【コミカライズ配信中!】社長、この偽婚約はいつまで有効ですか?(原題:花束と婚約指輪)
Promise.Ⅲ〈1〉
土曜日。待ち合わせ時間の十分前に約束した高級ホテルに辿り着いた私は、両側にドアマンの立つゴージャスなフロントの前で圧倒されていた。
麻耶さんにお願いして普段より三十分早く仕事を上がらせてもらった私は、一旦家に帰って、持ち合わせで一番良いワンピースに着替えた。メイクも直して、タローさんから言われたとおりにエンゲージリングも持ってきた。私なりに高級ホテルに相応しい見た目になるように、最大限努力したつもり……、だったけど。
ホテルの前のロータリーに次々と入ってくるのは、全て高級車や高級ハイヤー。ドアマンにエスコートされて車から颯爽と降りてくるのは、男女問わず華やかで高級そうな衣装を纏った人たちばかり。私のとっておきは、その人たちにとてもじゃないけど及ばない。
やっぱり、このまま引き返してしまおうか……。
一瞬弱気になったけれど、麻耶さんのことを思い出して気持ちを奮い立たせる。
ホテルの入り口に近付いていくと、ドアマンは他のお客さんと分け隔てない態度で私を中へとエスコートしてくれた。
ホテルの中に入ると、広いロビーの煌びやかな雰囲気にまた足が竦む。入り口付近でそわそわと辺りを見渡してみたけれど、タローさんの姿は見当たらない。
仕方なく、カバンからメモを取り出して彼の番号に電話をかけてみると、2コール目が鳴り始める前に、タローさんは電話に出てくれた。
「あの、もしもし……」
「あぁ、ハナちゃん?」
「はい。今ホテルのロビーに着きました」
「うん。ちょうど君が入り口から歩いてくるところが見えてたよ」
「え?」
どこで見られていたと言うのだろう……。
きょろきょろと頭を動かすと、タローさんがクスリと笑った。
「あぁ、2階のカフェで仕事してるんだ。今から降りるからそこで待ってて」
顔を上げると、吹き抜けになったロビーを上から囲むようにしてバルコニーがある。そこは全て、カフェのソファー席になっていた。
バルコニーをぐるりと半周見渡したところで、タローさんの姿を見つけて動きが止まる。私と目が合うと、通話を切ったタローさんがふっと微笑んで席を立った。
しばらく待っていると、フォーマルなブラックスーツに身を包んだタローさんが私の前に颯爽と現れた。
「お待たせ」
長身で脚の長い彼の姿に、一瞬見惚れてドキリとする。
「約束どおり、来てくれてありがとう」
けれど、タローさんのその言葉でここへ来た目的を思い出した。つい緩みかけてしまった気持ちを引き締める。
「これで、店との提携の話を進めてくれるんですよね?」
確認のために訊ねたけれど、タローさんは私の質問には答えなかった。
「指輪は?」
「持ってきてます」
タローさんが私の左手を注視していることに気付いて、慌ててカバンから小さなジュエリーケースを取り出す。それは元々は別のブランドのジュエリーが入っていたケースなのだけど、大切な借り物の指輪を失くしたり落としたりしないように、そこに入れて持ってきたのだ。
「これです」
「ありがとう」
ケースを開いてキラキラのダイヤの指輪を見せると、タローさんがお礼を言ってケースごとそれを受け取った。
これで、無事に役目を果たせた。タローさんはきっと、エンゲージリングを返して欲しかったのよね?
だって、それは芸能人やセレブがつけるような高級ブランドのものだ。酔った戯れで、初対面の女に預けたままにしておくような代物じゃない。
売却してしまおうなんて邪な考えも浮かんでいたけれど。しなくてよかった。これで、麻耶さんの店との提携契約のこともうまく取り計らってくれるだろう。
「それでは、これで」
ほっと息を吐きながら、タローさんに向かって頭をさげる。そのまま踵を返して去ろうとすると、タローさんに腕をつかまれた。
「ちょっと待って。どこに行くつもり?」
「どこって。指輪はお返ししたので、帰ろうかと……」
「そういうわけにはいかないよ。ハナちゃんに付き合ってもらいたいのはこれからなんだから」
振り向くと、タローさんが唇に綺麗な弧を描いて優美に微笑んだ。
「上に部屋を用意してるからついてきて」
魅惑的でどこか意味深なタローさんの笑みに、不安を覚える。
「あ、の……」
部屋を用意してるって、もしかしてそういう……。
この前はお酒で失敗してしまったかもしれないけど、今日はそんなつもりでここへ来ていない。
思わず青ざめた私の肩に、タローさんの腕が重くのしかかる。立ちすくむ私の肩を引き寄せると、タローさんが耳元で意地悪くささやいた。
「たしか、なんでもするって言ってなかった?うちとの提携契約、進めて欲しいんだよね?」
こんなの、脅迫だ。
そう思ったけれど、麻耶さんのお店との契約を考え直しくれるならなんでもすると、先にタローさんに迫ったのは私のほうだ。
このまま逃げたら、麻耶さんの店との契約は……。
麻耶さんの顔を思い浮かべた私は、覚悟を決めてきつく目を閉じた。
「はい。もしチャンスをもらえるなら、私にできることは何でもします」
震える声でそう言うと、タローさんが私の耳元でクスリと笑った。
「大丈夫。悪いようにはしないから」
