色香滴る外資系エリートに甘く溶かされて

ながみ

ex 5-4. 明るい海で愛を告げる

《ねぇ、ハルト!あなたどうやってこんなに可愛いレイナを落としたの!?あたしたちの知る限り、あなたついこの前までヴァージンだったわよね!?》

 婚約祝いのスパークリングワインを飲んでいた春都が咽せた。強烈な一言を放ったのは長女のサラさんだ。私はというと、彼女に肩を抱かれながら必死に英語がわからないフリをしている。衝撃のあまりうっかり顔に出そうになったがどうにか耐えた。

《あらやだ、その話私も聞きたいわ!レイナってば素敵だし、かなりモテそうじゃない?見た目こそプレイボーイだけど中身はベイビーなハルトがどうやって射止めたのかすごく気になるわね》

《ね、ハルトったら本当に好きな人以外とはエッチなことは絶対しないって高校生の頃から言い張ってたもんね!!》

《全く、折角イケてる見た目なのに誰に似たのかお堅かったわよね。あたしたちと違って!!》

 美女3人組の派手な笑い声が響き渡る。軽快に話す彼女たちを止める術はない。サラさんの元を離れ、咽せ続ける春都の背中をさすると彼女たちはさらに盛り上がった。

「大丈夫?お水持ってこようか?」

「うん、お願いしていいかな…ほんとごめんね………」

 真っ赤な顔で項垂れる春都を置いて、キッチンへ水を取りに行く。仲睦まじく2人で夕食を作る加賀谷夫妻が私に気がついて声を掛けてくれた。

「あら、玲奈ちゃん!どうしたの?リビングはすごい盛り上がってるみたいだけど」

「そうそう、私たちのことは気にしなくていいからあっちで楽しんでおいで」

 春都によく似た顔立ちのお母さまと背の高いイケオジなお父さまが笑顔で話しかけてくれた。微笑みを浮かべたマダムの瞳は薄っすらと青み掛かっていて、どこか日本人離れした容姿をしている。ここに来るまで知らなかったが、春都の母方の祖父はドイツ人らしい。そんな縁もあって姉弟はかの国を彷彿とさせるような名前をしているのだとか。

 娘たち同様、押しの強いお母さまに「折角だしこのまま夕食もどうかしら?というか、もうこのまま泊まって行って!」と迫られて、今夜はこのままお世話になることにした。夫婦で料理をするのが趣味だという2人に夕食の用意までして頂いて、私としては恐縮しっぱなしだ。

「いえ、春都さんが咽せてしまって…お水を頂きに来ました」

 そう伝えると、夫妻は顔を見合わせながら笑い始めた。

「ああ、お姉ちゃんたちが春都のことを揶揄ってるのね。大好きな弟がやっと恋人を連れてきたから嬉しくて堪らないのよ」

「ふふ、そうだな。まぁ、私たちも人のことは言えない訳だが」

 ははは、と愛想笑いをしながら考える————無事、私は加賀谷一家に気に入られたらしい。私の人柄云々という話も無くはないのだろうが、やはりそれ以上にあの春都が恋人を連れてきたということ自体が家族としてはかなり衝撃的だったようだ。

「家にしょっちゅう彼氏を連れてくるお姉ちゃんたちとは正反対な春都のことを私たちも心配してたの。さっきも伝えたけれど、どうかあの子を末永く大切にしてあげてね」

「ああ、本当にうちの息子を宜しく頼みます……きっとあいつは俺に似て物凄く重たいタイプの男だろうから玲奈ちゃんはある意味苦労するだろうが、そう悪くはない夫になるはずだ。なぁ、君もそう思うだろう?」

「やだ、若い人の前でやめてくださいよ。玲奈ちゃん、ごめんなさいね」

 4人も子供を産んだとは思えないスタイルをしたマダムの細腰をイケオジが引き寄せた。春都と私に影響されたのか、普段からこんな感じなのかは分からないが2人は今でも大変お熱いようで……水を受け取った私は微笑みを浮かべつつ、速やかにリビングへと戻った。


***


「あ、レイナおかえり。待ってたよ!」

「わぁ、こっちにおいで!ハルトはサラと仕事の話してるから私たちと話そ!」

 どうやら先程の話は終わったようだ。内心ほっとしながら、声を掛けてくれたエレナさんとユリアさんの隣に腰掛けた。春都の様子を伺うと、確かにサラさんと淡々と話し込んでいる。姉と話す時でも、仕事の話になるとあのクールな顔つきになるらしい。もう咳も落ち着いたようだし、私は水の入ったグラスをテーブルに置いた。

