」

 二人はお互いを指差し合う。どうやら女性の奪い合いだったらしい。前みたいに組長が撃たれたとかいう話ではなくて藍子はほっとした。

「……カタギ?」

 龍牙はピクリと眉を動かした。その瞬間、龍牙のオーラを察したのか、揉めていた男二人は正座をする。

「お前ら、組長の信念は忘れたのか」
「す、すんませんしたあああ!」
 二人は同時に土下座をした。

「まったく、くだらないことで騒ぎを起こしやがって……片しておけよ」
「は、はいいぃ!」
 揉めていたはずの男二人は仲良く揃ってもう一度龍牙に頭を下げる。龍牙はそれ以上怒ることもなく、部屋に戻った。

「さっそく騒がしくて悪かったな」
「いえ。男の人が多いと大変ですね」
「そうだな。すぐケンカになるな。女のこと、金のこと、飯のことまでいろいろあるもんだ」

 さすがの龍牙も気分が削がれたのか、先ほどのような雰囲気にはならない。安心したような、ちょっと残念なような。

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