色香滴る外資系エリートに甘く溶かされて

ながみ

ex 5-5. 明るい海で愛を告げる(完)

 翌日からは観光やショッピングを楽しんだ。大定番のハリウッド周辺の観光スポットやテーマパーク、地域の人々からも人気があるというファーマーズマーケットや緑豊かな公園、かつて良く来ていたというレストランまで。ロサンゼルスを初めて訪れた私向けに春都は色んな所へ連れて行ってくれた。

 有難いことに、加賀谷家の方々も時折同行してくださって本当にお世話になった————ご実家に招いて頂いた際に、春都の好きなところをひたすら語ったのが大いにウケたらしい。お酒の力を借りてもどうしようもない程に気恥ずかしかったが、終わり良ければすべて良し。そう思い込むことにしている。

 ちなみに、愛しの婚約者様はというと……あれ以降、この上なく機嫌が良い。一応、ご家族の前ではスキンシップを控えていたようなのだが、もう何も気にせず私の腰に腕を回している。あれだけ春都のことが好きだとご家族の前で訥々と語ってしまった私としても、もう色々諦めていた。そもそも、アメリカンでオープンな家庭なので私たちが多少いちゃついたところで誰も気にしていないということもある。

 そんなこんなであっという間に時が流れ、いよいよ帰国が近づいてきた。研修と今回の旅行を合わせて1ヶ月以上海外に滞在しているのかと思うと感慨深い。スーツケースを広げて、荷物の整理をしていると春都に声を掛けられた。

「ねぇ、玲奈。今日は天気もいいしビーチで散歩しない?」

 何の迷いもなく首肯した。こちらに来てから毎日のように海を見ているものの、近くまで行ったことはないような気がする。春都の言う通り、今日は快晴で心地よい風も吹いているし散歩にはぴったりだ。

 加賀谷邸の近くにある海の見える街に宿泊していた私たちはホテルを出て、近くのビーチへと向かう。今日は元々何の予定も入れていなかったので春都も私もラフな格好をしていた。せっかく砂浜に行くんだし、ということで途中の店でお揃いのサンダルを買ってみた。軽やかな白地のワンピースにブルーのサンダルを合わせて、まさにリゾート気分だ。同じデザインのサンダルを履いた恋人に手を引かれて、賑やかな街並みを楽しむ。

「この街はまさに俺が生まれ育った場所なんだ。これから行くビーチも学生時代よく行ってた。のんびり海を眺めてると、心が穏やかになるんだよね」

 しみじみと思い出を語る春都を見て、かつての彼を想像する。私と出会った時には既に社会人だったし、見た目は今とほとんど変わっていない。出来ることなら10代の彼にも会ってみたかった。

「学生時代の春都かぁ……今でも会社で人気だけど、当時は本当に凄かったってお姉さんたちが言ってたし気になる。会ってみたかったな」

 そんなことを口にすると春都に微妙な顔をされた。

「うーん、あの頃の俺は今よりもやさぐれてたからな……玲奈に好きになってもらえてたかどうか」

「やさぐれてた?なんで?」

「誤解を恐れずに言うとモテすぎたせいだね。俺と付き合うことがある種のステータスみたいな感じになっちゃって……元々、俺はロマンチストだったから本当に好きな人以外と付き合いたくなくてさ」

「わぁ…………」

「だから、こうしてこの街を本当に好きな人と一緒に歩いてるのが夢みたいだよ」

 気を取り戻したのか春都は私に軽く口づけてきた。海外だと言うこともあって、街中でも全く気兼ねせずキスしてくる。私としても嬉しいので甘受しているが、日本に帰ったら控えてもらわないとまずい。

 ビーチが近づくにつれて、視界が開けてきた。すっかり見慣れた西海岸らしい椰子の木が立ち並ぶ砂浜と明るいエメラルドグリーンの海。海沿いには遊園地もあるようで、鮮やかな色合いのコースターや観覧車が見える。さすがに10月なので海水浴をしている人はいないが、日光浴やスケートボードを楽しむ人々で浜辺は賑わっていた。

 日本の浜辺とは全く違うその趣きを興味深く眺めていると「ここも良いけどね。玲奈にはこっちに来て欲しいんだ」と言われて春都は砂浜を進んでいく。時々、砂に足を取られながらも彼についていくと、私のそんな様子を見兼ねた春都に横抱きにされてしまった。慌てて遠慮しようとしたが「たまにはいいでしょ?」と嬉しそうな笑顔で言われてしまったので、大人しく彼の首に手を回した。かなり密着していることもあって、通りすがる人々がニヤニヤしている気がしないでもない。

 しばらくして、砂浜の端にある景色の良い場所に降ろされた。海の色の濃淡が際立っていて、水面も宝石のように輝いている。思わず感嘆の声を上げてしまうほどに綺麗だった。

「このあたりは他の場所とちょっと違うでしょ?水深が違うのか、もしかしたらこの一帯だけ砂が違うのか……ちゃんとした理由は知らないんだけど、この景色が昔から好きなんだ」

 煌めくエメラルドグリーンを見つめながら、春都の顔が少しずつ綻んでいく。その光景がやけに印象的で目を奪われた。私がじっと見ていることに気がついたのか、彼がこちらに顔を向ける。その顔には美しい微笑と僅かな緊張が浮かんでいた。

「玲奈」

 どこか固さのある、それでいて甘さを感じさせる声が響く。それから、彼は砂浜に恭しく片膝をついて私を見上げた。

「君と出会って、今こうして一緒にいられる事が俺にとってどれだけ幸せなことか。しかも、君も俺のことを想ってくれてる。本当に奇跡みたいだなっていつも思ってるんだ。一緒に過ごした時間はまだ短いけど、君しかいないって俺は確信してる。君だけを永遠に愛してる」

 だから、と小さな声が聞こえた。呼吸も忘れて続く言葉を待つ。

「————俺と結婚して欲しい」

 すでに私の指には婚約指輪が嵌っていて、私だって彼にプロポーズしている。何より、2人が再会したあの日に彼から同じ言葉を告げられた。

 それでも、こうして改めて言葉にしてくれる彼が愛おしくて仕方ない。返事をする代わりに、婚約指輪を外して春都に手渡す。私の意図を正しく察してくれた彼は立ち上がって、私の指にそっと指輪を嵌め直してくれた。

 その瞬間、私は彼を抱き締めて笑顔を浮かべながら想いを伝えた。末永く、ずっと一緒にいたい。そんな気持ちを込めた返事を聞いた彼は、最高に美しい笑顔で私にキスを捧げてくれたのだった。



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