「ねぇ、玲奈。ハルトのどこが好き?」

「気になる!」
 
 2人は配偶者がアメリカ人ということもあり、普段ほとんど日本語を使っていないらしい。問題なく意思疎通はできるが、なかなか個性的な抑揚で話している。それでいて、どこか春都に似た口調なのでちょっとおもしろい。

「そうですねぇ」

 真面目な顔で仕事の話をしている春都を眺めながら考える。ついさっきまで真っ赤な顔で咽せていた彼とは別人だ。そんな私の様子をしっかり見ていた酔っ払いなお姉さま2人が矢継ぎ早に話しかけてくる。しかも、しれっとウイスキーをロックで渡された。

「やっぱり見た目?ハルトは昔から見た目が良かったからね」

「ほんとに。小さい頃は天使みたいだったし、ティーンになると女の子からめっちゃ人気だった」
 
 お姉さまたちの仰る通り、弟君のご容姿は大変整っている。それに未だにモテるのも知っている。私との婚約を公にしてからも、うちの会社の一部の女性社員が彼のことを狙っていると何度も耳にした。

 もちろん私も彼の見た目には好感を持っている、ただ、初めて会った時はどちらかというと緊張して仕方なかった。緊張が先立ってしまったせいで、彼の顔が自分のタイプだと自覚したのはもう少し後になってからだった。それに、今となっては彼の容姿そのものより色々な表情や仕草の方が愛しい。それに性格や物事の考え方、果ては諸々の相性まで。私は彼の何もかもが好きになってしまった。

 手に持っていたウイスキーを一気に煽って、氷の残るグラスをドンっとテーブルに置く。

「全部です」

「レイナ、お酒飲めるね!一緒にたくさん飲も!……って、全部?」

「はい」

「何が?お酒の話?」

「春都さんの好きなところ」

 彼の大切な家族には私のこの想いをちゃんと知っておいてもらいたかった。初めて家族に紹介された恋人として。そして、彼にとって生涯でただ1人の存在として………気恥ずかしさが抜けなくて、少々お酒の力を借りてしまったが。

《………レイナ、貴方最高ね!!とっても恥ずかしそうなのに、そんなふうに言ってくれて本当に嬉しい!!》

《…わぁーお!!ねぇ、春都聞いてた!?》

 しばらく呆気に取られていたお姉さま方だったが、私の言葉を飲み込んだ途端に騒ぎ始めた。私はエレナさんに抱き締められ、ユリアさんは春都の元へと駆けていった。

《は?え、ユリアどうしたの》

 仕事の話に集中していたのか春都は聞いていなかったらしい。まぁ、さっきの言葉は彼に向けたものではないので私としては全く問題ない。が、ユリアさん的にはNGだったらしい。

《ちょっと!!あんたなにやってんのよ!!レイナは最高だけど、ハルトがダメダメじゃない!!》

《これだから碌な恋愛経験のない男は!!あんたちゃんとレイナのこと満足させられてるの!?》

 私をぎゅうぎゅうと抱き締めるエレナさんまで厳しい言葉を放つ。というか、何かその発言は話題が逆戻りしそうなのでやめて欲しい。そう思って私はつい言ってしまった。

「あの、さっきの話は春都さんにも伝えていますし……私もちゃんとたくさん愛してもらってますので……」

《あら!?レイナ、あなたちゃんと英語わかってるんじゃない!!》

《ねぇ、もしかしてさっきの話も分かってた!?春都は全然話してくれなくてつまんなかったから今度はレイナに聞いちゃおうかな!》

《まぁ、そうだったの!春都、もう仕事の話は終わりにしましょ。あなた仕事の話になると長いから疲れるのよ》

《ちょっと、姉さんたち!!何の話なのか全然わかんないけど嫌な予感しかしないから止めてよ!!!》

 これはまずい方向に話が流れている。どうにか逃げ出さないと大変な目に遭いそうだ。春都と私がアイコンタクトでそう伝え合って、お姉さまたちから逃亡を図ろうとしたまさにその時、なんとご両親がやってきてしまった。

「おや、何やらまた盛り上がってるね。さっきから何の話をしているんだい?」

 父からの問いかけに娘たちが声をそろえて返事をしようとしている姿を見て私は超絶に焦った。ご両親がいる場で艶っぽい話は居た堪れない。

「そりゃあ、ハルトとレイナが————」

「————っ、私がどれほど春都さんのことを愛しているかについてです!!」

 必死にそう言い切った私を加賀谷家一同が唖然とした顔で見つめている。恥ずかしさのあまり、結局居た堪れなくなった私は両手で顔を隠したのだった。



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