色香滴る外資系エリートに甘く溶かされて

ながみ

1-1. 突然の再会と求婚

「————ということで、本プロジェクトをリードさせていただくマネージャーの加賀谷と申します。こちらには半常駐のような形でお世話になりますので、皆様とは顔を会わせる機会も多くなるかと存じます。どうぞよろしくお願いいたします」

 敏腕コンサルタントらしい品の良い薄らとした笑みを浮かべる男————加賀谷かがや春都はるとの顔を見て、私は目を疑った。

 男性とは思えないほど白く透き通った肌に、くっきりとした二重の印象的な目元。端正な輪郭とスッと通った鼻梁。細めに整えられた眉と艶やかな黒髪。外資系企業に勤めているせいなのか、オフィス街で働くビジネスマンとしては随分華やかな髪型をしている。人目を引くほどに長身で、おまけにスタイルまで完璧。落ち着いた雰囲気なのに絶妙な色気を漂わせていて……まるでドラマの登場人物だ。美しいという言葉がよく似合うその男は、私の記憶が正しければ最近32歳の誕生日を迎えたはずだった。

 上質なネイビーのスーツに身を包むその姿は私の記憶の中の彼と重なる。抜群のルックスはあの頃とほとんど変わっていない。業界屈指の実力を誇るユニフィアコンサルティング、通称UNIで働いているのも当時と同じだ。遠い日の記憶がフラッシュバックして、私の心が揺さぶられる。

————彼は、私が初めてを捧げた相手だった。

 5年前、加賀谷とのほろ苦い思い出から逃避するように私は就活に打ち込んだ。そして、大手化粧品メーカーである瑠璃香るりかから内定を掴み取った。就活最難関と呼ばれるUNIには及ばないが、就活生人気の高い化粧品業界の有名企業だ。周囲は私を羨望の眼差しで見つめた。

 ただ、当の本人である私はというと複雑な気持ちでいっぱいだった。第1志望の会社に受かって嬉しい半面、私が内定を得られたのは失恋相手である加賀谷のおかげだったからだ。当時からコンサルタントとして才覚を発揮していた加賀谷は私に色んなことを教えてくれた。彼の視点から語られる知識や洞察はどんな就活セミナーより役に立ったし、何より彼のことを忘れるために私は就活にのめり込んだのだ。矛盾しているような気もするが、あの時は無理矢理何かに没頭していないとすぐに加賀谷のことを考えてしまって気が狂いそうだった。

 加賀谷と過ごしたあの夏から5年。大学を卒業した私は瑠璃香に就職し、今はマーケティング部で働いている。部署では今秋からシステムの刷新が予定されていて、この夏はそれに伴う業務整理が行われる予定だ。グローバルマーケティング部や海外支社の関連部門も巻き込んだ大規模な改革になる見込みらしい。そして、そのプロジェクトをUNIが主導することになったと聞いた時、加賀谷のことを思い出して一瞬ドキッとした。もっとも、UNIに所属する社員はうちの会社の比にならないくらい多い。だから、よりによって彼がこの案件に関わるなんて、奇跡でも起きない限りありえないだろうとすぐに思い直した。

 しかし、奇跡は起こってしまったらしい。関連部署の社員は原則全員参加するようにと上からお達しがあったこの会議を取り仕切っているのは見覚えのある美しい男。大人数の前で8月末までのスケジュールを説明しているそのコンサルタントは、私の知る彼とは雰囲気が随分違うが加賀谷————いや、加賀谷さんに違いなかった。未練がましくも未だに初恋を引き摺る私はその姿を目にしただけで身体に甘い痺れが走った。彼を見ていると当時の、あの一夜のことを思い出して涙が溢れそうになる。

