極道、溺愛。~若頭の一途な初恋~

春密まつり

13 若頭の仕事


「若頭」

 龍牙の隣に虎珀が立つ。組内分裂の可能性がある今、誰が信用できる人間かを見抜く力が必要だ。その点では龍牙よりも虎珀のほうが秀でていた。

「やはり相手は奴です」

 まさかとは思っていたが、組長を撃ったのはやはりあの男――鷲上だった。龍牙に対する態度もわかりやすく悪かったのでアタリを付けるのは容易かった。ただ、証拠を見つけるまでが大変だった。

「あいつにはチャカを持たせてないはずだが……単独か?」
「……現場には鷲上もいたので恐らくヒットマンに依頼したのかと。いつ仕掛けますか。逃げる可能性もあるのでなるべく早めに」

「……二日後だな」
「承知しました。殺りますか」
「いや、まずは話をする。それが組長の意向だ」

 甘い考えだと鷲上なら言うだろう。しかしこれが常磐組のルールだ。

「承知しました。ですが、若頭に危険が及ぶ場合はご容赦ください」
「……ああ」

 内部分裂というのは稀に起こることだ。組長の考えに納得できないと考える組員が増えると起こりうることだ。むしろ常盤組が今まで平和だったのが不思議なくらいだ。

 鷲上は二年前に組に入った男だ。
 当初は従順な組員だったが、徐々に目に見えてわかるほど変わっていった。悪い連中と付き合っているらしく、無意味なケンカややりすぎたみかじめ回収を繰り返していた。
 挙句の果てに組長を撃ったとなれば、容赦はできない。

 単独犯ということなら抗争とまではいかないだろうが、組内に裏切り者がいるとしたら他の組員にも示しがつかない。

 正直なところ、龍牙は跡継ぎや自分の見栄を守るための抗争には興味がない。
 だが組長の望んでいる極道の道を保つために仕方ないこともある。子どもの頃から極道として育ったので今さら疑問もなかった。だから一般人とは距離を取ってきたし、極道と絡みのある女としか付き合ってこなかった。

 ただ、彼女は別だ。
 龍牙が初めて心から愛した女だ。
 藍は元気にしているだろうか。

 常盤組の話をしてしまったから余計な心配をかけているだろう。
 さすがに殺されたりはしないだろうが万が一がある。組長を撃つような男だ、何をしでかすかわからない。だからその前に、藍と繋がりたかった。
 それが龍牙の我儘だとしても。


 二日後、龍牙たちは予定通り行動に出る。鷲上が単独犯だということが判明したので、龍牙とあと数名で動くことになった。あまり大ごとにはしたくない。

「虎珀たちは外で待っていろ」
「しかしっ」
「いいから。何かあったら呼ぶ」

 鷲上が日頃利用しているというバーに顔を出した。鷲上は子分たちを連れて夜な夜な遊んでいるらしい。その店はヤクの密売にも使われているらしく龍牙は近づいたこともなかったが、平然と出入りをする鷲上を疑わしく思っていた。
 中に入ってもごく普通のバーだ。そのカウンターに鷲上はいた。どうやら今日は一人らしい。

「鷲上」
「あれ、若頭じゃないっすか~どうしたんすか」

 鷲上は酒に酔っているのかヘラヘラとしている。何も考えてないように見えて考えてる男だ。龍牙の考えていることも察しているはずだ。

「お前、組長を撃ったんだって?」
「は? 何言ってんすか。そんなことするわけないっすよ」

 ヘラヘラしたままだが、目の奥が光る。鷲上の目はいつも笑っているのに笑っていない違和感があった。

「正しくは、お前がヒットマンにやらせた、だな。生憎しくじったがな」
「……あ? そんな証拠がどこにあんだよ」

 鷲上は身を乗り出し龍牙を睨みつける。龍牙も黙って鷲上を睨んだ。しばらく無言のまま睨み合っていると、鷲上は呆れたようにため息を吐いた。

「めんどくせえな。これから仲間が来るんで、帰ってもらっていいっすか」
「話は終わってない」
 龍牙が食い下がると鷲上は舌打ちをした。

「……まあいいや。若頭も邪魔だったんだよな。いつかやろうと思ってたし」
「本性を現したな」
「俺はもっと人を殴りてえのよ。こんな甘っちょろいことやってられねえんだよ」
「組を抜ければいい話だろ」

