色香滴る外資系エリートに甘く溶かされて

ながみ

2-5. 遠い夏の夜の記憶

「……リリちゃん、なんか緊張してる?」

「っ、あ…いえ……」

 目を泳がせながらお酒に口をつける。いつもより遅めの時間帯にやってきた加賀谷さんは今日も今日とて美しい。その顔を見る度に女子会の内容を思い出してしまって、顔が赤くなる。

 エッチすんごい激しそう。絶倫な予感がする。めちゃくちゃ濃厚そう。

 柳さんと絵梨花さんのあの発言が頭の中でぐるぐる回って、耐えられなくなってきた私は勢いよくお酒を煽る。

「わっ、リリちゃん!結構飲めるタイプだって知ってるけど一気に飲むのは良くないよ!しかもそれ、かなり濃いめに作ってたよね!?」

 加賀谷さんが私のグラスを取り上げる。心配そうなその顔に申し訳なくなって、ほんの少しだけ理由を打ち明けることにした。

「実は今日、営業前に加賀谷さんの話になって。すっごい格好良いお客様だよねとか仲良さそうだねって他のお姉さんたちに揶揄われちゃったせいで、なんというか変に意識してしまって…そのうち落ち着くと思うんですけど、すみません」

 加賀谷さんは目を丸くする。彼の美しい顔がじわじわと赤くなっていった。

「えっと、そうなんだ。へぇ……」

 それからしばらく無言でお酒を飲む。2人とも顔が真っ赤で、ちょっぴり気まずい。

「……今日はいつもよりかわいい雰囲気だね」

「……ありがとうございます」

 今日はお店のドレスを借りている。柔らかな薄桃色のドレスは、普段の自分なら選ぶことのない色合いだ。

「あまり身につけることのない色のドレスなので心配だったんですけど、変じゃないですか?」

「うん、ちゃんと似合ってるよ。緑のアクセサリーも素敵だね」

 自分の耳を指さしながら加賀谷さんがそう言った。イヤリングのことを言っているらしい。

「ありがとうございます。これはこの前偶然見つけて、一目惚れして買っちゃったんです」

 薄緑の石と控えめな色合いの金の装飾が施されたイヤリングを加賀谷さんに見せる。青や水色と銀が組み合わせられた服飾品を好んで購入することが多いが、淡いゴールドと綺麗に光を反射するライトグリーンの宝石に惹かれてつい買ってしまった。高給取りの加賀谷さんにとってはそうでもないだろうが、私としては結構お高い買い物だった。

「そうなんだ。リリちゃんはシルバーのものを好んでる印象があったから珍しいなと思って。あとブルーも好きだよね?」

「正解です。これは珍しく気に入ったんですよ」

 そう言うと加賀谷さんが私の耳にそっと触れた。その指先に触れられた部分がじんわりと熱くなる。

「俺もどちらかというとブルーの方が好きだけど、このイヤリングはとても良く似合ってるよ」

「っ、加賀谷さんにそう言ってもらえて嬉しいです」

 同じ指先で今度は右手に触れられる。どうやらネイルを見ているようだ。

「こっちも綺麗。色合いはさりげないけどいつも手入れされてて、リリちゃんの性格が出るね」

「爪が割れやすいのでケアには気をつけてて……でも、自分では上手にできないので定期的にサロンでやってもらってます」

 男の人にこうして指摘されるのは初めてだ。ピンクベージュのポリッシュをグラデーションになるように塗ってもらっているので、艶はあるものの目を引く様なデザインではない。メンテナンスが楽なので私は気に入っているが、こうして褒められるとは思っていなかった。意外だと言う顔で加賀谷さんを見つめると、得意げな顔で返事が返ってきた。

「姉が3人もいるからね。女性のファッションをちゃんと褒めるよう躾けられてるんだ」

「ふふ、躾けられてるって」

「文字通りさ。最近はみんな少し落ち着いたけど、恐ろしい姉たちでね……日本に来てからはやり過ぎると気障になるからあんまりしないようにしてたんだけど、リリちゃんのことはつい褒めたくなっちゃうね」

 そう言って彼は悪戯っぽく笑うと、そのまま私の手の甲にキスを落とした。

「…………加賀谷さん、それは狡すぎます」

 驚きを通り越して、思わず平坦な声音でコメントしてしまった。少ししてからドッと心臓が騒がしくなって身体が脈打つ。

 自分からしておいた癖に加賀谷さんも動揺しているらしい。笑顔のままだが、首筋に薄っすらと汗が浮かんでいる。室内灯に照らされて僅かに煌めくその汗がやけに色っぽくて目を奪われた。

「ねぇ、リリちゃん」

 改まったような口調で名前を呼ばれた。

「来週は出張で、その後はまた榊原さんと接待で来る予定が入ってるから少し先になりそうなんだけど……今度また1人でくるから、その時はアフターしてもらってもいい?」

 それは、つまり営業後に2人で出掛けようということで————もしかしたら、そういうことになるかもしれなくて。

 今まで他のお客さんからもアフターに誘われたことはあったけど、みんなで食事に行こうというような感じの気楽なお誘いだった。それに、結局一度も行ったことはなかった。

 加賀谷さんの手が重ねられている右手はひどく熱くて、彼も緊張していることが伝わってきた。ふと、顔を上げると甘やかな眼差しが私を見つめていた。

「……はい、楽しみにしておきますね」

 直前まで断るつもりだったのに、何故かはにかんでそう言ってしまった私はどうしようもない。でも、その言葉を聞いて嬉しそうに笑う加賀谷さんを見て、そう答えて良かったと心から思ったのだった。



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