そうささやいて、タローさんがエレベーターのほうへと私を誘導する。そうして、ホテルの上階にある部屋へと連れて行かれた。
麻耶さんにお願いして普段より三十分早く仕事を上がらせてもらった私は、一旦家に帰って、持ち合わせで一番良いワンピースに着替えた。メイクも直して、タローさんから言われたとおりにエンゲージリングも持ってきた。私なりに高級ホテルに相応しい見た目になるように、最大限努力したつもり……、だったけど。
ホテルの前のロータリーに次々と入ってくるのは、全て高級車や高級ハイヤー。ドアマンにエスコートされて車から颯爽と降りてくるのは、男女問わず華やかで高級そうな衣装を纏った人たちばかり。私のとっておきは、その人たちにとてもじゃないけど及ばない。
やっぱり、このまま引き返してしまおうか……。
一瞬弱気になったけれど、麻耶さんのことを思い出して気持ちを奮い立たせる。
ホテルの入り口に近付いていくと、ドアマンは他のお客さんと分け隔てない態度で私を中へとエスコートしてくれた。
ホテルの中に入ると、広いロビーの煌びやかな雰囲気にまた足が竦む。入り口付近でそわそわと辺りを見渡してみたけれど、タローさんの姿は見当たらない。
仕方なく、カバンからメモを取り出して彼の番号に電話をかけてみると、2コール目が鳴り始める前に、タローさんは電話に出てくれた。
「あの、もしもし……」
「あぁ、ハナちゃん?」
「はい。今ホテルのロビーに着きました」
「うん。ちょうど君が入り口から歩いてくるところが見えてたよ」
「え?」
どこで見られていたと言うのだろう……。
きょろきょろと頭を動かすと、タローさんがクスリと笑った。
「あぁ、2階のカフェで仕事してるんだ。今から降りるからそこで待ってて」
顔を上げると、吹き抜けになったロビーを上から囲むようにしてバルコニーがある。そこは全て、カフェのソファー席になっていた。
バルコニーをぐるりと半周見渡したところで、タローさんの姿を見つけて動きが止まる。私と目が合うと、通話を切ったタローさんがふっと微笑んで席を立った。
しばらく待っていると、フォーマルなブラックスーツに身を包んだタローさんが私の前に颯爽と現れた。
「お待たせ」
長身で脚の長い彼の姿に、一瞬見惚れてドキリとする。
「約束どおり、来てくれてありがとう」
けれど、タローさんのその言葉でここへ来た目的を思い出した。つい緩みかけてしまった気持ちを引き締める。
「これで、店との提携の話を進めてくれるんですよね?」
確認のために訊ねたけれど、タローさんは私の質問には答えなかった。
「指輪は?」
「持ってきてます」
タローさんが私の左手を注視していることに気付いて、慌ててカバンから小さなジュエリーケースを取り出す。それは元々は別のブランドのジュエリーが入っていたケースなのだけど、大切な借り物の指輪を失くしたり落としたりしないように、そこに入れて持ってきたのだ。
「これです」
「ありがとう」
ケースを開いてキラキラのダイヤの指輪を見せると、タローさんがお礼を言ってケースごとそれを受け取った。
これで、無事に役目を果たせた。タローさんはきっと、エンゲージリングを返して欲しかったのよね?
だって、それは芸能人やセレブがつけるような高級ブランドのものだ。酔った戯れで、初対面の女に預けたままにしておくような代物じゃない。
売却してしまおうなんて邪な考えも浮かんでいたけれど。しなくてよかった。これで、麻耶さんの店との提携契約のこともうまく取り計らってくれるだろう。
「それでは、これで」
ほっと息を吐きながら、タローさんに向かって頭をさげる。そのまま踵を返して去ろうとすると、タローさんに腕をつかまれた。
「ちょっと待って。どこに行くつもり?」
「どこって。指輪はお返ししたので、帰ろうかと……」
「そういうわけにはいかないよ。ハナちゃんに付き合ってもらいたいのはこれからなんだから」
振り向くと、タローさんが唇に綺麗な弧を描いて優美に微笑んだ。
「上に部屋を用意してるからついてきて」
魅惑的でどこか意味深なタローさんの笑みに、不安を覚える。
「あ、の……」
部屋を用意してるって、もしかしてそういう……。
この前はお酒で失敗してしまったかもしれないけど、今日はそんなつもりでここへ来ていない。
思わず青ざめた私の肩に、タローさんの腕が重くのしかかる。立ちすくむ私の肩を引き寄せると、タローさんが耳元で意地悪くささやいた。
「たしか、なんでもするって言ってなかった?うちとの提携契約、進めて欲しいんだよね?」
こんなの、脅迫だ。
そう思ったけれど、麻耶さんのお店との契約を考え直しくれるならなんでもすると、先にタローさんに迫ったのは私のほうだ。
このまま逃げたら、麻耶さんの店との契約は……。
麻耶さんの顔を思い浮かべた私は、覚悟を決めてきつく目を閉じた。
「はい。もしチャンスをもらえるなら、私にできることは何でもします」
震える声でそう言うと、タローさんが私の耳元でクスリと笑った。
「大丈夫。悪いようにはしないから」
そうささやいて、タローさんがエレベーターのほうへと私を誘導する。そうして、ホテルの上階にある部屋へと連れて行かれた。
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