【コミカライズタイトル:恋と不眠と小説と】大好きな作家の担当編集になったけど、ワンナイトした男性でした

佐倉響

4章






 頭に血が上っていた。怒りではなく、興奮で。注意力が散漫になりかけているのに、キーボードに触れる指はいつも以上に素早く感じられる。

 どうしよう。

「うわっ」

「え」

 突然、背後から声がして私は驚いた。

「何やってるんだ」

 言われて、同僚が見ているパソコンの画面を見返す。

「……あ」

 やることをパソコンのメモ帳に入力していたはずなのに画面は『どうしよう』という文字でいっぱいになっていた。

「す、すみません……」

「いいけど、時々は休憩してきた方がいいぞ」

 それだけを言うと、同僚は自分の席に戻っていった。よく休憩、休憩と忠告を受けるが今日は本当に休憩をした方がよさそうだ。

 休憩スペースにある自動販売機でコーヒーを買う。広い部屋で、お昼時はお弁当持参の社員が利用している。今は夕方なので人はいなかった。

 ぼうっとしてしまうと、すぐにふわふわと夢を見るような感覚に陥る。

 悠さんとの会話を思い出しては、悶えてしまいそうなほど恥ずかしくなった。

 何てことを言ってしまったのだろう。

 焦りすぎてとんでもないビッチ発言まで飛び出てしまった気がする。

 しかし、約束は約束。

 今日は定時で帰って、泊まる用意をしなければならなかった。人の家に泊まるなんて経験は片手で数えるほどしかない。

 泊まりに行くと言っていたけれど、具体的にいつ向かうのかは伝えていない。一緒に寝ることが目的なので、夕飯とお風呂を済ませてから向かった方がいいだろう。できれば早めにマンションに行った方がいいはずだ。最近眠れていない分、たくさん寝て欲しい。

 頭の中を整理した私は、あと数時間、頑張ろうと気合いを入れ直した。

 仕事は予定通りに終わり、帰路を歩く。

 足早に移動していたが、ふとショッピングウィンドウに目が留まる。

 可愛い部屋着が売られているお店だった。さらりした柔らかそうな生地の部屋着を見て、持っているパジャマを思い出す。何年か前に、適当に婦人服売り場で買ったパジャマ。生地の一部はすり減って毛玉も多い。同性相手でもあんまり見せたくないレベルでくたくたになっている。

 あれを着ているところを悠さんに見せる……?

「見た目もだけど、肌触りも大切なはず」

 危ない。恥ずかしい姿を見せるところだった。あんまりダサいと悠さんも萎えてしまうかもしれない。

 私はすぐにお店に入った。

 パステルカラーの店内は女性らしい可愛い服が多かった。リラックスできるストレッチ素材のパジャマや、レースや刺繍が贅沢に使われたパジャマもある。人に見せる勇気はないけど、着てみたい可愛さがあった。

 でも、布面積が少ないような服はない。どれを選んでも変に思われることはないだろう。

 店内をぐるりと見回った後、私は白いワンピースを選んだ。コットン素材で、しっとり柔らかい。素肌に心地良い感触だ。これなら悠さんも気持ちよく眠れるだろう。鎖骨や腕、ふくらはぎが露出するけれど、これくらいなら許容範囲だ。

 アパートに帰った後、買った服を洗濯機で洗いその間に夕飯を作る。作り置きになるきゅうりの酢の物を作り、他にも肉とナスを炒める。途中で、悠さんからメッセージが届いた。

『お疲れさまです。今日、俺の家に行くのならお風呂は俺の家で入ってください』

 個人用のスマホからだった。二人で会話をした後、個人の連絡先を教えあったのだ。

『ありがとうございます。九時頃に向かいます』

 返信をして、悠さんの提案に甘えることにした。さすがに私のアパートから悠さんのマンションまで近くはない。電車を乗り換えしないといけなかった。

 ご飯を食べて、パジャマが乾いた後、私は悠さんのマンションに向かった。

 とりあえず、一度だけ。

 デリヘルを頼ろうとする悠さんに、いてもたってもいられず立候補したけれど、未だに迷惑だったかもしれないとビクビクしてしまう。

(これで駄目だったら、やっぱりデリヘルを頼むのかな……)

