貧乏令嬢は公爵様に溺愛される

日下奈緒

第12話 月夜の君②

オラース様の言う通り、ダンスのレッスンで疲れたコラリー様は、お庭でお茶会ができるとあって、すごく喜んでいた。
「お菓子もいっぱい飾ってね。紅茶は、アンジェお願いよ。」
「任せて下さい。」
最近コラリー様のお茶の趣味も分かってきて、紅茶を淹れるのも楽になってきている。
そして今日は、オラース様も来るから、その分のお茶も用意しておこう。
後は、誰が来るかも分からないから、その分も……

「随分、いろいろ茶葉を用意しているのね。」
悩んでいる私の顔を覗き込んだのは、コラリー様だ。
「来るのは、オラースとエリクだけよ。」
「えっ、エリクも?」
増々、茶葉を用意しておかないと、小言を言われちゃう。
「ふふふ。エリクは紅茶に厳しいけれど、お菓子に甘いから、大丈夫よ。」
「あははは……」
お菓子に弱いエリク、見て見たい気はする。

そして、午後のお茶会が、庭で開催された。
「今日は、アンジェリク嬢がいるから、私も座ってお茶を楽しめます。」
エリクは、オラース様の付き人なのに、ちゃっかりその隣に座っている。
まるで、コラリー様やオラース様の兄弟みたいだ。
「では、紅茶を淹れます。皆さん、何になさいますか?」
「私は、アールグレイで。オラースは?」
「僕も。エリクもアールグレイでいいよね。」
「私は、ジャワでお願い致します。」

1人違う茶葉を指名したエリクは、すごく誇らしそう。
そしてこれは、ジャワという茶葉を、美味しく淹れられるかの、私への挑戦なのだ。
と言っても、紅茶は淹れ方は全部一緒なんだけね。

私は、エリクに教わった通りに紅茶を淹れていく。
「お砂糖とミルク、レモンはこちらです。」
せっかくだから、器もティーカップと同じ柄にした。
「まあ、お洒落。」
コラリー様は、すごく喜んでくれている。
オラース様は……
私はちらっと、オラース様を見た。
「うーん。アンジェはまた、紅茶の淹れ方が上手くなったね。」
やった!
心の中で、手を合わせた。
「そうだ、アンジェもお菓子食べなよ。」
「はい。」
オラース様に勧められて、お菓子に手を伸ばした瞬間だ。

「これ!」
エリクに手の甲を叩かれた。
「痛いです!」
「アンジェリク嬢は、最後にお食べなさい。」
そういう自分は、バリバリお菓子を食べている。
「いいじゃない。エリクも一緒に食べているんだから。」
「でもアンジェリク嬢は、今日は紅茶を淹れる係ですからね。」
エリクは、今日は紅茶を淹れる係じゃない事を、嬉しがっているみたい。
一方のオラース様は、一人で優雅に紅茶を飲んでいる。
「うん。美味しいよ、アンジェ。」
胸が温かくなる。
何よりもオラース様に、美味しいって言って貰えたことが、一番嬉しかった。

そして、その日の夜。
私は、オラース様に会いたくて、夜の庭を散歩した。
もし、今日オラース様が庭に来たら、会えるかもしれない。
そんな、つかの間の喜びを感じたくて、月夜に繰り出した。
でも、いくら待っても、オラース様はやって来なくて。
諦めて、帰ろうとした時だ。

「これはこれは、月夜の精のお出ましかな。」
振り返ると、バルコニーから、オラース様が私を見降ろしていた。
「オラース様。」
「待ってて。今、そっちに行くから。」
オラース様は、バルコニーの端にある階段を降りて、庭にやって来てくれた。
「ごめん、待たせて。今日はどうして庭に?」
「あっ、その……」
まさかオラース様に会いたくてなんて、言えない。
「……月夜が綺麗だったので。」
「本当だ。今日は、月夜が綺麗だ。」
2人で見上げる月夜は、特別な感じがして、うっとりする。

その時だった。
オラース様は、私の手を握った。
「さっき、アンジェを見かけた時、月夜の妖精かと思うくらい、綺麗だった。」
「えっ……」
そんなどうしよう。照れる。
「そして思ったんだ。今、アンジェに僕の気持ちを伝えようって。」
「オラース様?」
呼びかけると、オラース様は私をそっと見つめている。
深く深く。
まるで、私の気持ちを覗いているかのように。

「アンジェリク嬢。」
ドキンとした。
「僕はどうやら、君の事が好きみたいだ。」
身体の奥が、鼓動したみたいだった。
「オラース様が?私を?」
「ああ。」
あまりにも唐突で、私は手を放そうとしたけれど、オラース様が放してくれなかった。
「少し前に話したよね。結婚するなら、恋愛した人としたいって。」
「ええ。」
「その相手を、アンジェだと思っていいかな。」

嬉しくて、涙が出て来た。
まさか、オラース様から、そんな事を言って貰えるなんて。
「きっと両親からは、反対されるかもしれないけれど……」
その瞬間、私の心は現実に戻った。
そうだ。
オラース様のご両親は、私みたいな貧乏令嬢なんて、息子の相手にしたくないだろう。
「でも、僕達なら反対を押し切って……」
「ダメです。」
「アンジェ?」
「この話は、無かった事にして下さい。」
私はそっとオラース様から手を離すと、走って屋敷に戻った。

コメント

コメントを書く

「恋愛」の人気作品

書籍化作品