極道、溺愛。~若頭の一途な初恋~

春密まつり

07 意外と甘党?


「これなんかどうですか? 人気ですよ」

 藍子が提案したのは、チョコバナナクレープだ。これもクレープといったら定番だろう。チョコとバナナの組み合わせが苦手な人もいると思うが、彼の好みがわからないのでスタンダードなものをオススメした。

「じゃあそれにする」

 龍牙は迷うことなく藍子のオススメを選んでくれた。
 注文すると数分で運ばれてくる。真っ白なお皿に乗っているのはクレープ生地に生クリーム、チョコソース、バナナが包まれたものだ。見た目もスタンダードだ。

 龍牙はクレープが来るまでソワソワし、到着してからもはやく食べたくて仕方がないという感じで、『待て』をされた犬のようだった。

「私はお腹いっぱいなので、全部龍牙さんが食べてください」
「そうか、悪いな」

 龍牙はナイフとフォークを取り、さっそくクレープを口に運ぶ。藍子は彼をじっと見ていた。龍牙はすごくおいしそうにクレープを食べ進めている。チョコバナナもお気に召したみたいだ。

「……うまい。俺はこっちのほうが好きだな」
「よかったです。たくさん種類があるのでいろいろ試したいですね」
 龍牙は二度頷いた。よほど気に入ったらしい。実は甘党だったりするのだろうか。

「藍はこれが食べたかったんだな。たしかにうまい」
「……そう、ですね」

 彼の思い出を汚しているようで、藍子は目をそらす。
 クレープを二枚食べ終わり、最後にお茶をした。彼はブラックのアイスコーヒー、藍子はアイスティーだ。クレープに夢中だったのでよかったが、落ち着いてしまうと何を話したらいいかわからなくなってしまった。

「藍は、あれから男はできたのか?」
 当然だが『藍』の話題になり、ドキリとした。

「……はい」
「そうか。まあそうだろうな」

 大学時代から会っていないのだったら、藍子ではあるまいし普通に考えてきっと恋人はいただろう。結婚だってしているかもしれない年齢のはずだ。そう考えると一つ気になることがある。

「龍牙さんは、今恋人はいるんですか?」
「いるわけないだろう」

 藍子の言葉に被さるようにして彼は強く否定した。その声があまりに強くて藍子は一瞬固まり、慣れ始めていた周囲の視線も藍子たちのテーブルに注がれる。
 さすがの龍牙の周りの視線に気づいたのか、咳払いをした。

「……まあ、こういう仕事をしてるから普通の女は近づかないだろうな」

 肯定も否定もできないことだ。
 藍子だって極道の人と知り合うことになるとは思わなかった。以前の藍子だったら、きっと自分の彼氏がそっちの人だったら付き合うことを躊躇い、避けただろう。

「藍はどう思う? 昔と考えは変わらないか?」
「……そう、ですね」

 藍子は言葉を濁らせる。昔『藍』は彼とどんな話をしていたのだろう。どういった考えを持っていたのだろう。『藍』の考えを勝手に想像して伝えることには限界があった。これ以上『藍』のことを聞かれては困る。藍子は話題を変えることにした。

「あの、実は、あの場所でのキッチンカーは今日が最後なんです」
「……そうなのか?」
 龍牙が目を見開く。

「はい。あの場所は一週間の契約にしていたので……」
「そうか。でも仕事は続けるんだろ?」
「他の出店場所を契約しました。来週からはそこで販売します」

 来週からはすでに他の場所との契約をしてある。次はオフィス街にある人気な場所だ。予約がなかなか取れず、ようやく取れた場所だった。

「……そうか。その場所はどこか教えてもらえないのか」

 龍牙の言葉に藍子は黙り込む。この話をしたらきっと聞かれるだろうと思っていたのに返事を準備していなかった。でも会うのは今日が最後だと決めていたから教えることはできない。

「……もう、会えなくなるということか」

 彼は見るからに落ち込んでいる。罪悪感で胸がチクリと痛んだ。彼は『藍』ではない人との別れを悲しんでいる。

 極道の人がこんなにわかりやすくていいのだろうかと思うほど、彼は『藍』に対して感情が豊かだ。けれど笑顔らしい笑顔は見たことがない。見てみたかったな、とは思うけれど『藍』ではない自分には贅沢な望みだろう。

