ねぇ、笑って……?

深冬 芽以

エピローグ

「もう帰るのか?」
 父さんが子供たちにしょんぼりした顔を見せた。
「この後、約束があるんだよ」と言いながら、俺は子供たちが散らかしたおもちゃを箱に片づける。
「また来ます。ほら、おじいちゃんにさよならして。誕生日プレゼントもたくさん貰ったんだから、お礼もね」
 朱音に言われて、子供たちが父さんに駆け寄る。
「じいじ、プレゼントありがと」
「ケーキもありがと」
「またすぐに来るんだぞ」と言いながら、父さんは子供たちの頭を撫でた。
「お義父さん、夜ご飯で余った者は冷蔵庫に入れてくださいね」
「わかったよ。ありがとう、朱音さん」
「じゃ、帰るぞ。莉音りおん苑樹えんじゅ
 俺は車の二列目のチャイルドシートに二人を乗せ、ベルトをはめた。
 エンジンをかけるとステレオから教育番組の音楽が流れ、子供たちの大合唱が始まる。子供たちとアン〇ンマンの歌を歌う日が来るとは思ってもいなかった。
 車を四十分ほど走らせて、最初の目的地に到着した。
「さ、おばあちゃんに会いに行こう」
 俺は莉音、朱音は苑樹の手を引いて、母さんの眠る墓に向かう。
「ばあば! 莉音、三歳になったよ」
「苑樹も!」
「じいじがおまごとのおもちゃ買ってくれたよ!」
「しんかせのおもちゃも!」
 子供たちが興奮気味に報告する。
「苑樹、しんかんせん!」と、莉音が苑樹の間違いを指摘する。
 自分は『おままごと』をうまく言えていなかったことには気づいていない。
 俺は思わず「ぷっ」と笑ってしまった。
 朱音が肘で俺をつつく。
「さ、行くぞ」
 再び車内で大合唱して、次の目的地に到着する頃には子供たちも疲れかけていた。
「いい? 大きな声を出したり走り回ったりしちゃダメよ。赤ちゃんがビックリしちゃうから」
「わかった!」と莉音が元気よく返事をする。
「苑樹もわかった!」と、苑樹も続く。
 インターホンを押すと、返事より先にドアが開いた。
「きょうちゃん!」
 顔を出した影井に、莉音が勢いよく飛びつく。
「りぃちゃん!」
 影井が嬉しそうに莉音を抱き上げた。
「お、ちょっと会わない間に重くなったな」
「きょうちゃん、苑樹も!」と言って、苑樹が両手を上げて抱っこをせがむ。
「えんちゃんもおいで!」
 影井は二人を抱えて、家の中に入って行った。俺と朱音も続く。
「いらっしゃい」
 リビングでは名達が赤ん坊を抱いてあやしていた。
「お、らしくなってきたんじゃねぇ?」
「ようやくですよ」
 名達が答えるより先に、キッチンから杏菜ちゃんが答えた。
「莉音ちゃん、苑樹くん、いらっしゃい」
「ほら、二人ともご挨拶は?」
「こんにちは」と、莉音が影井に抱っこされたまま挨拶する。
「こんにちは」と、苑樹も続く。
「体調、どう?」と言いながら、朱音が杏菜ちゃんに土産を渡す。
「寝不足ですけど、元気です」と、杏菜ちゃんが言った。
「赤ちゃん、見せて!」
 莉音に言われて、影井が二人を抱いたまま名達に寄る。
「あんじゅちゃん……かわいーーー」
 珍しく、莉音より先に苑樹が言った。
「お、えんちゃんのタイプか? 今のうちに予約入れとけ」と、影井が茶化す。
「よやく……?」
「そ。あんちゃんが大きくなったらお嫁さんにくださいって」
「おい、いらんこと教えるな」
「じゃあ、莉音はきょうちゃんよやく!」と言って、莉音が影井の頬にキスをした。
「――――!」
 俺は咄嗟に莉音を影井の腕から取り上げた。手で莉音の唇をごしごしと拭く。
「パパ、いたいー」
「幕田、大人気ないぞ」と、名達が笑う。
「うっせー」
「きょうちゃん、ちゅーしたらよやく?」
 影井の腕に残った苑樹が聞く。
「苑樹、杏樹あんじゅが好きなら俺が認めるまでちゅーはダメだぞ」
 名達が真顔で言う。
「まったく……バカなことばっかり言って――」
 朱音と杏菜ちゃんがため息をつきながら飲み物を運んできた。
「ママ! 莉音、きょうちゃんよやくした!」
 莉音は俺の腕をすり抜けて、朱音に飛びつく。
「りぃちゃん、きょうちゃんはもう結婚してるから、りぃちゃんと結婚は出来ないんだなぁ」と言いながら、影井は苑樹を降ろす。
「えーっ! やだっ! きょうちゃんのおよめさんになるぅ!」
 莉音が泣き出し、つられて苑樹も泣く。当然、杏樹ちゃんも泣き出す。
「二人とも、杏樹ちゃんがビックリしちゃっただろ」
 泣き止むように言っても、二人に俺の言葉は届いていない。朱音が二人の前に膝をつく。
「ほーら、莉音も苑樹も泣かないの! 幸せが逃げちゃうわよ」
「しあ……わせ……?」
「そ。泣くと幸せが逃げちゃうの。笑顔でいるとたくさん幸せになれるのよ」
「うー……」
 朱音の言葉に、二人は涙を止めようと必死だ。
「ほら、二人とも笑って?」と言って、朱音が二人の頭を撫でる。
「ママも……わらって?」と、苑樹が涙を拭いながら言った。
「ママ……しあわせ?」
「もちろん!」
 朱音が満面の笑顔を見せる。
「パパは?」と莉音が俺のズボンで涙を拭く。
「しあわせ?」
「ああ……幸せだよ」
 俺は愛しいわが子を抱き上げて、笑った。

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