【コミカライズ配信中!】社長、この偽婚約はいつまで有効ですか?(原題:花束と婚約指輪)
Promise. Ⅵ〈1〉
ゲストハウスの入り口で待っていると、タローさんの運転する白の高級車が私の前で停止した。
「乗って」
笑顔のタローさんに促されて、これまで、迎え入れるか見送るかだった白い高級車の助手席にそわそわと乗り込む。
黒の革張りのシートにどれくらい腰を沈めて良いものか測りかねているうちに「出すね」とタローさんが車を発進させた。
「ハナちゃん、何か食べたいものある?」
「え、っと……、タローさんにお任せします」
「そう? じゃぁ、食べられないものはある?」
「いえ、好き嫌いはありません」
そこは躊躇いなく答えたら、何故かタローさんにクスクスと笑われた。
「何かおかしかったですか?」
「いや、別に。好き嫌いないのはいいことだなーって」
「そうですか……」
なんだか腑に落ちない顔をする私を横目に見ながら、タローさんがまたクスクスと笑う。
「もし行き先を任せてくれるなら、この近くにある友人の弟がやってる店がおすすめなんだけど、どうかな?」
「はい、私はどこでも……」
そう言いかけて、ふと自分が仕事用の黒のスーツを着ていることに気が付いた。スーツを着ていれば、ドレスコードの店でも問題はないと思うけど……、あまりにも仕事仕様の格好では逆に浮いてしまうだろうか。
「その店はパスタとかピザとかイタリアンがメインなんだけど、堅苦しい雰囲気の店ではないよ。カジュアルな私服で来るお客さんもいっぱいいるし、今日の俺たちみたいに仕事帰りにスーツでごはんを食べに来る人もいるから、心配しないで」
視線を落として口籠った私の心配事に気付いたらしいタローさんが、すぐに笑顔でフォローしてくれる。その気遣いのさりげなさが、私の心をくすぐった。
タローさんの友人の弟さんがやっているというお店は、新しくオープンしたゲストハウスから車で十五分ほどの場所にあった。
パーキングに車を止めたあとにタローさんに連れて行かれたのは、ヨーロッパ風の外観をした見た目の可愛い店だった。入り口の横には木製の小さなテラスがあって、そこには白のパラソル付きのテーブル席がふたつある。ドアの横に置かれた木製の立て看板には、おすすめの料理やお酒のメニューが白のチョークで手書きしてあった。
私を誘導するように前に立ったタローさんが店のドアを開けると、細めの短い廊下の先にバーカウンターが見える。
店のフロアには、ソファー席やタイプの違う木製の椅子など、ひとつひとつ異なったデザインのテーブル席がいくつか並べてあって。バラバラで一見統一感のなさそうな家具の配置が、店の雰囲気を上手にお洒落に見せていた。人気店なのか、カップルや女子会らしいグループ客も多く、フロアはほとんど満席だった。
「人気のお店なんですね。急に来て、大丈夫でしたか?」
「うん、いつ来てもこんな感じなんだよね。でも、ここに来る前に二人用のテーブル席を空けといてもらうように連絡してるから大丈夫だと思う」
タローさんが店のフロアに視線を向けると、入り口に近いテーブル席で接客をしていた背の高い男性スタッフが私たちに気が付いて歩み寄ってきた。
「蒼大郎さん、こんばんは。お待ちしてました」
黒の制服を着た長身の彼が、タローさんに軽く会釈する。
「急にごめんね。席を空けてくれてありがとう」
「いえ。今日は割と余裕があったので」
タローさんと親しげに話す彼が、どうやらタローさんの友達の弟さんらしい。少し吊り目気味のその顔に見覚えがあるような気がして見ていると、彼のほうも私のことをジッと見てきた。
悪気はないんだろうけど、こちらを睨んでいるように見える彼の目付きが少し怖い。
ジロジロ観察したから気を悪くしたのかも。タローさんの知り合いなのに、どうしよう……。
ドギマギしながら視線を下げると、彼がぺこりと軽く会釈してきた。
「花屋の人ですよね? 結婚式のブーケ作ってくれた。蒼大郎さんの知り合いだったんですね」
