もう一度、重なる手
深愛〈2〉
カフェを出たあと、私とアツくんは二宮さんとまたゆっくりと食事をする約束をして別れた。
「行こう、フミ」
ホテルの最寄りの駅へと歩いていく二宮さんに手を振ると、アツくんがエントランス前のタクシー乗り場のほうに私を引っ張っていく。
カフェを出る前に繋がれた手は、そのあとも離れることなく重なったまま。私をつれて早足で歩くアツくんは、なんだか少し焦っているみたいだった。
「帰りはタクシーにするの?」
「そのほうが早いから」
特に急ぎの用があるわけでもないはずなのに。アツくんが私の手を繋いだまま、乗り場に停車していたタクシーに乗り込む。
アツくんが少し早口で自宅の住所を告げると、タクシーはすぐに発進した。三十分ほどでアツくんのマンションに到着すると、彼が強い力でグイグイと私を引っ張っていく。
「アツくん、どうしたの……?」
部屋の前でアツくんの背中に訊ねると、玄関のドアを開けた彼が私を中に引き摺り込んで、普段より少し荒っぽく腕のなかに閉じ込める。狭い玄関で突然にぎゅーっと力任せに抱きしめられて、驚くと同時に戸惑った。
「あの、アツくん……?」
冷静さを欠いてなんだか余裕のなさそうなアツくんの背中に、気安く腕を回していいものかどうかわからない。アツくんの腕のなかで棒立ちで固まっていると、彼が私の肩口に額を押し付けてきた。
「お母さんがカフェに来てから、フミ、ずっと心許なさそうな顔してたね」
「そう、なのかな……」
「うん。お母さんの隣で困った顔をしてるフミを見てたら堪らなくて。早くあの場から連れ去って、一秒でも早く抱きしめたくて仕方なかった」
カフェを出てからの余裕のなさは、そのせいだったのだろうか。
アツくんの腕が、私の身体をまたぎゅーっときつく締め付けてきて。胸が、息が、苦しくなる。
「あのとき父さんが怒らなかったら、俺がフミのお母さんにキレてたと思う。父さんみたいに冷静にじゃなくて、もっとめちゃくちゃに」
「アツくん……」
アツくんが私の肩に額を押し付けたまま、深いため息を吐く。
アツくんはそう言うけれど、二宮さんが怒らなかったら、私だってきっとあの場で母にキレていた。冷静にじゃなくて、めちゃくちゃに。
私たちが立ち去ったあと、カフェにひとりで残された母はどうしただろう。
普段は温厚で優しい二宮さんが口にした厳しい言葉。それを受け止めて、何か思うことはあっただろうか。それとも、開き直ってこれからも変わらず奔放な生活を続けていくのだろうか。私が母の味方をしなかったことを、どう思っているだろうか。
黙って考えていると、アツくんが私を抱きしめる腕の力を緩めて顔をあげる。
「フミは、お母さんの手をとらなかったことを後悔してる?」
アツくんが、少し不安そうな目をして訊ねてくる。それに対して、私は迷うことなく首を横に振った。
母のことを想うとほんの少しだけ胸が痛むような気がするけれど、アツくんの手をとったことに後悔はない。
アツくんの胸に頬をくっつけて、その背中に腕を回す。甘えるように抱き着くと、アツくんが私の頭の後ろに手を置いて優しく撫でてくれた。しばらくそうして私の髪を撫でたあと、アツくんが私の頬に手を置いて顔をあげさせる。
「十四年前に離れてから、ずっと後悔してたんだ。どうしてあのときに無理矢理にでもフミの手をつかまえて連れて行かなかったんだろうって何度も何度も自分を責めた。でも——」
手のひらで私の両頬を包んだアツくんが、おもむろに顔を近付けてくる。
「もう絶対に離さない」
鼻先が触れ合う距離で甘く痺れるような低い声でささやかれて、ドキリとする。アツくんの熱のこもった眼差しに小さく身体を震わせた瞬間、噛み付くみたいに唇を塞がれた。
最初から深いキスをされ、舌を絡めとられて、徐々に身体が熱を帯びていく。
玄関先できつく抱きしめ合いながら何度もキスを交わしたあと、アツくんに正面から抱き抱えられるようにして靴を脱いで部屋にあがった。
けれどベッドのあるロフトまでは行きつけるはずもなく、私の身体はリビングのソファーに背中から下ろされる。顔のそばに置いた手に、アツくんが手のひらを重ねて指を絡めて繋いだ。
