色香滴る外資系エリートに甘く溶かされて
6-1. 恋も仕事も多忙につき
出社してからはとんでもなく大変だった。なんと私が担当している香霞のCM案件でトラブルが発生したのだ。とりあえず、午前中の業務時間をフルに使って状況把握に務め、今後の方針について三木課長と話し合った。まだ月曜の朝なのに2人してげっそりとした顔つきになってしまった。
事の発端は広告代理店側の不手際だ。CMへの出演が内定していたインフルエンサーの女性と揉めたのだ。よりによって、今回のCMは最初からそのインフルエンサーありきで企画が練られていたため、もうてんやわんやだ。
香霞のメインターゲットは40代の女性だが、そのインフルエンサーがSNSに投稿した動画をきっかけにここ数か月で20-30代の女性が香霞に興味を示すという珍しい現象が起こった。なんでも、今年の初めに限定発売したパッケージが大人っぽくてかわいいと若い女性の心を掴んだらしい。
香霞担当チームの一員として、このトレンドにいち早く気がついた私はこれを好機と見た。定例会議に資料を持ち込み、ターゲット層拡大を目的とした新CMを打つことを提言したところなんと企画が通ったのだ。せっかくだからということで、そのまま企画の進行を任された私は今日まで着々と計画を進めてきた。のに、私の預かり知らぬ所でこんなことが起きていただなんて。
日頃からうちの会社と付き合いのある代理店に依頼していたし、関係者と密にコミュニケーションを取っていた自負もあった。だけど、さすがに代理店側の担当者とそのインフルエンサーが数年前まで恋人同士だったとは見抜けなかった。今回の案件を通して再会した2人はまたもや良い感じの関係に戻っていったらしいのだが、なんと代理店担当者側は1年前に結婚していたらしい。そして、そのことに気が付いたインフルエンサーが先週末激怒して、その勢いで案件から降りると言い出したらしい。
事の次第を知った私と課長は呆れて物も言えなかった。社会人としてはどちらに対しても思うところは多々ある。だが、個人的にはそのインフルエンサーに同情してしまった。なにせ、相手に既婚者だということを隠されて不倫してしまったのだ。仕事上、これまで何度も彼女と話をしてきた身としては気の毒で仕方なかった。
もし、仮に私が同じ目に遭ったらと思うと、何も手につかなくなった。今度こそちゃんと春都のことを信じているし、そんなことは有り得ないと分かっている。それでも、つい想像してしまって心底暗い気持ちになった。私だったら、激怒どころでは済まないだろう。
そんな気持ちもあって、状況確認を兼ねて彼女に直接電話をしてみたのだが……なんと2時間も話し込まれた。最初は落ち着いた様子で謝罪を伝えられ、今回の降板に関しての経緯を説明してもらっていたのだが、私が彼女を気遣う発言をしたところで泣き声が聞こえてきた。そして、そのまま傷心した彼女の愚痴を延々と聞くことになってしまった。私も真剣に聞き入ってしまって、2人で意気投合しているうちに時間がどんどん過ぎて行って、最終的には彼女のマネージャーに電話を取り上げられた。私としても他にもやることが山積みなのに、うっかり長電話してしまってちょっと反省している。
でも、そのおかげで彼女から「別の代理店を通して打診してもらえば瑠璃香のオファーそのものはいつでもお受けします!」と言ってもらえた。三木課長とも相談して、今後の方針としては別の代理店に依頼して、同様の企画を進行する方向で話を進めることに決定した。今日の午後はひたすら色んな代理店や制作会社に電話することになりそうだ。
「玲奈、ランチ行こ!」
「なんか午前中は大変そうだったね。少し休まないと」
今後の方針も決まり、一段落したところで瑞希と結衣に声を掛けられた。正直のんびりランチを取っている場合ではないのだが、三木課長が気遣うような目でこちらを見ているし、2人と昼食を食べてリフレッシュすることにした。
財布とスマホを持って席を立ち、3人で創作和食のお店にやってきた。会社近くにあるお店なのだが、割と最近オープンしたこともあってまだあまり知られていない。おすすめの日替わりランチを頼み、ぐったりとテーブルに突っ伏した。