気を悪くしていたわけではなく、彼のほうにも私の顔に見覚えがあったらしい。「花屋の人」と言われたってことはやっぱりお客様だったんだ。今まで担当した花嫁様の旦那様か、ご家族の方か──。
考えていると、タローさんが私達の顔を交互に見て、彼のほうに話しかけた。
「そっか。ホタルもハナちゃんと面識があったんだ?」
「あぁ、はい。一回だけ、嫁に連れられて打ち合わせに行ったことがあるので。その節はお世話になりました」
タローさんに親し気に「ホタル」と呼ばれている吊り目の彼に頭を下げられて、ようやく私もハッとした。
「梨木様……!」
吊り目の長身の彼は、私がブーケの取り違えるというミスを犯してしまったときのお客様だった。
「いえ、こちらこそ。その節はご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした!」
慌てて頭を下げると、梨木様が手を振りながら僅かに口角を引き上げた。
「いえ。取り違えがあったって聞かされて、花屋の店長さんにも謝罪されたんですけど、式の流れには全く問題なかったんで」
「それでも、申し訳ありませんでした」
「いや、全然大丈夫ですよ。うちの嫁も、綺麗なブーケを作ってもらったって式の後もすげー喜んでたんで。こちらこそ、どうもありがとうございます」
「そう言っていただけてよかったです」
奥さんのことを話すときに軽く目を細めるようにして笑った梨木様を見て、打ち合わせのときに彼の横で終始にこにこしていた可愛い花嫁様のことを思い出した。
きっと、結婚後も幸せな生活を送られているんだろうなと思うと、微笑ましい気持ちになる。
こんなカタチでお会いできるとは思ってもみなかったし、今さらかもしれないけれど、直接謝罪をすることができてよかった。
ほっとしていると、レジ横のカウンターからメニューを取った梨木様が、私とタローさんの顔を見てニヤリと口角を引き上げた。
「で、蒼大郎さんは今夜は花屋さんとデートですか?」
「いえ……」
「うん、そんな感じかな」
揶揄うような梨木様の質問を否定しようとしたら、タローさんが私の言葉を遮ってさらりと肯定するから、ドキッとした。
え、これ、デートなの……!?
目を見開いてタローさんを見上げると、彼は平然とした顔で梨木様と会話を続けていた。
「へぇー。だったら、何かサービスしますね。こちらへどーぞ」
「ありがとう」
前に進み出た梨木様がフロア内へと私たちを誘導する。
「行こう、ハナちゃん」
振り向いたタローさんの手が、エスコートするように私の肩に触れた。
これが、デートなら……。意識すればするほど緊張してしまって、タローさんに触れられた肩を中心に身体がじわじわと火照っていく。私は手足をカチコチに緊張させながら、タローさんについて歩いた。
私たちが案内されたのは、バーカウンターから近い二人用のテーブル席だった。そこに座ってメニューを見ていると、店の女性スタッフが「店長からのサービスです」と、前菜のチーズ盛りを運んできてくれた。
私たちを案内してくれたあと、梨木様はバーカウンターに入って接客をしていて、忙しそうだ。
「ここの店長さんって梨木様だったんですね。知ってたなら、先に教えておいてくれたらよかったのに……。何も知らずに平然と店に来てしまって、失礼じゃなかったですか?」
「ごめんね。近くで美味しい店っていうと、ここしか思い付かなかったんだよね。それにハナちゃんと面識があるのは、ホタルの奥さんだけなのかと思ってたから」
タローさんがそう言って苦笑する。
「あのときは俺もつい感情的になってしまったけど、結果的に式の進行には問題なかったし。ハナちゃんが作ったブーケはホタルの奥さんのイメージに合っててよかったよ」
「そう、ですか……」
タローさんに微笑みかけられて、自然と頬が熱くなる。タローさんが私のブーケを褒めてくれると、まるで自分自身が褒められたみたいな気がしていつも嬉しくて恥ずかしい。
「それより、ハナちゃん何食べたい?」