「フミ……」
愛おしそうに私を呼んで、アツくんが覆い重なるようにキスをしてくる。繋がれた手をぎゅっと握り締めると、私は彼の唇の熱を受け止めながらゆっくりと目を閉じた。
「行こう、フミ」
ホテルの最寄りの駅へと歩いていく二宮さんに手を振ると、アツくんがエントランス前のタクシー乗り場のほうに私を引っ張っていく。
カフェを出る前に繋がれた手は、そのあとも離れることなく重なったまま。私をつれて早足で歩くアツくんは、なんだか少し焦っているみたいだった。
「帰りはタクシーにするの?」
「そのほうが早いから」
特に急ぎの用があるわけでもないはずなのに。アツくんが私の手を繋いだまま、乗り場に停車していたタクシーに乗り込む。
アツくんが少し早口で自宅の住所を告げると、タクシーはすぐに発進した。三十分ほどでアツくんのマンションに到着すると、彼が強い力でグイグイと私を引っ張っていく。
「アツくん、どうしたの……?」
部屋の前でアツくんの背中に訊ねると、玄関のドアを開けた彼が私を中に引き摺り込んで、普段より少し荒っぽく腕のなかに閉じ込める。狭い玄関で突然にぎゅーっと力任せに抱きしめられて、驚くと同時に戸惑った。
「あの、アツくん……?」
冷静さを欠いてなんだか余裕のなさそうなアツくんの背中に、気安く腕を回していいものかどうかわからない。アツくんの腕のなかで棒立ちで固まっていると、彼が私の肩口に額を押し付けてきた。
「お母さんがカフェに来てから、フミ、ずっと心許なさそうな顔してたね」
「そう、なのかな……」
「うん。お母さんの隣で困った顔をしてるフミを見てたら堪らなくて。早くあの場から連れ去って、一秒でも早く抱きしめたくて仕方なかった」
カフェを出てからの余裕のなさは、そのせいだったのだろうか。
アツくんの腕が、私の身体をまたぎゅーっときつく締め付けてきて。胸が、息が、苦しくなる。
「あのとき父さんが怒らなかったら、俺がフミのお母さんにキレてたと思う。父さんみたいに冷静にじゃなくて、もっとめちゃくちゃに」
「アツくん……」
アツくんが私の肩に額を押し付けたまま、深いため息を吐く。
アツくんはそう言うけれど、二宮さんが怒らなかったら、私だってきっとあの場で母にキレていた。冷静にじゃなくて、めちゃくちゃに。
私たちが立ち去ったあと、カフェにひとりで残された母はどうしただろう。
普段は温厚で優しい二宮さんが口にした厳しい言葉。それを受け止めて、何か思うことはあっただろうか。それとも、開き直ってこれからも変わらず奔放な生活を続けていくのだろうか。私が母の味方をしなかったことを、どう思っているだろうか。
黙って考えていると、アツくんが私を抱きしめる腕の力を緩めて顔をあげる。
「フミは、お母さんの手をとらなかったことを後悔してる?」
アツくんが、少し不安そうな目をして訊ねてくる。それに対して、私は迷うことなく首を横に振った。
母のことを想うとほんの少しだけ胸が痛むような気がするけれど、アツくんの手をとったことに後悔はない。
アツくんの胸に頬をくっつけて、その背中に腕を回す。甘えるように抱き着くと、アツくんが私の頭の後ろに手を置いて優しく撫でてくれた。しばらくそうして私の髪を撫でたあと、アツくんが私の頬に手を置いて顔をあげさせる。
「十四年前に離れてから、ずっと後悔してたんだ。どうしてあのときに無理矢理にでもフミの手をつかまえて連れて行かなかったんだろうって何度も何度も自分を責めた。でも——」
手のひらで私の両頬を包んだアツくんが、おもむろに顔を近付けてくる。
「もう絶対に離さない」
鼻先が触れ合う距離で甘く痺れるような低い声でささやかれて、ドキリとする。アツくんの熱のこもった眼差しに小さく身体を震わせた瞬間、噛み付くみたいに唇を塞がれた。
最初から深いキスをされ、舌を絡めとられて、徐々に身体が熱を帯びていく。
玄関先できつく抱きしめ合いながら何度もキスを交わしたあと、アツくんに正面から抱き抱えられるようにして靴を脱いで部屋にあがった。
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