【コミカライズ配信中!】社長、この偽婚約はいつまで有効ですか?(原題:花束と婚約指輪)
Promise.Ⅳ〈3〉
「ハナちゃん、よかったら先にお昼休憩行ってきて」
「ありがとうございます」
打ち合わせ後にタローさんを店の入り口まで見送ったあと、麻耶さんが私に休憩の指示を出してくれた。
タローさんと打ち合わせを終えたばかりの私のなかには、なんとなくまだ高揚感が残っている。この気持ちが消えないうちに、Tateuchi Bridalのイベント用のブーケデザインの構想を練りたくて、店の近くにあるカフェで昼休みをとることにした。
店から徒歩五分の場所にあるカフェは広くて、落ち着けるソファー席もある。窓際のソファー席に座った私は、ランチセットのパスタを注文すると、スマホで写真を撮らせてもらったイベント用のドレスをぼんやりと眺めた。
シンプルで可愛いデザインのドレスには大きめの花も似合いそうだし、小さな花を集めてグリーンを部分的に入れてもナチュラル・ウェディングぽくていいかもしれない。ブーケに合わせて、花冠を作ったりしても可愛いかも。
写真を見つめながら頭を悩ませていると、不意にテーブルに人影が近付いてきた。
「ご一緒させてもらっていいかな?」
声をかけられてビクッと肩を震わせる。顔を上げると、向かいの席に腰を下ろしたタローさんがにこりと笑いかけてきたから、そばにあった水の入ったコップをひっくり返しそうになってしまった。
「な、どうしてここにいるんですか?」
「君の店での打ち合わせのあと、電話を一本かけててね。それが終わって車を出そうとしたら、歩いているハナちゃんを見かけたから付いてきた」
「付いてきた、って。何ですか、それ?」
「ちょうどお腹が空いてたから。ハナちゃんもランチタイムなのかなーと思って。ここの店、よく来るの?何がおすすめ?」
タローさんがそう言いながら、おもむろにメニューを開く。
いったい何の気まぐれなんだろう。
「私はよくパンケーキ食べますよ。ふわふわで美味しいです」
写真付きのメニューを指さすと、タローさんがちょっと考えてから苦笑いした。
「昼ご飯だから、甘くないほうがいいな」
「そうですか。じゃぁ、ナポリタンがおすすめです」
「じゃぁ、それにしようかな」
超高級ホテルのカフェで仕事をしちゃうようなタローさんに、特に有名シェフがいるわけでもない店の食事が合うのだろうか。内心でそう思ったけど、タローさんは私のおすすめを素直に聞き入れて、ナポリタンを頼んでいた。
「よくこんなふうに、取引先の相手とランチするんですか?」
「んー、仕事の話でもない限り、一緒に食事はしないかな」
タローさんがパタンとメニューを閉じる。
「私に付いてきたのも、まだ仕事の話があったからですか?」
気になって訊ねると、タローさんが不思議そうに瞬きをした。
「仕事の話は店の事務所で充分したはずだけど」
「じゃぁ、どうして……」
今は、仕事相手とこんなふうに食事なんかしてるんですか──?
