もう一度、重なる手
予兆〈1〉
翔吾くんをアツくんに紹介することになったのは、電話をしてから二週間後の日曜日だった。
待ち合わせの場所と時間は、都内のホテルのロビーラウンジに15時で。週末の昼間はアフタヌーンティーに訪れる女性客で混み合うという人気のラウンジの席を、アツくんが事前に予約してくれた。
最初は別の場所でランチをする予定だったのだが、約束の三日前に母から「日曜日の朝に来てほしい」と呼び出されて、急遽予定を変更してもらったのだ。
バイクとの接触事故から二週間以上が過ぎてケガは順調に回復しているはずなのだが、母は週末が近づくと、「あれがない」「これができない」と私に連絡を寄越してくるる。
日曜日の午前中。待ち合わせの前に母の家に顔を出した私は、山本さんに関する愚痴を散々に聞かされた。
母の話によると、事故の後から同棲している恋人の山本さんの仕事が急に忙しくなり、帰宅時間が遅くなったり、週末に出張が入るようになったそうだ。
だから、私がもっと母を手伝いに来ないと家事が回らなくて困るらしい。
実際に、一週間前の土曜日に掃除したはずの母の家には衣類やゴミが散らかって、キッチンのシンクには数日分の洗い物が溜まっていた。
だが、脱ぎ散らかされた衣類は母のものばかり。シンクに置かれた食器類も毎回一と組しか使われた気配がなく、一緒に住んでいるはずの山本さんの影がまるで感じられない。
「もしかして今週、山本さん、一度も帰ってきてない?」
「帰ってきたわよ。月曜日は。でも、週末まで出張があるとかで、大きめの荷物を持って出かけて行ったのよ」
「そう……」
家の中に落ちた衣類を拾い、洗い物を片付けながら、私はなんとなく嫌な感じがした。
これまでの経験からすると、同棲していた母の恋人が仕事の忙しさを理由に家に寄り付かなくなるときはたいてい……。
「あ、そうだ。史花。廊下の電球がひとつ切れてるの。月曜日に彼に話したんだけど、取り替えずにそのまま出かけちゃって……。この手では難しいから、替えといてくれない?」
食卓の椅子にだらしなくもたれて座った母が、スマホを触りながら私に声をかけてくる。
化粧をしていないときの母の顔は、ここ数年でかなり老けたように見える。若いときの母はそれなりに綺麗だったからすぐに恋人だってできたのだろうけど、もしこの先山本さんと別れたらどうするつもりなのだろう。
何年も恋人に頼って、続かないアルバイトを転々としてきた母が、ひとりで生活をしていけるとは到底思えない。
もし山本さんに捨てられたら……。母は私に縋ってくるようになるのだろうか。
考えたら憂鬱になるし、そんなこと考えたくもない。
どうか、今日母の家の現状を見て感じた予感が杞憂であるように。そう願いながら、部屋の片付けを済ませて廊下の電球を替える。
母に頼まれた全ての用事を済ませた頃には、時刻は13時半を回っていた。
「ごめん、もう行く」
「なに? 午後から用事でもあったの?」
「ちょっと……」
適当に濁して出ようとしたら、母が上から下まで私の全身をじろじろと見てきた。
「そういえば、うちに家事をしに来たにしては他所行きの格好してるわね。男の子とでも会うの?」
「そういうわけじゃ……」
「ふーん。まあ、付き合う相手はよく選びなさいよ。史花はおっとりしてて騙されやすそうだから。しっかりした会社で働いてて安定した収入があるか、ちゃんと見極めないと」
やや上から目線で諭してくる母に、私は心の中でため息を吐いた。
付き合う相手を選べなんて……。母にだけは言われたくない。だけど、ムダな争いはしたくないから「わかった」とだけ短く答えて家を出た。
待ち合わせの場所と時間は、都内のホテルのロビーラウンジに15時で。週末の昼間はアフタヌーンティーに訪れる女性客で混み合うという人気のラウンジの席を、アツくんが事前に予約してくれた。
最初は別の場所でランチをする予定だったのだが、約束の三日前に母から「日曜日の朝に来てほしい」と呼び出されて、急遽予定を変更してもらったのだ。
バイクとの接触事故から二週間以上が過ぎてケガは順調に回復しているはずなのだが、母は週末が近づくと、「あれがない」「これができない」と私に連絡を寄越してくるる。
日曜日の午前中。待ち合わせの前に母の家に顔を出した私は、山本さんに関する愚痴を散々に聞かされた。
母の話によると、事故の後から同棲している恋人の山本さんの仕事が急に忙しくなり、帰宅時間が遅くなったり、週末に出張が入るようになったそうだ。
だから、私がもっと母を手伝いに来ないと家事が回らなくて困るらしい。
実際に、一週間前の土曜日に掃除したはずの母の家には衣類やゴミが散らかって、キッチンのシンクには数日分の洗い物が溜まっていた。
だが、脱ぎ散らかされた衣類は母のものばかり。シンクに置かれた食器類も毎回一と組しか使われた気配がなく、一緒に住んでいるはずの山本さんの影がまるで感じられない。
「もしかして今週、山本さん、一度も帰ってきてない?」
「帰ってきたわよ。月曜日は。でも、週末まで出張があるとかで、大きめの荷物を持って出かけて行ったのよ」
「そう……」
家の中に落ちた衣類を拾い、洗い物を片付けながら、私はなんとなく嫌な感じがした。
これまでの経験からすると、同棲していた母の恋人が仕事の忙しさを理由に家に寄り付かなくなるときはたいてい……。
「あ、そうだ。史花。廊下の電球がひとつ切れてるの。月曜日に彼に話したんだけど、取り替えずにそのまま出かけちゃって……。この手では難しいから、替えといてくれない?」
食卓の椅子にだらしなくもたれて座った母が、スマホを触りながら私に声をかけてくる。
化粧をしていないときの母の顔は、ここ数年でかなり老けたように見える。若いときの母はそれなりに綺麗だったからすぐに恋人だってできたのだろうけど、もしこの先山本さんと別れたらどうするつもりなのだろう。
何年も恋人に頼って、続かないアルバイトを転々としてきた母が、ひとりで生活をしていけるとは到底思えない。
もし山本さんに捨てられたら……。母は私に縋ってくるようになるのだろうか。
考えたら憂鬱になるし、そんなこと考えたくもない。
どうか、今日母の家の現状を見て感じた予感が杞憂であるように。そう願いながら、部屋の片付けを済ませて廊下の電球を替える。
母に頼まれた全ての用事を済ませた頃には、時刻は13時半を回っていた。
「ごめん、もう行く」
「なに? 午後から用事でもあったの?」
「ちょっと……」
適当に濁して出ようとしたら、母が上から下まで私の全身をじろじろと見てきた。
「そういえば、うちに家事をしに来たにしては他所行きの格好してるわね。男の子とでも会うの?」
「そういうわけじゃ……」
「ふーん。まあ、付き合う相手はよく選びなさいよ。史花はおっとりしてて騙されやすそうだから。しっかりした会社で働いてて安定した収入があるか、ちゃんと見極めないと」
やや上から目線で諭してくる母に、私は心の中でため息を吐いた。
付き合う相手を選べなんて……。母にだけは言われたくない。だけど、ムダな争いはしたくないから「わかった」とだけ短く答えて家を出た。
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