「……月曜の朝から疲れた」
「ほんとにお疲れ様。なんとなく話は聞いたけど災難だったね」
「ね。完全にとばっちりよね」
同じマーケティング部に所属しているが、2人は別のブランドを担当しているので今回の件とは無関係だ。一応、釘を刺しておく。
「センシティブなトラブルの話だからくれぐれも噂話しないでね……スキャンダルになっちゃうから……」
電話で話したインフルエンサーの彼女を思い出す。今、このことが公になってしまったら彼女はより大きな心の傷を負うことになる。それだけは避けたかった。
話題を変えるべく、2人に週末はどうだったか話を振った。のだが、見事に話を打ち返されてしまった。
「ねぇ!お疲れのところ申し訳ないけど、金曜のデートどうだったか話聞きたい!」
「え、なんだっけそれ………」
「いやいや、アプリの彼よ!イギリス人のノア君!」
今朝の仕事の事で頭がいっぱいだった私は何の話をされているのか一瞬本気で分からなかった。そういえば、金曜はノアとデートしたっけ。週末が濃厚だったせいで随分前の出来事のように感じられる。それに、ノアとのデートそのものよりも彼に襲われかけたところを春都に助けてもらったことの方が遥かに色濃く記憶に残っている。頬杖をつきながら春都のことを思い出す。
「会いたいなぁ……」
今頃どうしているだろう。こうしてのんびりしていると猛烈に恋しくなってきた。午前中のトラブルのせいもあって、春都に会って癒されたい。一目でいいから彼の姿が見たい。
「………ちょっと、どういうこと」
「玲奈がそんな顔してるの初めてみたんだけど……ねぇ、何があったの」
慄くような声が聞こえてきた。瑞希と結衣が目を見張っている。春都のことを考えるのに夢中になってすっかり2人のことを忘れていた。なんの話をしていたんだっけ。
「あぁ、ノアとのデートね。仕事の話は盛り上がったけど、2人が期待してるようなことはなかったよ。恋愛相手としては微妙、っていうかちょっとないなって思っちゃった」
「いやいやいやいや」
「さっきと顔違いすぎだから玲奈!!待って、何があったの!?」
「はぁ?」
「一瞬どう見ても恋する女の顔してたから!」
「そうそう!ノア君じゃないとしたら誰なのよ!?」
目を瞬かせて少し考える。2人にはこれまでも何かと世話になっているし、これからも色々と相談したい。なにせ私は恋愛初心者だ。相手が春都だとバレなければ問題ないかなと判断して、週末のことを少しだけ話すことにした。
「実は昔好きだった人と再会して良い雰囲気になったの。付き合うことにした、みたいな」
明確に付き合って欲しいと言われた訳ではないが「俺との未来を考えて欲しい」と言われたし、この説明で合っているだろう。というか、結婚して欲しいっていきなり言われたアレは何だったんだろう。今更ながら思い出して気になってきた。
そんなことを1人で考えていると「きゃ————!!!」という2人の黄色い悲鳴が上がった。ランチセットを運んできてくれた店員さんがびっくりした顔でこちらを見ている。どうにか2人を宥めて、店員さんに愛想笑いを返した。ノアとの話の比ではないくらい話題に食いつかれて、質問攻めに遭いながら食事をする羽目になってしまった。
初恋の人と偶然再会して、そのまま彼の家で一緒に週末を過ごしたという話をする。具体的な話をするのは避けたが、色々察されてしまったようで2人の舐めまわすような視線が恥ずかしい。
「今朝の件で疲れてる割になんか肌艶いいなって思ってたけどそういうことだったのね……あらあら、良かったわねぇ」
「おまけにそんな首元まで隠れるブラウス着ちゃって。いかにも愛されてますって感じじゃん。それで相手は?」
「……同じ大学出身の先輩。他の会社の人だよ」
熱くなってきた顔を手で扇ぎながらそう答えた。決して嘘ではない。
「めっちゃ気になるんだけど。写真とかないの?」
「ないよ……って、そういえば連絡先聞くの忘れてた」