言葉を飲み込む私を見て、タローさんがクスリと笑う。
「あぁ、そうか。特に理由はないんだけど。嬉しそうにどこかに歩いていくハナちゃんの後ろ姿が気になったのかも」
「嬉しそう?」
「そう。どんな美味しいもの食べに行くのかなーって」
からかわれているのだとわかったけれど、僅かに首を傾けたタローさんの仕草に、少しだけ胸がときめいた。
「たしかに、ここのお店のランチは美味しいですけど。私がもし嬉しそうに見えたんだとしたら、タローさ……、じゃなくて、舘内社長のせいです」
「俺のせい?」
「ブーケのことをタローさ、いえ。舘内社長に褒めてもらえて、打ち合わせのあともずっとふわふわ心が舞い上がってました。この前のパーティーのときは代理の婚約者でしたけど、今回はちゃんと私自身がお仕事でタロ……、舘内社長に──」
「いいよ、呼び方。ふたりだけのときは、タローのままで」
「タローさん」と呼びかけて何度もつっかえる私を見て、タローさんがふっと息を漏らす。
恥ずかしくなってうつむくと、タローさんが「続けていいよ」と笑いながら促してきた。
改めて言い直すのはなんとなく照れくさいし、途切れたら途切れたで終わらせてもいいような内容の話だった。だけど、タローさんが笑顔で私の言葉を待ってくれているから、うつむきがちに口を開く。
「その……、今回はちゃんと私自身がお仕事でタローさんに認めてもらえるように頑張りたいな、って話です」
小さな声で話を纏めると、タローさんが緩く結んだ手を口元にあててクスクスと笑った。
「どうして笑うんですか?!」
「ハナちゃん、いつも一生懸命で可愛いから」
目を細めて笑うタローさんの冗談をうまく受け止めきれなくて、勝手に頬が熱くなる。タローさんにどんな言葉を返せばいいのかわからなくて困っていると、ちょうどそのタイミングで食事が運ばれてきたから助かった。
ふたりであまり会話せずに食事を摂ったあと、タローさんと一緒に店を出る。
「お昼に付き合ってくれてありがとう。ハナちゃんの作るブーケ、楽しみにしてる」
別れ際、タローさんが優しく私に笑いかけてくる。タローさんと次に会うのは、二週間後。イベント用の試作品を見せるときだ。
そう思うと、少し淋しい。ふとそう思ってしまった私は、大きく首を横に振ってその感情を打ち消した。
ブンブンと頭を左右に揺らしていると、手を振って去ろうとしていたタローさんが何か思い出したように立ち止まる。
「そうだ。次の打ち合わせまでに、もしブーケのデザインが決まったら、イラストでもいいからイメージを送ってくれる?」
「あ、はい。そうですね。そのほうが、試作の段階でタローさんの意見も取り入れられますし。名刺にあったメールアドレスに送りますか?」
「うん、それでもいいし。簡単に、スマホで撮った写真をSNSのメッセージに添付してくれるだけでもいいよ。ハナちゃんの連絡先、聞いといていい?」
「はい、もちろん」
さらっとした流れでSNSのIDを交換したけれど、そこにタローさんが登録されたことに、私は密かにドキドキとしていた。
「またね、ハナちゃん」
私に手を振ったタローさんが、今度こそ目の前から立ち去って行く。
いつもの別れの言葉と、次への繋がりを残して。その繋がりはプライベートの約束なんかではないのに。それでも嬉しいと思ってしまう自分が、なんだかおかしい自覚はあった。
「ありがとうございます」
打ち合わせ後にタローさんを店の入り口まで見送ったあと、麻耶さんが私に休憩の指示を出してくれた。
タローさんと打ち合わせを終えたばかりの私のなかには、なんとなくまだ高揚感が残っている。この気持ちが消えないうちに、Tateuchi Bridalのイベント用のブーケデザインの構想を練りたくて、店の近くにあるカフェで昼休みをとることにした。
店から徒歩五分の場所にあるカフェは広くて、落ち着けるソファー席もある。窓際のソファー席に座った私は、ランチセットのパスタを注文すると、スマホで写真を撮らせてもらったイベント用のドレスをぼんやりと眺めた。
シンプルで可愛いデザインのドレスには大きめの花も似合いそうだし、小さな花を集めてグリーンを部分的に入れてもナチュラル・ウェディングぽくていいかもしれない。ブーケに合わせて、花冠を作ったりしても可愛いかも。
写真を見つめながら頭を悩ませていると、不意にテーブルに人影が近付いてきた。
「ご一緒させてもらっていいかな?」
声をかけられてビクッと肩を震わせる。顔を上げると、向かいの席に腰を下ろしたタローさんがにこりと笑いかけてきたから、そばにあった水の入ったコップをひっくり返しそうになってしまった。
「な、どうしてここにいるんですか?」
「君の店での打ち合わせのあと、電話を一本かけててね。それが終わって車を出そうとしたら、歩いているハナちゃんを見かけたから付いてきた」
「付いてきた、って。何ですか、それ?」
「ちょうどお腹が空いてたから。ハナちゃんもランチタイムなのかなーと思って。ここの店、よく来るの?何がおすすめ?」
タローさんがそう言いながら、おもむろにメニューを開く。
いったい何の気まぐれなんだろう。
「私はよくパンケーキ食べますよ。ふわふわで美味しいです」
写真付きのメニューを指さすと、タローさんがちょっと考えてから苦笑いした。
「昼ご飯だから、甘くないほうがいいな」
「そうですか。じゃぁ、ナポリタンがおすすめです」
「じゃぁ、それにしようかな」
超高級ホテルのカフェで仕事をしちゃうようなタローさんに、特に有名シェフがいるわけでもない店の食事が合うのだろうか。内心でそう思ったけど、タローさんは私のおすすめを素直に聞き入れて、ナポリタンを頼んでいた。
「よくこんなふうに、取引先の相手とランチするんですか?」
「んー、仕事の話でもない限り、一緒に食事はしないかな」
タローさんがパタンとメニューを閉じる。
「私に付いてきたのも、まだ仕事の話があったからですか?」
気になって訊ねると、タローさんが不思議そうに瞬きをした。
「仕事の話は店の事務所で充分したはずだけど」
「じゃぁ、どうして……」
今は、仕事相手とこんなふうに食事なんかしてるんですか──?