 考えると、息が詰まった。

 駅から悠さんのマンションまでの道のりは、ほとんど真っ直ぐ進むだけなので日が暮れていても迷うことはなかった。

「香月さん、大丈夫でしたか。一応、メッセージを入れたんですけど」

 悠さんの部屋に入ってから、スマホを見る。私が気づいていなかっただけで駅についたら迎えに行きますと連絡が入っていた。電車の音でかき消されていたのだろう。

「すみません、気づきませんでした。でも大丈夫ですよ、道が分かりやすいので迷わず行けました!」

 にっこりと笑みを作ると、悠さんは目尻を下げる。

「これなら、香月さんの仕事が終わった段階で迎えに行けばよかったですね」

「どうしてそうなるんですか。危ないですよ」

「……そうでした」

 悠さんは一拍置いて、返事をした。自分が睡眠を満足にとっていないことを思い出したような顔をする。

「じゃあ、先にお風呂へ入っていてください」

「は、はい」

 彼に続いて部屋の奥へと歩く。

「そうだった。これ、泊まらせてもらうので、口に合うかどうかは分からないんですけど明日何もなかったら食べてください」

 用意していた紙袋を悠さんに渡す。

 受け取った彼は、中を確認して目を瞬いた。

 中は今日作った酢の物や先日作ったばかりの作り置きをタッパーに詰めている。

「苦手なものとかありましたか」

「いえ、ないですよ。人の手作りが久しぶりなので、驚いたんです。ありがとうございます、明日食べますね」

 嬉しそうに笑みを零す悠さんに、私はほっと息を吐く。

 人の手作りが久しぶりかぁ。

 私も大学を卒業してからは実家に帰っていないことを思い出した。悠さんの家族も、彼のように穏やかで優しい人なのだろうか。

 悠さんに案内された浴室は私のアパートより広々としていた。真っ白なタイルに、ゆったりくつろげそうな広い浴槽。

 そこには既に湯が張られていた。家にいる時よりもゆったりしてしまいそうになる。

 実際入ってみると、「極楽~」と口に出して言いたくなった。それくらい気持ちのいいお風呂時間だった。

 着替えて居間に戻ると、悠さんは持っていた紙束をバサバサと落とした。

「黒澤さんどうしたんですか!?」

 駆け寄って、私は彼が落とした紙を拾う。パッと見た感じでは小説のようだった。ページ番号が印刷されているので、できるだけ順番通りになるように重ねて渡す。

「……ちょっと、待っていてください」

 悠さんは受け取った紙束を居間のテーブルに置くと、よろよろと歩いて別室に向かう。

 どうかしたのだろうか。

 待っていると、彼は白いシャツを持って戻ってきた。

「これを着ていてください」

 シャツを私の肩にかけ、袖を通すように促す。

「見苦しかったですか」

 ワンピースは肩がすべて出ているわけではない。半袖だ。

「そんなことはないです。冷えたらいけないと思って」

「……分かりました」

 悠さんは言わなかったけれど、この格好はやりすぎたかもしれない。これくらいなら大丈夫だと思って着たものの、隠したいと思っているのなら別の服に着替えた方がいいだろうか。でも、予備のパジャマは用意していない。

「俺がお風呂に入っている間もしも暇だったら、過去に趣味で書いたものなんですけど、よかったら読みますか」

 それは悠さんが落としていた紙束だった。

「いいんですか」

「興味があれば」

「じゃあ、読みながら待っています」

 本当は気になっていたのだ。拾った時、私の知らない作品だということはすぐに分かった。

 私はすぐに読み進めた。悠さんがお風呂から出たら、もう読めないかもしれないのだ。

 原稿はA4のコピー用紙に二段組みで印刷されていた。読みやすい。タイトルはなかった。

(これって、恋愛小説なのかな)



 人見知りな少女がいつも同じ年上の男子を見ていることに気づいた同級生の少年がからかうところから場面は始まった。そんな存在ではない、と伝えたのに少年は信じない。これはもう何を言ってもしょうがないと諦めた少女は、適当に流し始める。

