色香滴る外資系エリートに甘く溶かされて

ながみ

6-3. 恋も仕事も多忙につき

「これからどうぞよろしくお願いいたします」

「こちらこそ本日はありがとうございました」

 和やかな雰囲気で打ち合わせを終えて、三木課長とともに会議室を出る。まだ取引先にいるというのに達成感で顔が緩んでいく。

「よかったぁ、これで一安心ですね」

「ほんとに。こんなに早く話がまとまるなんて思わなかったよ」

 よく頑張ったね、と課長が労いの言葉をかけてくれた。いつも通りの柔和な表情だが、その顔はどこか誇らしげだ。

「僕だけじゃこんなに上手く話がまとまってたとは思えないよ。逢坂さんがいてくれたおかげだね。特にあのインフルエンサーの女の子、あんなことがあったのに凄くイキイキしてて前よりも良いアイデア出してくれたね」

「毎日電話して仲良くなりましたからね」

 苦笑しながらそう告げる。月曜の長電話以来、彼女に気に入られてしまったのか毎日電話が掛かってくるようになった。あの日は随分落ち込んでいて心から心配したが、今では元カレの愚痴を笑って話せるくらいには回復している。インフルエンサーという特殊な職業に就いているだけあって、彼女のメンタルは強かった。それに、職業柄なのか発想や感性が私とは全然違っていて、話しているだけで勉強になった。さっき、会議で顔を合わせた時に今度2人で飲みに行こうと明るい笑顔で言われ、私としても嬉しくなった。

「うーん、逢坂さん。来週話そうかと思ってたんだけど、実は君を————あ、電話だ。しかもこれ長くなりそうだな……逢坂さん、先に帰社していいからね」

「はい、分かりました。お先に失礼しますね」

 困ったような顔で電話に出た課長が私に手を振る。電話で遮られてしまった話が気になるが後でまた話してくれるだろう。軽く会釈をして、私はエレベーターへと向かう。

「わっ」

 隣の会議室の扉が急に開いて人が出てきた。鮮やかな金髪の外国人男性にぶつかってしまった。結構思いっきりぶつかってしまったので、慌てて謝罪の言葉を述べる。

「すみません!あの、大丈夫ですか?」

「こちらこそ申し訳ないです……って、もしかしてレナ?」

「…………ノア!?」

 思わぬ再会に目を見開く。先週の金曜日、彼に襲われかけて以来の邂逅だ。はっきり言ってめちゃくちゃ気まずい。

 愛想笑いを浮かべつつ、さりげなく逃げ出そうとしたらノアに腕を掴まれた。ノアは会議室に向かって「僕、知り合いの子と偶々会っちゃったからこのままランチ行ってくるよ!」と言っている。私が抗議しようとすると「騒ぎを起こしたくなかったらこのまま大人しく着いてきて。ここにいるってことは取引先なんでしょ?」と物騒なことを言われた。そんなことを言われて狼狽えたが、事実それは困る。

 彼に腕を引っ張られてエレベーターへ連れていかれる。遠くで三木課長が驚いた顔をしているのが見えたが、どうすることもできない。

 先週の金曜以降、ノアから時々メッセージが来ているのは知っていたが1つも読んでいない。それどころか、今朝あの婚活アプリを消した。仕事で忙しくてノアのことまで気が回らなかったということもあるが、何より存外嫉妬深い春都に余計な心配をかけたくなかった。だから、もう会うことはないだろうと思っていた。

「ここにしよっか」

 取引先の近くにあるイタリアンカフェに連れてこられた。濃いブラウンのウッド調でまとめられた店内に腰を下ろす。ウェイターにメニューを渡された私は、腹を括ってアイスカフェラテを頼む。

「食事は?」

「この後、別件があるの。遠慮しとく」

「ふーん、そうなんだ」

 じゃあ僕も同じものをとノアが告げる。言うまでもなく、口からの出まかせだ。タスクは色々抱えているが、スケジュールとしてはこの後しばらく空いている。注文をメモしたウェイターが去って行くと、腕組みをしたノアが私の目を見ながら軽い口調で話し始めた。

「約束もしてないのにこうしてまた会えたなんて運命みたいじゃない?」

「単なる偶然よ。だって似たような業界で働いてるんだもの」

「そんな冷たいこと言わないでよ……この前は本当に申し訳なかった。ごめんなさい」

 私が無感情に言い返したのを見て、ノアは態度を改めた。居住まいを正した彼は、真剣な表情でこの前のことについて謝罪した。

「いくら酔っていたとはいえ、同意もなしにホテルに連れ込もうとするなんて最低よ。謝罪は受け取ったけど、許すつもりはないから」

 キツく言い過ぎただろうか。でも、本当にあれは嫌だった。あのままノアにホテルに連れて行かれて、体を暴かれていたらと想像して身震いがした。

 もし、あの時2人でバーに行っていたらまた違った関係になっただろうか————いや、いずれにせよノアとは友達止まりだった気がする。結局のところ、今も昔も私の心にはたった1人しかいない。だからこそ、アプリを消してノアとの関係を断ち切ろうとしたのだ。

 そんなことを考えていると静かにドリンクが運ばれてきた。しばらく考え込んでいた私の姿を見て、彼は何を思ったのか懇願するような熱い視線を向けてきた。

「あの時は確かに酔っていたし、本当に失礼なことをした。反省してる。でも……俺、レナのことを本当に好きになっちゃったんだ。あの夜、実際に君と話してみてすぐにビビッときて。だから、俺にもう一度チャンスをくれないか」

 胸が鈍く騒めくようなこの気持ちは何だろう。少なくとも良い感情ではない。少しだけ眉を顰めてしまった。

「レナ、そんな顔しないで……もしかして、あの男と何かあった?酔っていたせいであんまり覚えてないんだけど、顔見知りみたいだったよね」

「……そうよ。私、あの人と付き合うことにしたの。だからもうノアとは会わない」

 私が放った言葉の意味を理解した途端、ノアは悲しそうな顔をした。その顔に僅かばかり罪悪感を覚えたが、私にはどうしようもない。冷たいカフェラテを飲み干して席を立つ。

「でも、まだ付き合ったばっかりでしょ!?これからどうなるかわかんないじゃん。これ、俺の名刺だから。連絡待ってる!」

 縋りつくような声をしたノアに名刺を渡された。何度も断ったが、切実な彼の様子を見て諦めた。仕方なく名刺を受け取ると、私が予想していた通りの会社名が刻まれている。春都のせいで感覚がバグってきているが、ノアだって容姿は相当整っている。この会社に勤めていて、人好きのする甘いルックスをしているのだから、いくらでも遊んでくれる女の子はいるだろうに。

「……ありがとう。でも、連絡することはないと思う。ノアのことはそういう目で見れなかったけど、仕事の話をしてる時は本当に楽しかったよ。じゃあね」

 今度こそ、ノアを置いて席を立つ。せっかく今日は仕事が一段落したのに、何だかどっと疲れた。早く帰って1人になりたい————いや、春都に会いたい。ノアのことは振り返らずに、私はカフェを立ち去ったのだった。



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