写真があったとしても絶対に見せる訳にはいかない。週末はほとんどスマホを触ることもなく、誰にも邪魔されず2人っきりで過ごしていたのでそもそも写真を撮っていない。そんなことを考えていると連絡先すら交換していないことに気がついた。今は同じ会社にいるし、彼の家も知っているのでその気になればいつでも会えるが、このままだと何かと不便だ。後でさりげなく聞きに行こう。そう思いながら食後の暖かいお茶を飲んでいると、眉を顰めた結衣に問いかけられた。
「一応聞くけど……遊ばれてる訳じゃないんだよね?」
お茶を咽せた。恋愛初心者な私のせいなのか、熱烈すぎるが故にどこか抜けている春都のせいなのか。私たちの関係は今でも傍から見るとそう思われてしまうらしい。実はラウンジで働いていた時にお客様として出会った人で、年齢も6歳差だと打ち明けたらもっと怪しまれるんだろうな。
「ううん、間違いなく本気で思ってくれてるよ」
思わず破顔しながら私はそう答えた。
事の発端は広告代理店側の不手際だ。CMへの出演が内定していたインフルエンサーの女性と揉めたのだ。よりによって、今回のCMは最初からそのインフルエンサーありきで企画が練られていたため、もうてんやわんやだ。
香霞のメインターゲットは40代の女性だが、そのインフルエンサーがSNSに投稿した動画をきっかけにここ数か月で20-30代の女性が香霞に興味を示すという珍しい現象が起こった。なんでも、今年の初めに限定発売したパッケージが大人っぽくてかわいいと若い女性の心を掴んだらしい。
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事の次第を知った私と課長は呆れて物も言えなかった。社会人としてはどちらに対しても思うところは多々ある。だが、個人的にはそのインフルエンサーに同情してしまった。なにせ、相手に既婚者だということを隠されて不倫してしまったのだ。仕事上、これまで何度も彼女と話をしてきた身としては気の毒で仕方なかった。
もし、仮に私が同じ目に遭ったらと思うと、何も手につかなくなった。今度こそちゃんと春都のことを信じているし、そんなことは有り得ないと分かっている。それでも、つい想像してしまって心底暗い気持ちになった。私だったら、激怒どころでは済まないだろう。
そんな気持ちもあって、状況確認を兼ねて彼女に直接電話をしてみたのだが……なんと2時間も話し込まれた。最初は落ち着いた様子で謝罪を伝えられ、今回の降板に関しての経緯を説明してもらっていたのだが、私が彼女を気遣う発言をしたところで泣き声が聞こえてきた。そして、そのまま傷心した彼女の愚痴を延々と聞くことになってしまった。私も真剣に聞き入ってしまって、2人で意気投合しているうちに時間がどんどん過ぎて行って、最終的には彼女のマネージャーに電話を取り上げられた。私としても他にもやることが山積みなのに、うっかり長電話してしまってちょっと反省している。
でも、そのおかげで彼女から「別の代理店を通して打診してもらえば瑠璃香のオファーそのものはいつでもお受けします!」と言ってもらえた。三木課長とも相談して、今後の方針としては別の代理店に依頼して、同様の企画を進行する方向で話を進めることに決定した。今日の午後はひたすら色んな代理店や制作会社に電話することになりそうだ。
「玲奈、ランチ行こ!」
「なんか午前中は大変そうだったね。少し休まないと」
今後の方針も決まり、一段落したところで瑞希と結衣に声を掛けられた。正直のんびりランチを取っている場合ではないのだが、三木課長が気遣うような目でこちらを見ているし、2人と昼食を食べてリフレッシュすることにした。
財布とスマホを持って席を立ち、3人で創作和食のお店にやってきた。会社近くにあるお店なのだが、割と最近オープンしたこともあってまだあまり知られていない。おすすめの日替わりランチを頼み、ぐったりとテーブルに突っ伏した。
「……月曜の朝から疲れた」
「ほんとにお疲れ様。なんとなく話は聞いたけど災難だったね」
「ね。完全にとばっちりよね」
同じマーケティング部に所属しているが、2人は別のブランドを担当しているので今回の件とは無関係だ。一応、釘を刺しておく。
「センシティブなトラブルの話だからくれぐれも噂話しないでね……スキャンダルになっちゃうから……」