 けれど、少年は彼女のことを周囲にバラしたりすることはなかった。

 むしろ、少女が見ている男の子のことについて詳しく情報を与えてくれたのだ。だから話を聞いてしまう。そんな素直ではない少女に、少年はいつも笑っていた。

『仲良くしたいなら、まずは話しかければいいのに。こんな所で見ていたって仕方ないだろ』

『おっ……男の人と会話はちょっと……』

『俺とはできているじゃないか』

『あなたがぐいぐい話しかけてくるからよ』

『話しかけられたら話せるんだから、もっと自信を持てばいいのに』

 少年は恋をしている少女のことを考えてか、いつも周囲に誰もいない時にだけ話しかけていた。



 読めば読むほど、むずむずする。読んでいるこっちが目を逸らしたくなるほど、甘酸っぱい青春だ。からかいながらも、背中を押そうとする少年の優しさが胸に染みる。

 もらった束を読み終える。まだ途中までのようだった。

 あれ、読み始めてからどれくらい経ったかな。

 顔を上げて周囲を見渡す。けれど、時計よりも先にキッチンに黒いパジャマを着ている悠さんを見つけた。

 全然気づかなかった!

 いつの間に、お風呂から上がったのだろう。小説をテーブルの上に置いて、慌てて立ち上がる。

「ご、ごめんなさい。もう寝ますか?」

「気にしないでください。とても集中しているようだったので、声をかけなかったんです。それにまだ十一時前ですから。そうだ、寝る前に何か飲みたいものとかありますか。ホットミルクでも白湯でも用意しますよ」

 悠さんの手元を見ると、小さな鍋から湯気が出ていた。ほのかにフルーツの香りもする。

「黒澤さんは何を作っているんですか」

「ホットワインです」

「美味しそう……」

「飲んでみますか?」

「いいんですか」

「アルコールが飛ばしきれていないかもしれないので、酔いそうだと思ったら飲むのは止めてくださいね」

 私は勢いよく首を縦に振った。

 既にお酒で失敗したばかりなのだ。これ以上、理性がないせいで失敗したくない。

 白いマグカップにホットワインが注がれる。悠さんはその上に、カットしたレモンを添えてくれた。

「これって、ワイン以外にも何か入れてるんですか」

「シナモンなどのスパイスが複数入っています。他にもはちみつとショウガが」

「思ったよりも凝った飲み物……」

 単純にワインを温めただけだと思っていた私はじっとマグカップの中を眺める。確かに、シナモン独特の香りも混じっていた。ゆっくりと口に含むように飲むと、それだけで体が温かく感じられる。冷えていた内臓がぽかぽかし始めた。それにワインなのに、まろやかで飲みやすい。

「美味しいですね」

「香月さんの口にあってよかったです」

 ふふ、と笑う悠さんを見て不思議な気持ちになる。彼のマンションに来るまでは、ずっと緊張していたのに心がほっとするのだ。

 二人でゆっくりホットワインを飲んだ後、とうとう寝る時間になった。きちんとした寝室があり、ベッドとサイドチェスト、観葉植物以外に物はない。

「ベッド、大きいですね」

 悠さんは一人暮らしのはずだ。けれど、ベッドはシングルサイズには見えない。ダブルサイズだろうか。

「今よりも不眠が酷いときに何度も寝返りをしていて窮屈だったので……つい」

 昔はどれほど症状が酷かったのだろう。

 ベッドに触れると、ほどよい弾力があった。私が普段使っているベッドよりもいい物だと分かる。

(二回目なのに、緊張してきた)

