ヨーロッパの覇者が向かうは異なる世界

鈴木颯手

第9話「諜報戦」

神聖歴1222年9月2日 バルパディア 帝都クシフォン=セレケイア
 アルダシール城にて重要な会議が開かれている同時刻、神聖ヨーロッパ帝国情報局傘下の諜報機関である帝国諜報部の構成員数名が帝都に紛れ込んでいた。この国では一般的な中東系の人間に似た容姿に紛れやすい様に全員が中央アジア系の人間のみが派遣されている。

「……ここに居ると自分たちが本当に異世界に来たと実感してしまうな」
「全くだ」

 彼らは二人一組となってそれぞれアルファベットが振り分けられている。D組に振り分けられた二人の男性は大通りに面したカフェのような場所にいた。彼らの任務内容は表面的な国民の様子の観察であり、それに適した場所としてここで何気ない会話をしているように装いつつ周囲の観察を行っていた。

「見ろよ、あれはヒジャーブだろ?」
「それっぽいよな。だが女性でもつけてない人もいるし逆に男性が付けている場合もある。地球だったらムスリムたちが激怒しそうな光景だ」

 ここにおいてはファッション感覚と思われるヒジャーブ。地球においてはイスラム教の女性たちが身に着けている物だったが異世界らしく女性が絶対につけなければいけないという事ではなさそうだった。

「見た限りこの国は中東付近に似た雰囲気を持っているな。オスマン帝国を異世界風にアレンジしたという説明がしっくりくる」
「だが、魔導技術と言うものが普及しているせいで詳細は分かりづらいな……」

 魔導技術と言うこの世界で普及している技術。それらは科学技術とは根本的に違っている分野であるために科学技術を基に国力を把握する事が難しくなっていた。
 例えば、未だ神聖ヨーロッパ帝国側は把握できていないがバルパディアでは魔導技術を用いた医療が発達している。これは致命傷や出血多量でもない限り様々な傷を数分から数十分で完治させる事が出来る。他にも体内の病気、癌なども末期でもない限り完璧に治療できる代物であり、そこだけを見れば科学技術より勝っていると言える。
 しかし、エネルギー面で言えばガソリンを用いた車より、魔力と言う魔導技術における電気のようなものは消費量は半端ではなく、燃費が悪いと言わざるを得なかった。
 このように、魔導技術と科学技術は長所短所が大きく違っている為にどちらが優れている、劣っていると言い辛くさせていた。

「とにかく今は情報を集めるぞ。幸いなことに言語の壁はない。この世界は勝手に自動翻訳される様だからな」
「この辺は大陸が転移してくるのと関係あるのかもしれないな」

 二人はそんな話をしながらもここから得られる情報をしっかりと記録していき、バルパディアの国民を調べていく。こういった神聖ヨーロッパ帝国の諜報員たちは様々な箇所で情報収集を行っていき、バルパディアと言う国を丸裸にしていく事になる。





神聖歴1222年9月6日 神聖ヨーロッパ帝国 クレタ島
 神聖ヨーロッパ帝国の最南端に位置するこの島は地球において東地中海の港として発展してきた。地中海から紅海を通る交易路においてクレタ島は必ず訪れる中継地や出発地となっていた。
 それはこの異世界に転移してからも変わりはない。神聖ヨーロッパ帝国と国交を結んだデュニス王国がベルー王国との交易の際に丁度中間地点に位置するこの島を利用するようになっていた。その為、規模は縮小していてもその重要性は未だに変わっていない。
 加えて、神聖ヨーロッパ帝国はこの異世界に関する情報が入るまで鎖国状態になっており、南はクレタ島、西はリスボン、北はスバールバル諸島、東はシベリアに限定していた。それは現在も続ている為に神聖ヨーロッパ帝国の内部に入る事は出来ず、これらの島や都市から神聖ヨーロッパ帝国と言う国を理解する事しか出来ない状態にあった。

「これが、クレタ島か……」

 その為、バルパディアの諜報機関“フラワシ”の面々も一番近いクレタ島に入港していた。彼らは最近訪れるようになったベルー王国とアーシア公国の間にある中小国家群の商人として身分を偽っている。他にもスミーラム大陸南部に位置するメリア王国やそれ以外の国の商人としてクレタ島に潜伏している。

「重要な島とは言えここまで発展しているのか……」
「祖国でも中々お目にかかれない風景だな」

 クレタ島の最大都市であるイラクリオンはかつてオスマン帝国の支配下にあり、その影響でイスラム様式の建築物が多く存在している。クレタ島を統治する行政府が入っている建物も元はオスマン帝国の統治機構の建物をリフォームしたものだ。そんなヨーロッパとイスラムが混在する都市の風景はバルパディアの面々にとって珍しいものだった。属国を認めず、自国に編入する彼らは侵略した先の文化や伝統を尊重する事はない。それゆえにバルパディアの侵略で廃れてしまった文化や伝統は数多く存在する。

「気を付けろよ。この国を見る限り本当に侮って良い相手ではない。少しでもこの国の情報を集めて本国に送るんだ」

 代表を務める男の言葉に6人の部下は頷くと入港に際して行われる手続きを淡々と済ませていく。しかし、そんな彼らを監視する存在にはついぞ気付く事はなかった。

 数日後、彼らはクレタ島から、いやこの世界から姿を消した。

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