ヨーロッパの覇者が向かうは異なる世界

鈴木颯手

第8話「ダルクルス大陸の覇王バルパディア」

神聖歴1222年9月2日 バルパディア 帝都クシフォン=セレケイア
 バルパディアの丁度中間地点に位置するこの帝都はまさにバルパディアと言う大国を象徴する都市に相応しい規模を誇っている。都市部だけで十数万人、郊外まで合わせれば数十万人が居住しており、現在も周辺から人が集まるために帝都の拡張が続けられている。
 そんなクシフォン=セレケイアの中心に聳え立つのがこの国を統治するバルパディアの皇帝を始めとした皇族が住まうアルダシール城である。三重の防壁とその手前に流れる人口の水堀によって守られた鉄壁と言える城であり、更に城壁には無数の大砲用の穴が設けられ大火力を敵に放つことが出来るように設計されていた。
 そんな城の一室では国家方針会議と呼ばれる今後この国の歩みを決める重要な会議が開催されていた。本来、この会議に参加するのは諸王の王シャーの称号を持つ皇帝と政治・軍事に関りを持つ皇族、それぞれの分野の代表数名のみであったが今回は違った。先に挙げた人物の他に各地を統治する総督若しくはその代理人、外交管理局と呼ばれる国外勢力を対応する者達まで集められていた。

「諸君。よく集まってくれた。早速だが会議を始めよう」

 諸王の王シャークレスクレス1世の言葉によって会議が始まった。これまでの会議では国内の開発や資源の確保、対外政策や軍事行動が主に話し合われてきたが今回は少し違っていた。それは外交管理局の人間が真っ先に話を始めた事からも分かるだろう。

「外交管理局のアラバタスです。先ずは昨年より旧式装備の貸与を行っていたアーシア公国が滅亡しました」

 その言葉にざわめきが起こる。これまでの外交方針を覆すかの如き動きを見せたアーシア公国への武器貸与。ただでさえそれ自体のインパクトがデカかったうえにその国が滅亡した。何かの冗談かと思えてしまう内容だった。

「これを行ったのは神聖ヨーロッパ帝国と言う国家です。……新興国とは思えない軍事力と彼の国の本土の位置関係から、転移国家である可能性が高いです」
「神聖ヨーロッパ帝国……。ああ、それなら聞いた事があります」

 国名を聞いて反応した人物が一人いた。ダルクルス大陸の西、スミーラム大陸領を管理するケルアセス総督である。30代後半と言う若造ではあったがこの場の誰にも劣らない能力を有している人物である。

「隣のメリア王国が神聖ヨーロッパ帝国と言う国と接触したという報告がありました。その時は大砂漠を自国に編入したと通達しただけだったらしく、それ以上の話は聞こえてきておりませんでした」
「大砂漠? あの不毛な土地を手に入れて一体何をしたいのだ?」
「だがあそこには燃える黒水が確認されている。それを用いて兵器でも作るつもりではないか?」

 鉄などの鉱物資源ならともかく、魔導技術による発展を行ってきたバルパディアにとって石油の価値は理解できなかった。もし、この国が科学技術国家であったのなら神聖ヨーロッパ帝国が自国領に編入するずっと以前から自国領として編入していただろう。

「話を戻します。アーシア公国の大公がこちらに亡命をしてきており、詳しい詳細を聞いた結果、敵は最低でも10万の兵力をゆうしている事が判明しました」
「10万……。それだけでは分かりづらいな。我が国とてそのくらいは普通に動員できる」
「だが最低でも10万の軍勢を展開できるという事実が分かっただけでもいいのではないか?」
「その通りであろう」

 ざわつく中で一人の老人が立ち上がる。バルパディア海軍の全指揮権を持つキリナムスである。

「10万と言う兵に誰もが注視しているが問題はそこではない。敵は10万の兵力を同時に運べるだけの揚陸艦を持っているという事だ。我が国の海軍でもそれは難しい。精々一度に5万が限度だ」
「つまり敵の海上輸送能力は我々の二倍はあると?」
「我らは典型的な陸軍国家であるために一概には言えないが少なくとも海軍戦力は神聖ヨーロッパ帝国が上回っている可能性が高い」

 もし、神聖ヨーロッパ帝国と戦争となれば制海権の喪失は覚悟しなければならない。どうなればスミーラム大陸領は孤立し、沿岸部は敵の上陸や攻撃に怯え続ける事となるだろう。陸軍でも負けるとは思えないが少なくとも沿岸部の被害は大きく、これまでのような海上貿易は不可能となる。その場合の経済損失を考えれば神聖ヨーロッパ帝国を脅威と認識させるには充分だった。

「……今は彼の国の情報を得るべきだ。我らは彼の国の事を何も知らない。敵対するも手を取るのも情報を得てからだ。諸君、それまでは神聖ヨーロッパ帝国との偶発的衝突も避けるように。情報を得るまでは敵は我らより強大だと思って行動せよ」

 敵が強大と言う認識を持つにはバルパディアと言う国は一強状態を長く続かせ過ぎたがそれでもこの場の人間はそれが出来る優秀な人物が揃っている。誰もが真剣な表情でクレスクレス1世に臣下の礼を摂り了承した事を示す。
 その様子に満足げに頷いたクレスクレス1世は次の議題へと話を移り会議を続けていくのだった。

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