極道、溺愛。~若頭の一途な初恋~
16 いつもと違う朝
晴れやかな朝だ。
カーテンを開けると眩しい朝日が差し込む。藍子はいつも以上にすっきりとした気持ちで朝を迎える。
龍牙より先に目を覚ました藍子は顔を洗い歯を磨いて、一杯の水を飲んだ。昨日は龍牙の激しい行為のせいで声を上げすぎて喉がカラカラだ。水を飲みながら、藍子の狭いベッドから足をはみ出してぐっすり眠っている龍牙を見つめる。
さすがに日差しを直接浴びると眉根を寄せて、もぞもぞと動く。
「んん……」
龍牙は眉間の皺をさらに深くして、ゆっくり瞼を開いた。眩しそうにして部屋中を見回したあと、ようやく目が合う。
「龍牙さん、おはようございます」
「……ああ。おはよう」
大きく伸びをする龍牙の足が可愛い。
「水飲みますか?」
「いや。シャワー借りていいか」
「どうぞどうぞ!」
気怠そうに起き上がる龍牙は何も着ていない。それを隠すことなくバスルームに向かった。
龍牙の背中には、大きな龍が描かれていた。それからいくつかの傷も。彼に今までどれだけのことがあったのだろうか。藍子には想像もつかない。
龍牙がシャワーを浴びている間に朝食を用意する。冷蔵庫にはお弁当のための食材しかないことに気づいた。いつも藍子はその残りを食べているので、他のものを用意するという考えがなかった。けれど龍牙には同じものは出したくない。食パンでもあればすぐに用意できたのだが、冷凍しているごはんとおかずで何かを作るしかない。お弁当のおかずをそのまま出すのはプライドが許さない。藍子は冷蔵庫とにらめっこをする。
「シャワーありがとな。さっぱりした」
すぐに戻ってきた龍牙はボクサーパンツ一枚の姿だった。
朝日に照らされる筋肉質な身体は夜の情事を思い起こさせ動揺した。髪の毛を拭きながらベッドに座った龍牙はまたベッドに寝転んでしまった。
「……藍子、こっち」
「え? まだ寝るんですか?」
「そうじゃない」
甘い予感に寝ている龍牙に近づくと、首に手を回されて引き寄せられる。そのまま藍子は彼の身体に覆いかぶさってしまった。
「ちょっと、龍牙さん?」
藍子が戸惑っていると唇が重なった。優しくふれる唇はすぐに深いキスに変わる。息継ぎの難しい甘いキスに身体が疼き始める。
龍牙の身体の上でもじもじと動いていると身体がくるりと反転し、龍牙に見下ろされた。まだ濡れている龍牙の髪からぽたりと雫が落ちる。龍牙の傷ついた身体を見ていたら、鷲上のケガだらけの顔を思い出した。
「そういえば、鷲上さんってどうなったんですか?」
「……アイツが気になるのか?」
龍牙の目つきが鋭くなった。でも、一度彼の本当の怒りを目にしているので怖くはない。
「……殺されちゃったのかなって」
「殺しはしない。ただケジメは必要だろうな」
「ケジメ……」
それがどういった形になるのかはわからないが、殺したりはしないのだと思うと安堵した。
「なんでアイツが気になる?」
「龍牙さんに殴られたって言ってたので……」
鷲上の顔は傷だらけだった。それが龍牙の手によるものだとしたら、殴っている姿を想像してしまって怖い。極道の人だとわかっていても、暴力は恐ろしいものだというイメージは変えられない。
「……殴られたのは俺のほうだがな。アイツは、殴りかかってくるのを俺が避けた時に、バーのカウンターに顔から突っ込んでいった。ワインやグラスもあったからたくさんの傷がついていた」
「え」
「信じられないか?」
藍子の瞳をのぞき込む龍牙の目は鋭くも優しく光る。
「……信じます」
龍牙は優しく藍子の頭を撫でた。
「安心しろ。不要な手は出さない。暴力では解決できないことがある。それが組長の信念だからな」
龍牙の言葉に安堵する。彼が嘘を吐いているとは思えないからだ。
「心配になったのか?」
「……少しだけ。だって龍牙さんもケガをしたから会えないって言っていましたし」
藍子の店に龍牙ではなく虎珀が来た時の話だ。見られたくないという理由で来てくれなかった。
「そうだったな。ケガをする男は怖いと思ったんだ。……藍も、極道を気にしていたし」
「あ、藍さん……あの時何か話しましたか?」
「ああ。結婚して子どもがいるらしい。相変わらずだったよ」
「……そうなんですね」
本物の『藍』が結婚していて、ほっとした。藍子を口説くきっかけだっただけだと言っていたけれど、彼が女性の名前を覚えていたことは少し気になる。
「なんだ。まだ気にしてるのか」
「……だって、女っ気ないのにどうして藍さんのことだけよく覚えてたのかなって」
龍牙のことをよく知る虎珀だって、藍子と一緒にいるのを驚いていたくらいだ。女性とのふれあいが少ないことは確かなのだろう。
「間宮藍は極道の娘だったんだよ。ずいぶん嫌がってた。俺も組長の息子だったからそのことでよく話をしてた。藍はいつも遊んで男を切らさないタイプだったから、藍子が初めてだと言った時は正反対だと思ったな」
「……極道の、娘」
「ああ。でも結婚をして足を洗ったらしい」
それなら、龍牙の記憶にも残っているのは腑に落ちる。藍子はようやく心から安心することができた。
「嫉妬か? 可愛いな」
「あっ……」
覆いかぶさる龍牙の手が藍子の身体を撫でる。
「そうだ! 龍牙さんって何歳なんですか?」
完全にスイッチが入ってしまった彼を、藍子は話題を変えて制止する。とはいえずっと気になっていたことだ。
「ん? 言ってなかったか」
「はい。藍だったから聞けませんでした」
「ああそうか。……32だよ。藍子は?」
「私は27です……ていうか32ですか!?」
彼の貫禄のせいだろうか。32歳よりは上に見える。年上だと思っていたけれど想像よりも近い年齢だった。
「意外です……」
「どっちにだろうな」
彼はにやりと口角を上げる。
「それより今は藍子が欲しいんだが」
無事話題をそらすことに成功したみたいだと思っていたらすぐに龍牙は切り替わってしまった。
藍子だって龍牙とこのまま甘い時間を過ごしたい気持ちはあるが、藍子にはやらなければいけないことがある。
「だ、だめですよ、私はお店の準備があるんですから」
今は朝の8時。すでにギリギリの時間だ。はやく準備に取り掛からなければいけない。
「……今日は休みじゃないのか」
「休みませんよ」
夢だったお店を始めてからは一度も休んでいない。それが生きがいだったからだ。休んでいると落ち着かなくなってくるほどに。
「……じゃあ少しだけ」
「少しってどれくらいですか?」
藍子が龍牙を睨むと、しばらく黙っていた彼は諦めのため息を吐いた。
「……わかったよ。手伝うことはあるか?」
龍牙は起き上がり、解放される。藍子だって龍牙とふれ合っていたいが、仕事も大事だ。
「あ、じゃあ準備ができたら車に運ぶのをお願いしたいです」
「任せろ」
「朝ごはんは食べますか?」
「いつも食べな……いや、もらう」
龍牙の気が変わってくれてよかった。すでに彼の朝食を準備中だ。
「はい! ちょっと待っててくださいね」
時間もないので藍子は急いで用意する。すでに準備は始めていたし料理は慣れているのでそこまで時間はかからない。
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