 ホットワインは酔っ払うほどのアルコールはなかった。

 何でもないふりをして、先にベッドの上に座る。

「シャツ、脱いだ方がいいですよね」

「寝苦しかったら、脱いでください」

 かなり余裕のあるサイズなので、このまま寝たとしても寝苦しいということはない。問題はなかった。

 だけど、これは悠さんが普段使っている服のはずだ。皺になってしまう。

 シャツを脱いで簡単に畳み、サイドチェストの上に置かせてもらうことにした。

「じゃあ、寝ましょうか」

 いつも穏やかな悠さんの声に違和感があった。彼も緊張しているのだろうか。ベッドの上に乗ると、部屋の明かりを消した。

 ほとんど真っ暗な部屋で、悠さんは掛け布団を広げる。

「寒かったら言ってください」

「ホットワインのおかげで、体がぽかぽかするから大丈夫です」

「それなら、よかった」

 背中に腕が回る感触があった。私よりも悠さんの体温の方が熱い。彼の喉がこくりと鳴った。私に触れる手に、躊躇いのようなものが感じられる。

 初めての時はどうしてあんなに激しく事を運べたのだろう。悠さんも平然としているようで、あの夜はだいぶ酔っていたのかもしれない。

 私からすこしだけ、頭を悠さんに寄せる。

 悠さんの匂いが濃くなった。すっきりとした清涼感のある匂いにほんのりと甘い匂いが混じっている。

「強く抱きしめてもいいですか?」

「はい」

 消え入りそうな声になる。まるで今が初めてのようだった。

 彼は恐る恐ると表現してもいいほど、慎重に体を寄せていく。そうして徐々に距離を詰め、額と胸が悠さんに触れた。

(わ、わっ……!)

 包み込むように抱きしめられて、心の中で悲鳴が洩れる。想像以上に大切に扱われていた。

(えっちなことをされるより、こういうスキンシップが一番照れるかもしれない)

 頬も耳も痛いくらいに熱い。

「んっ、あ……」

 隠したい部分を悠さんの指が暴く。顔にかかった髪を私の耳にかけたのだ。

「香月さんの耳、小さいんですね」

「んぅ」

 耳の縁がすりすりと撫でられていく。たまらず、変な声が出そうでぎゅっと口を閉じた。

「可愛い」

 囁くように頭上から落ちる声。

(どうしよう、体に全部……気持ちが出る!)

 熱が出すぎて、汗をかいてしまいそうだった。

「服も、いつもこういう可愛いのを着ているんですか?」

「肌触りがいい方が……黒澤さんも寝やすいかなって」

「俺のことを考えて、着てくれたんですね」

「余計でしたか」

「不意打ちで見ることになったので、すごくドキッとしました。あ、本当に肌触りはすごくいいですね」

「……ッ!」

 するりと背中に触れた腕が下へ移動して、腰を掴む。指先は生地の質感を確認するように、すりすりと動いていた。そこからさらに、太股の裏側へ指が滑っていく。

 思わず手で口元を覆った。

 背筋が蕩け、腰が砕けそうだった。声とともに漏れ出そうな快感を、何度も呑み込む。

 服の上から肌を撫でられているだけで気持ちがいい。

「ベッドの中にいる時だけ、俺のことを名前で呼んでくれませんか」

「……悠さん?」

「うん」

 満足そうに息を吐く音がした。

「それと、朝起きた時はできれば俺を起こしてから離れて欲しいんです」

 ゆったりと肌を撫でながら、悠さんは言った。明日も私は仕事だ。着替えは持って来ている。

「眠れるだけ、たくさん寝た方がいいと思うんですけど」

 眠れなかった分、たくさん寝て欲しかった。

「眠るのも怖いんですけど、起きるのも怖いんです。だから……一人で起きたくないんです」

(怖い……?)

 眠ることに対して、悠さんが抱いている感覚が不思議だった。

「大人なのに、恥ずかしいですよね」

「そんなことないです。誰だって、怖いものはあります」

 私が作家だと気づいて慌てて出て行った朝、悠さんはどんな気持ちで起きたのだろう。たくさん寝て欲しかったのもあって、起こさなかった。

 もしかして、そのせいで一時的に不眠が悪化した?