言葉を飲み込む私を見て、タローさんがクスリと笑う。
「あぁ、そうか。特に理由はないんだけど。嬉しそうにどこかに歩いていくハナちゃんの後ろ姿が気になったのかも」
「嬉しそう?」
「そう。どんな美味しいもの食べに行くのかなーって」
からかわれているのだとわかったけれど、僅かに首を傾けたタローさんの仕草に、少しだけ胸がときめいた。
「たしかに、ここのお店のランチは美味しいですけど。私がもし嬉しそうに見えたんだとしたら、タローさ……、じゃなくて、舘内社長のせいです」
「俺のせい?」
「ブーケのことをタローさ、いえ。舘内社長に褒めてもらえて、打ち合わせのあともずっとふわふわ心が舞い上がってました。この前のパーティーのときは代理の婚約者でしたけど、今回はちゃんと私自身がお仕事でタロ……、舘内社長に──」
「いいよ、呼び方。ふたりだけのときは、タローのままで」
「タローさん」と呼びかけて何度もつっかえる私を見て、タローさんがふっと息を漏らす。
恥ずかしくなってうつむくと、タローさんが「続けていいよ」と笑いながら促してきた。
改めて言い直すのはなんとなく照れくさいし、途切れたら途切れたで終わらせてもいいような内容の話だった。だけど、タローさんが笑顔で私の言葉を待ってくれているから、うつむきがちに口を開く。
「その……、今回はちゃんと私自身がお仕事でタローさんに認めてもらえるように頑張りたいな、って話です」
小さな声で話を纏めると、タローさんが緩く結んだ手を口元にあててクスクスと笑った。
「どうして笑うんですか?!」
「ハナちゃん、いつも一生懸命で可愛いから」
目を細めて笑うタローさんの冗談をうまく受け止めきれなくて、勝手に頬が熱くなる。タローさんにどんな言葉を返せばいいのかわからなくて困っていると、ちょうどそのタイミングで食事が運ばれてきたから助かった。
ふたりであまり会話せずに食事を摂ったあと、タローさんと一緒に店を出る。
「お昼に付き合ってくれてありがとう。ハナちゃんの作るブーケ、楽しみにしてる」
別れ際、タローさんが優しく私に笑いかけてくる。タローさんと次に会うのは、二週間後。イベント用の試作品を見せるときだ。
そう思うと、少し淋しい。ふとそう思ってしまった私は、大きく首を横に振ってその感情を打ち消した。
ブンブンと頭を左右に揺らしていると、手を振って去ろうとしていたタローさんが何か思い出したように立ち止まる。
「そうだ。次の打ち合わせまでに、もしブーケのデザインが決まったら、イラストでもいいからイメージを送ってくれる?」
「あ、はい。そうですね。そのほうが、試作の段階でタローさんの意見も取り入れられますし。名刺にあったメールアドレスに送りますか?」
「うん、それでもいいし。簡単に、スマホで撮った写真をSNSのメッセージに添付してくれるだけでもいいよ。ハナちゃんの連絡先、聞いといていい?」
「はい、もちろん」
さらっとした流れでSNSのIDを交換したけれど、そこにタローさんが登録されたことに、私は密かにドキドキとしていた。
「またね、ハナちゃん」
私に手を振ったタローさんが、今度こそ目の前から立ち去って行く。
いつもの別れの言葉と、次への繋がりを残して。その繋がりはプライベートの約束なんかではないのに。それでも嬉しいと思ってしまう自分が、なんだかおかしい自覚はあった。
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