「そろそろ、行きましょうか」
「……ああ」

 空気が重くなってしまった。
 彼に本当のことを告げるべきか、まだ迷っている。話をするなら今がチャンスだったはずなのに勇気が出なかった。

 先に席を立った龍牙を追いかけレジへ行くと、龍牙はすでにお財布を取り出していた。
「あれ、私が払いますよ!」
 勝手にお会計を済ませようとする龍牙を制止する。約束が違う。

「いい。女に金を出させるほど落ちぶれちゃいねえ」
「でも、今日は助けてくれた龍牙さんへのお礼なので!」
 助けてくれたお礼に食事を奢るため、誘いにも乗った。これではお礼にならない。

「うまいものを教えてくれたからいいんだよ」
 そう言って結局龍牙は藍子に1円も支払わせなかった。
「……ありがとうございます。ごちそうさまです」
 藍子が礼を言うと龍牙は寂しげに口角を上げた。

 カフェを出ると夕空が広がっていた。並んで歩いていくにつれ、二人とも言葉をなくしていく。なんとなくお別れの雰囲気が漂っていた。足は不思議といつもの広場へ向かう。ここは二人が出会った場所だ。その場所で彼と別れなければいけない。

「今日はありがとうございました。じゃあ私はここで……」

 藍子は気まずい空気を断ち切るように微笑み、別れを告げる。結局、彼に本当のことは言えそうもない。

「藍」
 名前を呼ばれ、引き留められる。
 龍牙は何も言わず藍子を見つめている。

「あれぇ? 若頭じゃねえっすか」

 二人の間をやけに明るい声が割って入る。声の主を見ると金髪の男がへらへらと笑って立っていた。その男に名前を呼ばれた龍牙はわかりやすく嫌な顔をした。

「……鷲上わしがみか」
「めずらしいっすね、若頭が女と一緒なんて」

 鷲上と呼ばれた男はじろじろと不躾な視線を藍子に送ってくる。虎珀とは違って、嫌な感じがした。鷲上は普段の龍牙と同じようなスーツ姿だが、中は派手な柄シャツだ。かなり着崩していてアクセサリーをじゃらじゃら付けているせいかガラの悪いチンピラに見える。

「若頭が女と遊んでていいんすかぁ?」
「……お前には関係ないだろう。消えろ」
「うわー、子分にひでぇ態度じゃないっすか」

 鷲上は龍牙の肩に手を回した。明らかに龍牙が嫌がっているのがわかったので藍子は龍牙の腕に腕を絡ませ引っ張る。

「あの、今はデート中なので邪魔しないでください!」
「……はぁ?」

 鷲上はギロリと藍子を睨む。その眼光の強さに肩を震わせた。仲間だと言っていたからきっと彼も常磐組の人なのだろう。けれど龍牙や虎珀とは雰囲気がまるで違う。それに若頭である龍牙に対しての態度とは思えない。同じ組でもこれほど違う人間もいるのか。

「おい、藍」

 龍牙は慌てるが、藍子は鷲上を睨み続ける。鷲上もしばらく藍子を睨んでいたが、相手にするまでもないと思ったのか冷めた表情に変わった。

「……つまんねー」
 龍牙から身体を離した鷲上は龍牙に顔を近づけた。

「若頭、女にハマって腑抜けにならないでくださいよお~」
「……お前に言われるまでもない」

 龍牙は低い声で返事をする。それを鼻で笑い、鷲上は背を向けて去って行った。龍牙よりも身長が低く藍子よりも少し高いくらいのはずなのに迫力があった。文句を言ったのは藍子のほうだが、足の震えが止まらない。

「藍、大丈夫か?」
「はい……すみません。龍牙さんが嫌がってると思ったから」

 彼を守ったつもりだったが今では藍子が龍牙にしがみついているような状態になってしまった。

「……ありがとう。前にも思ったが、藍は強いな」
 龍牙と出会った時も、藍子は男性に対して声を荒げていた。今思えばあの姿を見られていたのだと思うと恥ずかしいことだ。

「あ……女らしくないですよね、すみません。結局守ってもらっちゃいましたし」
「いや。俺は好きだ」
「え?」
 龍牙の言葉に目を見張る。

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