電話で話したインフルエンサーの彼女を思い出す。今、このことが公になってしまったら彼女はより大きな心の傷を負うことになる。それだけは避けたかった。
話題を変えるべく、2人に週末はどうだったか話を振った。のだが、見事に話を打ち返されてしまった。
「ねぇ!お疲れのところ申し訳ないけど、金曜のデートどうだったか話聞きたい!」
「え、なんだっけそれ………」
「いやいや、アプリの彼よ!イギリス人のノア君!」
今朝の仕事の事で頭がいっぱいだった私は何の話をされているのか一瞬本気で分からなかった。そういえば、金曜はノアとデートしたっけ。週末が濃厚だったせいで随分前の出来事のように感じられる。それに、ノアとのデートそのものよりも彼に襲われかけたところを春都に助けてもらったことの方が遥かに色濃く記憶に残っている。頬杖をつきながら春都のことを思い出す。
「会いたいなぁ……」
今頃どうしているだろう。こうしてのんびりしていると猛烈に恋しくなってきた。午前中のトラブルのせいもあって、春都に会って癒されたい。一目でいいから彼の姿が見たい。
「………ちょっと、どういうこと」
「玲奈がそんな顔してるの初めてみたんだけど……ねぇ、何があったの」
慄くような声が聞こえてきた。瑞希と結衣が目を見張っている。春都のことを考えるのに夢中になってすっかり2人のことを忘れていた。なんの話をしていたんだっけ。
「あぁ、ノアとのデートね。仕事の話は盛り上がったけど、2人が期待してるようなことはなかったよ。恋愛相手としては微妙、っていうかちょっとないなって思っちゃった」
「いやいやいやいや」
「さっきと顔違いすぎだから玲奈!!待って、何があったの!?」
「はぁ?」
「一瞬どう見ても恋する女の顔してたから!」
「そうそう!ノア君じゃないとしたら誰なのよ!?」
目を瞬かせて少し考える。2人にはこれまでも何かと世話になっているし、これからも色々と相談したい。なにせ私は恋愛初心者だ。相手が春都だとバレなければ問題ないかなと判断して、週末のことを少しだけ話すことにした。
「実は昔好きだった人と再会して良い雰囲気になったの。付き合うことにした、みたいな」
明確に付き合って欲しいと言われた訳ではないが「俺との未来を考えて欲しい」と言われたし、この説明で合っているだろう。というか、結婚して欲しいっていきなり言われたアレは何だったんだろう。今更ながら思い出して気になってきた。
そんなことを1人で考えていると「きゃ————!!!」という2人の黄色い悲鳴が上がった。ランチセットを運んできてくれた店員さんがびっくりした顔でこちらを見ている。どうにか2人を宥めて、店員さんに愛想笑いを返した。ノアとの話の比ではないくらい話題に食いつかれて、質問攻めに遭いながら食事をする羽目になってしまった。
初恋の人と偶然再会して、そのまま彼の家で一緒に週末を過ごしたという話をする。具体的な話をするのは避けたが、色々察されてしまったようで2人の舐めまわすような視線が恥ずかしい。
「今朝の件で疲れてる割になんか肌艶いいなって思ってたけどそういうことだったのね……あらあら、良かったわねぇ」
「おまけにそんな首元まで隠れるブラウス着ちゃって。いかにも愛されてますって感じじゃん。それで相手は?」
「……同じ大学出身の先輩。他の会社の人だよ」
熱くなってきた顔を手で扇ぎながらそう答えた。決して嘘ではない。
「めっちゃ気になるんだけど。写真とかないの?」
「ないよ……って、そういえば連絡先聞くの忘れてた」
写真があったとしても絶対に見せる訳にはいかない。週末はほとんどスマホを触ることもなく、誰にも邪魔されず2人っきりで過ごしていたのでそもそも写真を撮っていない。そんなことを考えていると連絡先すら交換していないことに気がついた。今は同じ会社にいるし、彼の家も知っているのでその気になればいつでも会えるが、このままだと何かと不便だ。後でさりげなく聞きに行こう。そう思いながら食後の暖かいお茶を飲んでいると、眉を顰めた結衣に問いかけられた。
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