俯いていると、タローさんがメニューを私のほうに寄せてきた。
「タローさんは、このお店によく来られてるんですよね」
「うん、そうだね」
「だったら、今日はタローさんのおすすめを選んでください。この前は、私がおすすめしたので」
「あー、そうか。あのときハナちゃんが薦めてくれたナポリタンもおいしかったよね」
タローさんがメニューから視線を上げて、軽く目を細める。
「じゃぁ、今日は俺のおすすめを選ぼうかな」
タローさんタイミングよくそばを通りがかった梨木様に声をかけると、前菜のマリネとアヒージョ、それからカルボナーラとトマト系のピザをひとつ頼んでくれた。
「飲み物はどうします?」
「俺は車だから、水でいいよ。ハナちゃん、どうする?」
タローさんが、梨木様にメニューを手渡しながら私に訊ねてくる。
「タローさんが飲めないなら私も水に……」
「俺のことは気にせず飲んでくれていいよ」
「でも……」
「あ、でも、ハナちゃんは酒癖悪いから、ジュースのほうがいいかな」
「悪くないですよ。強くないだけで」
揶揄うようにクスリと笑うタローさんに反論すると、私たちのやり取りを聞いていた梨木様が口元に手をあてながら笑いを堪えるように眉を寄せた。
「仲良いんすね。蒼大郎さんと花屋さん」
「そう?」
「いや。なんか蒼大郎さんが女の子連れてきて、楽しそうな顔してるの珍しいなって」
「余計なことは言わなくていいから」
私といることを揶揄われているタローさんは、やや不快気な表情を浮かべていて。少し複雑な気分になる。
「そんなことより、飲み物のオーダー途中だよね」
「そうでした。花屋さんは、何飲みます? お酒あんまり強くないなら、軽めの甘いやつ出しますけど」
「ハナちゃん、それで大丈夫?」
「はい」
タローさんに話しかけられる私のことを、梨木様がにやついた顔で見ている。オーダーを全て済ませると、タローさんはいつまでも揶揄うように笑っている梨木様のことを手で追いやった。
「ごめんね、なんか」
梨木様が去ったあと、タローさんが困ったように眉尻を下げる。
「いえ、全然。タローさんのほうこそ、お友達の弟さんに私との変な疑いをかけられたら困っちゃいますよね」
私は、タローさんの会社と業務提携している花屋のただの定員なのに。ふふっと自嘲気味に笑うと、タローさんが私を見つめてますます困ったような顔をした。
「あぁ、違うよ。ハナちゃんがどうこうってことではなくて。ハナちゃんと一緒にいる自分の顔が、ホタルなんかに見抜かれるくらい緩んでるのかって、思っただけだから」
「え?」
「いや、別に。たいした話じゃないから、気にしないで」
タローさんがゆるりと首を振って、誤魔化すように笑う。
「お待たせしました」
そのとき、梨木様とは違う別の店員さんが私たちのテーブルに水とカクテルのグラスを運んできてくれた。
「綺麗……」
私の前に置かれたのは、オレンジとブルーの混ざった綺麗な色のカクテルで、ついそんな感想が口から漏れてしまう。
目の前に置かれたカクテルグラスをじっと眺めていると、タローさんがクスリと笑いながら水の入ったグラスを持ち上げて私のグラスにコツンとぶつけてきた。
「乾杯。ハナちゃん、綺麗でもお酒だから。一気飲みしちゃダメだよ」
「わかってます」
これまで見せてきたお酒による醜態を思い出して顔を赤くすると、タローさんが口角を引き上げた。
「あの夜みたいに潰れたら、俺に連れ帰られちゃうかもしれないから気を付けてね」
店の仄暗い照明の下で私を見つめて微笑んだタローさんの瞳が、艶っぽく光る。その表情に、ドクッと胸が脈打った。
タローさんがどういうつもりでそんなこと言っているのかわからないけれど、冗談なら心臓に悪すぎる。
「なっ……、今日は大丈夫です」
「それならいいけど」
お店の照明のせいか、私を見つめて微笑むタローさんの表情がいつもよりも艶っぽく綺麗に見える。
タローさんから視線をそらして、少しだけ飲んだ綺麗な色のカクテルはとても甘くて。アルコール感はほとんどないのに、その甘さに酔いそうだった。