 知らなかったとはいえ、酷いことをしてしまった。

「起きたらすぐに、起こしますね」

「お願いします」

 ひたいに唇が触れる。それはおやすみのキスのように軽いものだった。

「……じゃあ、今日はもうこのまま寝ましょうか」

「す、……するんじゃ……!」

「こうして人肌に触れているだけで、すごく安らぐんです。だからこのままでも眠れそうなので。抱きしめたままは窮屈ですか? それとも芽依さんはシたい?」

「いえ、大丈夫です」

 セックスするとばかり思っていた。そのせいで体は、もうそういうことをする準備が整ってしまっている。

 果たして疼いてしまった情欲をそのままにして、眠れるのだろうか。

 しかし、悠さんのことを考えたらこのまま眠れるのであれば寝た方がいい。セックスすれば、その分時間を消費してしまう。

(私は悠さんとセックスするために来たんじゃなくて、眠ってもらうために来たんだから……!)

 悠さんが眠ったのを確認して、それでも体が疼くのであれば――

(――するしかない、自分で!)

 その場合、どうやっても悠さんの腕の中ですることになる。抜け出すことはできそうになかった。

 これでは本当に痴女だ。

 けれどこのまま寝ようとしている悠さんは、未だに私の肌に触れて楽しんでいる。そのせいで暴かれていない部分は、沸騰しそうなほど熱くなっていた。しないと分かっているのに、落ち着く余裕がない。それもこれも、悠さんの触り方がいやらしいせいだ。その上、普段着慣れない可愛い服を着ていることも手伝って、色々とまずい。むずむずするのが止まらない状況に陥っている。

 不意に、太股の裏を撫でていた指から力が抜けていくのを感じた。もう眠くなったのかもしれない。余分な力が抜けた指は、ゆるりと私の体の真ん中で止まる。一番、まずい位置だった。

(待って、指……嘘)

 長い中指が太股の内側に入り込んでいる。とはいえ、下着に触れているわけではない。

 そっと視線を上に持ち上げる。

 暗闇に目が慣れてきていた。

 悠さんは両目を閉じて、小さな寝息を立てている。

 もぞもぞと両足を動かす。悠さんが寝ているのであれば、簡単に指が抜けるはずだ。体の辛い部分から、悠さんの手がすこしでもいいので離れて欲しい。なのに、どうやっても悠さんの手は動かず、それどころか僅かに開いた足の隙間に指が入っていく。

 どうしてこんなことに、と声に出したくなった。あんまり動きすぎても、寝付いた悠さんの邪魔をしてしまう。それに動けば動くほど、際どいところへ指が近づきそうだった。

 だが、このままでいいのだろうか。

 何かの弾みで、指がもっといけない箇所に触れてしまいそうな予感があった。

 やっぱり駄目だ。

 頭の位置をもうすこし上に移動させることにした。肘を使って体を僅かに起こし、腰を移動させる。これで自然と指は遠ざかるはずだった。

「……んッ!?」

 柔らかいベッドの上で立てた肘がぐにゃりとバランスを崩す。すると動かそうとしていた腰は上ではなく悠さんから退く形となり、そうなると指に向かって体が動くことになる。

 ふに、と指が触れる。

(わ、わ――――!)

 あんなに慎重に動いていたのに、酷い結果だった。

「香月さん、何してるんですか」

 規則正しく呼吸を繰り返していたはずの悠さんが瞼を持ち上げる。言い辛そうに躊躇った後、言葉を続けた。

「俺の指で」

「ち、違うんです! こんなつもりじゃなくて、体の位置を変えようと思っただけで……! 起こしてしまってごめんなさい」

 穴があったら入りたい。いっそ布団の中に頭まですっぽりと入ってしまいたかった。

「大丈夫です。目を瞑っていただけなので」

 起きてた!?

 行動すればするほど裏目に出ている様を、彼は知っていたらしい。

「香月さん、寝づらいのかなって思っていたら、どんどん俺の指が変なところに行くのでどうしようかと……」

「本当にこんなつもりじゃなかったんです」

「はい」

 返事をする悠さんの声は笑いを耐えているのか、震えていた。

「分かってます。辛かったんですよね。俺が気づかなくて……」

「んんぅ、あ……あの、そんな風に体を触られると……っ」

「やっぱり、シてから寝ましょうか」

「でも、悠さんの寝る時間が……」

 首を横に振る。でも、悠さんは笑みを深めた。

「俺だって、シたいんです」





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