「ねぇ、今回のPMすんごいイケメンじゃない?やばくない?」

「ね!イケメンっていうか美形だよね。うちのモデルやって欲しいくらい」

「わかる。Vanessヴァネスとかリラじゃなくて、香霞こうかの広告に出て欲しい」

「そうそう、男性だけどそういうイメージだよね。手に取るのを躊躇っちゃうような高級感、高嶺の花っぽさがある」

「ほんとそれ。ブランドカラーの背景に全身真っ白な服でリップ片手に決め顔してもらったらマジでいけそう」

「いいね、本気で打診したいんだけど。ねぇ、玲奈れいなはどう思う?」

 私のそんな気持ちなど露知らず、隣に座る椎名瑞希しいなみずき雨宮あまみや結衣ゆいは雑談を繰り広げている。2人は私と同期で入社当初からの仲だ。単にイケメンだと盛り上がるだけで終わらず、うちの会社の製品だったらどのブランドのどんな広告に出て欲しいかまで真剣に検討し始めた。そんな2人の様子が可笑しくて少しだけ気が楽になった。

「でも、他のメンバーの人たちも素敵だよ。UNIってお洒落な人、っていうか容姿の整った人が多いんだね」

 加賀谷さんから意識を逸らしたくて、他のメンバーを見ながらそんなことを言うと2人は力強く頷いた。

「ね。さすが就職難易度トップ企業…顔選があるんじゃないかって噂されてたけど、このメンツ見るとガチそうよね」

「ほんとに。いろんなタイプの美形がわんさかいてビビるんだけど」

「おまけに頭脳も超一流な訳でしょ?そんな人たちが揃ってるのかと思うとほんと恐ろしいわ」

 2人が話しているようにUNIは並のコンサルティング会社ではない。世界各地にグループ会社があるような、途轍もなく大きい多国籍企業だ。それに、就職最難関と呼ばれているのは単に人気があって入社しにくいというだけではない。UNIが求める高い水準の実力を持つ者以外はそもそも門前払いされてしまう。そんな選ばれしエリートしか入れない会社なのだ。

 海外支社も巻き込んだプロジェクトであるせいか、UNIから来ているメンバーにはハーフや外国籍の人が多い。確か、加賀谷さんも帰国子女で英語が堪能だったはずだ。日本語以外話せない私としては2、3ヶ国語話せるなんてそれだけで感動モノなのに、ハイレベルなコンサルティングスキルまで持っているだなんて彼らは異次元の存在だ。

 瑞希と結衣と3人でこそこそ雑談しているうちに会議は終わったらしい。周囲の人々がまばらに退席していくので、私も人波に身を紛れ込ませた。深く溜め息を吐きながらこれからのことを考える。

 正直、加賀谷さんのことは今でも相当引き摺っている。

 5年も前の、付き合っていた訳でもない相手のことを今でも忘れられないなんてどうかしている。しかも、彼と出会った当時の私は————ラウンジ嬢だった。思い出すと頭が痛くなる。友達に唆されて、夏休みの間だけ会員制高級ラウンジで働いていたのだ。結構な高級店だったおかげでトラブルに遭うようなことはなかったが、あのバイトのせいで加賀谷さんと出会ってしまった。

 今後、加賀谷さんが私の存在に気がついたとしたら物凄く気まずい。なにしろラウンジ嬢として働いていた時は名前も経歴もなにもかも偽っていたのだ。それに、彼との別れは……あまり良い形じゃなかった。あの朝のことを思い出して、無意識に唇を噛み締めてしまった。

 案外、かつてのことを覚えているのは私だけで、加賀谷さんは私のことなんてすっかり忘れているかもしれない。そう思うと胸の奥がズキズキと痛むような気がして、次第に頭が混乱してきた。私の存在に気づいて欲しいような、気づいて欲しくないような。そんな相容れない2つの感情が私の心を搔き乱していく。

 ダメだ、これ以上考えるのはやめよう。自席に戻っていつも通り仕事をしよう。心を落ち着けるためには目の前の仕事に没頭するしかない。そんなことを考えながら私は逃げるように会議室を後にしたのだった。



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コメント

  • ノベルバユーザー

    昔の恋人が現れて掻き乱されるストーリーはベタではありますが、やっぱり面白くて大好きです!
    文章も読みやすくて良かったです!

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