「乗って」
笑顔のタローさんに促されて、これまで、迎え入れるか見送るかだった白い高級車の助手席にそわそわと乗り込む。
黒の革張りのシートにどれくらい腰を沈めて良いものか測りかねているうちに「出すね」とタローさんが車を発進させた。
「ハナちゃん、何か食べたいものある?」
「え、っと……、タローさんにお任せします」
「そう? じゃぁ、食べられないものはある?」
「いえ、好き嫌いはありません」
そこは躊躇いなく答えたら、何故かタローさんにクスクスと笑われた。
「何かおかしかったですか?」
「いや、別に。好き嫌いないのはいいことだなーって」
「そうですか……」
なんだか腑に落ちない顔をする私を横目に見ながら、タローさんがまたクスクスと笑う。
「もし行き先を任せてくれるなら、この近くにある友人の弟がやってる店がおすすめなんだけど、どうかな?」
「はい、私はどこでも……」
そう言いかけて、ふと自分が仕事用の黒のスーツを着ていることに気が付いた。スーツを着ていれば、ドレスコードの店でも問題はないと思うけど……、あまりにも仕事仕様の格好では逆に浮いてしまうだろうか。
「その店はパスタとかピザとかイタリアンがメインなんだけど、堅苦しい雰囲気の店ではないよ。カジュアルな私服で来るお客さんもいっぱいいるし、今日の俺たちみたいに仕事帰りにスーツでごはんを食べに来る人もいるから、心配しないで」
視線を落として口籠った私の心配事に気付いたらしいタローさんが、すぐに笑顔でフォローしてくれる。その気遣いのさりげなさが、私の心をくすぐった。
タローさんの友人の弟さんがやっているというお店は、新しくオープンしたゲストハウスから車で十五分ほどの場所にあった。
パーキングに車を止めたあとにタローさんに連れて行かれたのは、ヨーロッパ風の外観をした見た目の可愛い店だった。入り口の横には木製の小さなテラスがあって、そこには白のパラソル付きのテーブル席がふたつある。ドアの横に置かれた木製の立て看板には、おすすめの料理やお酒のメニューが白のチョークで手書きしてあった。
私を誘導するように前に立ったタローさんが店のドアを開けると、細めの短い廊下の先にバーカウンターが見える。
店のフロアには、ソファー席やタイプの違う木製の椅子など、ひとつひとつ異なったデザインのテーブル席がいくつか並べてあって。バラバラで一見統一感のなさそうな家具の配置が、店の雰囲気を上手にお洒落に見せていた。人気店なのか、カップルや女子会らしいグループ客も多く、フロアはほとんど満席だった。
「人気のお店なんですね。急に来て、大丈夫でしたか?」
「うん、いつ来てもこんな感じなんだよね。でも、ここに来る前に二人用のテーブル席を空けといてもらうように連絡してるから大丈夫だと思う」
タローさんが店のフロアに視線を向けると、入り口に近いテーブル席で接客をしていた背の高い男性スタッフが私たちに気が付いて歩み寄ってきた。
「蒼大郎さん、こんばんは。お待ちしてました」
黒の制服を着た長身の彼が、タローさんに軽く会釈する。
「急にごめんね。席を空けてくれてありがとう」
「いえ。今日は割と余裕があったので」
タローさんと親しげに話す彼が、どうやらタローさんの友達の弟さんらしい。少し吊り目気味のその顔に見覚えがあるような気がして見ていると、彼のほうも私のことをジッと見てきた。
悪気はないんだろうけど、こちらを睨んでいるように見える彼の目付きが少し怖い。
ジロジロ観察したから気を悪くしたのかも。タローさんの知り合いなのに、どうしよう……。
ドギマギしながら視線を下げると、彼がぺこりと軽く会釈してきた。
「花屋の人ですよね? 結婚式のブーケ作ってくれた。蒼大郎さんの知り合いだったんですね」
気を悪くしていたわけではなく、彼のほうにも私の顔に見覚えがあったらしい。「花屋の人」と言われたってことはやっぱりお客様だったんだ。今まで担当した花嫁様の旦那様か、ご家族の方か──。
