極道、溺愛。~若頭の一途な初恋~

春密まつり

02 新しいお客様


 逃げるように実家を出て2年間、必死だった。
 経営については大学では学んでいたが、実践的なことはなにもわからない。いつか自分の店を持ちたいと願い勉強をしながら複数のバイトを掛け持ちし、安アパートに暮らして節約と貯金をした。

 藍子は日本でも有数の旧財閥のお嬢様だ。
 箱入りだからといって甘やかされるわけではなく兄と同様に厳しく育てられ続け、友人関係もすべて親の管理下にあった。大学を卒業して自由になると思いきや、父親は古い考えの人間だった。

 働くことは禁じられ料理や掃除、裁縫など花嫁修業の毎日だ。いつかどこかの男に嫁がせるためのものだったのだろう。その頃あたりから自立のために計画し行動を始めていたが、政略結婚の話をされた時に、逃げるなら今しかないと思った。
 家族の中で唯一味方をしてくれた兄の協力もあり藍子は最低限の荷物を持って家を飛び出した。

 家事が一通り完璧なことが、両親に唯一感謝しているところだ。
 料理が得意なので藍子の作るお弁当は好評で、ようやくキッチンカーだけで食べていけるようになった。
 藍子はこの生活に今までにない幸福と充実感で満たされている。


 翌日の11時に昨日と同じ広場に車を停めて準備を始める。
 ランチタイムが勝負なので、準備は完璧にしておきたい。昨日絡まれたせいで金額設定をどうするか迷いはあったが昨日と今日で変わっているのもおかしいのでそのままだ。他のキッチンカーも昨日の夕方より多く、競争率は激しそうだ。

 12時前になるとオフィス街からたくさんの人が溢れ出してくる。夕方とはまた違った人の多さだ。広場に集まった人たちはそれぞれのキッチンカーを吟味し、選んで買っていく。藍子の他にはパン系やカレー、メキシカン、カフェ風など様々だ。
 一つでも多く売れますようにと願いを込めつつお弁当を陳列していく。

「日替わり幕の内くださーい」
 早速、藍子の店に数人のOLが並んでくれた。

「はい、ありがとうございます! ごはんは小、中、大いかがいたしましょう」
「小でお願いします」
「はい、600円です」
「私はごはんなしでお願いしまーす」
「500円です、ありがとうございます!」

 ごはんの量に合わせて金額が変わるようにしているのは、藍子がリサーチした結果の金額設定だった。比較的食の細い女性にとっても買いやすいようなお弁当にしたかった。ダイエットをしているからごはんがいらない、などという女性だっている。もちろん男性が食べられるようにとごはんの大盛りも用意しているので融通がきくようにしている。おかずも、女性が好むような野菜中心のものや男性が好むお肉中心のものまで、種類の多さは藍子の自慢だ。

「あの、昨日も買ったんですけどすごくおいしかったです」
「あ、ありがとうございます!」

 夕方、会社帰りに買ってくれた人だろうか。その一言だけで報われた気持ちになる。
 今日も順調だった。
 女性も男性も同じ比率で買いに来てくれる。他のお店ももちろん人気だが、藍子の店も引けを取らず客足は途絶えない。キッチンカーを始めて半年、この広場が良いのか、調子がいい。

 30分ほど売りさばくとようやく客足が落ち着き始める。人はまばらになり、一息つく時間もできて余裕が生まれてくる。残りのお弁当数も数えておきたい。

「……どうも」
 数えている途中で声をかけられ、顔を上げると見覚えのある人物が立っていた。

「いらっしゃいませ! あ、昨日の……」

 名前を思い出すのに少し時間がかかったが、藍子のことを違う人だと思い込んでいる常磐龍牙という男性だ。その勘違いは藍子の嘘が招いたものだけれど。

「昨日と同じ弁当をくれ」
「は、はい。昨日とはおかずが変わるんですけど大丈夫ですか?」
「ああ」
「ごはんは昨日と同じ大にしておきますね」

 昨日のことがあるのでまたお礼として渡したほうがいいのかと悩む。昨日の出来事を知っている人はいないだろうからこの人だけ特別だと思われるのも良くない。でも彼には恩があるのでお金払ってくださいとも言いづらい。

「いくらだ?」
 彼のほうから値段を聞いてくれたので素直に答えることができた。
「800円です」
 ぴったりの小銭をもらい、お弁当を手渡すと彼は背を向けた。
「ありがとうございます」

 もう一度来てくれたということは昨日のお弁当が口に合わないわけではなかったのだとうれしくなる。お弁当を持って立ち去ったはずの龍牙は振り返った。

「あっちで食って待ってる」

 待ってる?
 ということは昨日のようにベンチに座っているということだろうか。でも今日は昨日と違って昼なので販売時間も長い。

「え、あ、はい! でも遅くなるかと……」

 お昼のピークが過ぎるのは1時半以降だ。まだ1時間もあるのでそんなに待たせてしまうのは悪い。休憩時間に来てくれていたとしたら彼にも仕事があるだろう。

「……それでもいい」
 彼は頷いて、再び藍子に背を向けた。

 龍牙と話をするのは正直憂鬱だ。それは紛れもなく、もう会うことはないだろうと思って嘘を吐き続けてしまった自分のせい。今日もお弁当を買いに来てくれたのは単にお弁当が気に入ってくれたわけではなく、『藍』に会いに来たということもあるのだろう。
 さすがに今日は本当のことを話したほうがよさそうだ。

「すみませーん」
「はい! いらっしゃいませ!」
 ランチタイムをずらしているのかわからないけれど、1時近くになると第二波が来るのはこの広場も同じようだ。新たに列が出来始めて、龍牙のことはいったん頭から離れていった。

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