 組長の時代では簡単にはいかなかったが現代では組を抜けるのは容易いことだ。カシラの信念についていけないのなら抜ければいいだけの話だ。

「便利なんだよね。羽柴会の中でも常盤組はでかいし。名前出したらみんなビビって簡単に金出すんだよ」
「それだけの理由でか?」
 自分の箔のために常盤組を利用しているのだとしたら、鷲上は組には必要ない。

「オレが組長になったらもっと強い組にして、もっと金を稼ぐことができる」
「お前……そんなことで組長を撃ったのか」
「だから、オレは、手を出してない」

 鷲上はわざとゆっくり喋り、にたっと笑う。その顔は龍牙をバカにしたような気味の悪い笑みだった。

「……それなら俺が邪魔でしょうがないんだろうな」
「よくわかってるじゃん。組長をやっても若頭のアンタがいる。どうしようか考えてるところだよ」

 開き直ったのか鷲上はぺらぺらと喋りだす。目の前にその若頭がいるというのに堂々としたものだ。話にならない男に龍牙は苛立ちを募らせていた。そんな龍牙の感情を鷲上は嗤う。

「なぁ、どうしたらいいと思う? 女にうつつを抜かしてる若頭さんよぉ」
 バカにした言い方に手を握りしめて龍牙は必死にこらえる。

「今すぐに組を抜けろ。そうすれば組長にも俺から言っといてやる」
 組長が望む話し合いとやらはできそうにない。自分の未熟さには辟易する。

「やだよ。俺はこの組でのし上がるんだ」
「……いいかげんにしろ。それならもう少し頭を使え。実力行使は時代遅れだ」

「はぁ? お前ら親子だって人を不幸にしてここまで上がってきたんじゃねえのかよ」

 龍牙だけではなく組長をバカにする挑発的なその言葉が龍牙の怒りの限界を超えた。

「……鷲上ぃっ!!」

 薄暗いバーに、龍牙の怒号が響いた。

***

 藍子は龍牙の帰りを待っていた。

 ホテルで最後に会ってからもう五日が経過した。もちろん、彼からの連絡もない。
 いつも通りにキッチンカーを走らせ、お弁当を売る。それが藍子のやるべきことだ。なのに頭の中は龍牙でいっぱいになっていた。

 彼は無事だろうか。組長のように撃たれていたらどうしよう。考えれば考えるほど、思考が悪い方向にばかりいってしまう。

「すみませーん、まだですか?」
「あ、申し訳ありません! ええと……600円です」
「はい。どうもー」

 サラリーマンは不思議そうに藍子を見ながらもお弁当を買ってくれた。ありがたいことに行列ができ始め、藍子は対応に追われる。けれど列が落ち着くとすぐに龍牙のことを考えていた。

 ランチのピークが過ぎ、そろそろ店を閉める時間だ。夕方までの準備をしなければいけない。なのに龍牙のことが気になってしかたがない。このままではだめだと電話をするが、繋がらない。

「間宮さん」
 突然偽名を呼ばれお客さんを見ると、数回しか話したことはないが、よく知っている人物だった。

「あ……あなたは龍牙さんのところの……虎珀、さん」

 どう呼んでいいかわからず、龍牙のマネをした。若頭のお世話約、虎珀だ。会いに来ると言っていた龍牙ではなく虎珀が来たことで嫌な予感がした。

「はい。若頭の代理で来ました」
 彼の表情からは深刻さは見当たらないので、きっと大丈夫だ。そう思っていても確認するまでは緊張で心臓が震えていた。

「龍牙さんは……無事なんですか?」
「はい。ですが数日ここに来ることができないと、伝言を預かってまいりました」
 彼が何事もなくてほっと胸を撫でおろす。

「なにか来られない事情があるんですか?」
「はい。大ケガ……というほどではないんですけど、傷を間宮さんに見られたくないみたいです」
「そうですか……」
 どの程度のケガをしたのかは心配だが龍牙の事情もあるのだろう。

「ですが必ず会いに来るとのことですので」
「はい。わざわざありがとうございます。……あ、あのお弁当よければ持っていってください」
「いいんですか?」
「はい、龍牙さんたちの分いくつかどうぞ」
 二、三個では足りなそうなので五個くらいのお弁当を袋に詰めて虎珀に渡した。

「ありがとうございます。若頭も喜びます」

 虎珀は礼儀正しく会釈をすると、去って行った。
 龍牙が会いに来てくれなかったことは残念だったが彼の近況が聞けたのでひとまずは安心した。でも、はやく龍牙の顔が見たい。
 その思いは一秒ごとに高まるばかりだ。

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