考えていると、タローさんが私達の顔を交互に見て、彼のほうに話しかけた。
「そっか。ホタルもハナちゃんと面識があったんだ?」
「あぁ、はい。一回だけ、嫁に連れられて打ち合わせに行ったことがあるので。その節はお世話になりました」
タローさんに親し気に「ホタル」と呼ばれている吊り目の彼に頭を下げられて、ようやく私もハッとした。
「梨木様……!」
吊り目の長身の彼は、私がブーケの取り違えるというミスを犯してしまったときのお客様だった。
「いえ、こちらこそ。その節はご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした!」
慌てて頭を下げると、梨木様が手を振りながら僅かに口角を引き上げた。
「いえ。取り違えがあったって聞かされて、花屋の店長さんにも謝罪されたんですけど、式の流れには全く問題なかったんで」
「それでも、申し訳ありませんでした」
「いや、全然大丈夫ですよ。うちの嫁も、綺麗なブーケを作ってもらったって式の後もすげー喜んでたんで。こちらこそ、どうもありがとうございます」
「そう言っていただけてよかったです」
奥さんのことを話すときに軽く目を細めるようにして笑った梨木様を見て、打ち合わせのときに彼の横で終始にこにこしていた可愛い花嫁様のことを思い出した。
きっと、結婚後も幸せな生活を送られているんだろうなと思うと、微笑ましい気持ちになる。
こんなカタチでお会いできるとは思ってもみなかったし、今さらかもしれないけれど、直接謝罪をすることができてよかった。
ほっとしていると、レジ横のカウンターからメニューを取った梨木様が、私とタローさんの顔を見てニヤリと口角を引き上げた。
「で、蒼大郎さんは今夜は花屋さんとデートですか?」
「いえ……」
「うん、そんな感じかな」
揶揄うような梨木様の質問を否定しようとしたら、タローさんが私の言葉を遮ってさらりと肯定するから、ドキッとした。
え、これ、デートなの……!?
目を見開いてタローさんを見上げると、彼は平然とした顔で梨木様と会話を続けていた。
「へぇー。だったら、何かサービスしますね。こちらへどーぞ」
「ありがとう」
前に進み出た梨木様がフロア内へと私たちを誘導する。
「行こう、ハナちゃん」
振り向いたタローさんの手が、エスコートするように私の肩に触れた。
これが、デートなら……。意識すればするほど緊張してしまって、タローさんに触れられた肩を中心に身体がじわじわと火照っていく。私は手足をカチコチに緊張させながら、タローさんについて歩いた。
私たちが案内されたのは、バーカウンターから近い二人用のテーブル席だった。そこに座ってメニューを見ていると、店の女性スタッフが「店長からのサービスです」と、前菜のチーズ盛りを運んできてくれた。
私たちを案内してくれたあと、梨木様はバーカウンターに入って接客をしていて、忙しそうだ。
「ここの店長さんって梨木様だったんですね。知ってたなら、先に教えておいてくれたらよかったのに……。何も知らずに平然と店に来てしまって、失礼じゃなかったですか?」
「ごめんね。近くで美味しい店っていうと、ここしか思い付かなかったんだよね。それにハナちゃんと面識があるのは、ホタルの奥さんだけなのかと思ってたから」
タローさんがそう言って苦笑する。
「あのときは俺もつい感情的になってしまったけど、結果的に式の進行には問題なかったし。ハナちゃんが作ったブーケはホタルの奥さんのイメージに合っててよかったよ」
「そう、ですか……」
タローさんに微笑みかけられて、自然と頬が熱くなる。タローさんが私のブーケを褒めてくれると、まるで自分自身が褒められたみたいな気がしていつも嬉しくて恥ずかしい。
「それより、ハナちゃん何食べたい?」
俯いていると、タローさんがメニューを私のほうに寄せてきた。
「タローさんは、このお店によく来られてるんですよね」
「うん、そうだね」
「だったら、今日はタローさんのおすすめを選んでください。この前は、私がおすすめしたので」
「あー、そうか。あのときハナちゃんが薦めてくれたナポリタンもおいしかったよね」
タローさんがメニューから視線を上げて、軽く目を細める。
「じゃぁ、今日は俺のおすすめを選ぼうかな」
タローさんタイミングよくそばを通りがかった梨木様に声をかけると、前菜のマリネとアヒージョ、それからカルボナーラとトマト系のピザをひとつ頼んでくれた。
「飲み物はどうします?」
「俺は車だから、水でいいよ。ハナちゃん、どうする?」
タローさんが、梨木様にメニューを手渡しながら私に訊ねてくる。
「タローさんが飲めないなら私も水に……」
「俺のことは気にせず飲んでくれていいよ」
「でも……」
「あ、でも、ハナちゃんは酒癖悪いから、ジュースのほうがいいかな」
「悪くないですよ。強くないだけで」
揶揄うようにクスリと笑うタローさんに反論すると、私たちのやり取りを聞いていた梨木様が口元に手をあてながら笑いを堪えるように眉を寄せた。
「仲良いんすね。蒼大郎さんと花屋さん」
「そう?」
「いや。なんか蒼大郎さんが女の子連れてきて、楽しそうな顔してるの珍しいなって」
「余計なことは言わなくていいから」
私といることを揶揄われているタローさんは、やや不快気な表情を浮かべていて。少し複雑な気分になる。
「そんなことより、飲み物のオーダー途中だよね」
「そうでした。花屋さんは、何飲みます? お酒あんまり強くないなら、軽めの甘いやつ出しますけど」
「ハナちゃん、それで大丈夫?」
「はい」
タローさんに話しかけられる私のことを、梨木様がにやついた顔で見ている。オーダーを全て済ませると、タローさんはいつまでも揶揄うように笑っている梨木様のことを手で追いやった。
「ごめんね、なんか」
梨木様が去ったあと、タローさんが困ったように眉尻を下げる。
「いえ、全然。タローさんのほうこそ、お友達の弟さんに私との変な疑いをかけられたら困っちゃいますよね」
私は、タローさんの会社と業務提携している花屋のただの定員なのに。ふふっと自嘲気味に笑うと、タローさんが私を見つめてますます困ったような顔をした。
「あぁ、違うよ。ハナちゃんがどうこうってことではなくて。ハナちゃんと一緒にいる自分の顔が、ホタルなんかに見抜かれるくらい緩んでるのかって、思っただけだから」
「え?」
「いや、別に。たいした話じゃないから、気にしないで」
タローさんがゆるりと首を振って、誤魔化すように笑う。
「お待たせしました」
そのとき、梨木様とは違う別の店員さんが私たちのテーブルに水とカクテルのグラスを運んできてくれた。
「綺麗……」
私の前に置かれたのは、オレンジとブルーの混ざった綺麗な色のカクテルで、ついそんな感想が口から漏れてしまう。
目の前に置かれたカクテルグラスをじっと眺めていると、タローさんがクスリと笑いながら水の入ったグラスを持ち上げて私のグラスにコツンとぶつけてきた。
「乾杯。ハナちゃん、綺麗でもお酒だから。一気飲みしちゃダメだよ」
「わかってます」
これまで見せてきたお酒による醜態を思い出して顔を赤くすると、タローさんが口角を引き上げた。
「あの夜みたいに潰れたら、俺に連れ帰られちゃうかもしれないから気を付けてね」
店の仄暗い照明の下で私を見つめて微笑んだタローさんの瞳が、艶っぽく光る。その表情に、ドクッと胸が脈打った。
タローさんがどういうつもりでそんなこと言っているのかわからないけれど、冗談なら心臓に悪すぎる。
「なっ……、今日は大丈夫です」
「それならいいけど」
お店の照明のせいか、私を見つめて微笑むタローさんの表情がいつもよりも艶っぽく綺麗に見える。
タローさんから視線をそらして、少しだけ飲んだ綺麗な色のカクテルはとても甘くて。アルコール感はほとんどないのに、その甘さに酔いそうだった。
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