ねぇ、笑って……?

深冬 芽以

9.解放-5


*****

 五日ぶりに、眠った。
 朱音を抱き締めて、朝までぐっすりと。
 だからか、昨日よりも余裕をもって朱音の話を聞けたと思う。
「妊娠してるって分かった時……怖くなったの。母親に捨てられた私が……子供を愛せるのか……」
 ホテル近くのファミレスで遅めの朝食をとりながら、朱音がポツリと言った。
「怖くなって……仁也さんの名前を呼んでしまった……。さすがに、次の日に彼が来るとは……思わなかったけど……」
 仁也は妊娠に怯える朱音の様子を聞いて、彼女を連れ出すことにしたのではないだろうか。
 そんな気がした。
「子供を産んでいいのか……ずっと迷ってた……。けど…………」
 朱音は言葉に迷い、野菜ジュースを一口飲んだ。
「朱音、ちゃんと言って?」
 俺の気持ちは決まっていた。だから、朱音の誤魔化しのない気持ちが知りたかった。
「仁也さんと一緒にいる間は、紫苑なことばかり考えてた……」
 惚れた弱みだ。
 たった一言で、こんなにも満たされる。
 嬉しくて、嬉しくてたまらなくなる。
「勝手だよね。こんなの……」
「そうだな……」と、俺も正直な気持ちを言葉にした。
「でも、もういい……」
「紫苑……?」
 朱音が少し潤んだ目で俺を見る。
 俺はグラスを持つ彼女の手に、自分の手を重ねた。
「俺は朱音を愛してるし、結婚して一緒に子供を育てていきたい。朱音と一生一緒にいたい」
 横を通る五十代の女性たちが、興味津々で俺たちを見て行った。
「朱音は……?」
「え……?」
 俺は彼女の手をグラスから離し、握りしめる。
「朱音、正直な気持ちを言ってくれ」
 朱音の手に力がこもる。
「後悔や罪悪感なんて考えないで。俺は朱音の本当の気持ちが知りたい」
「ほん……とうの……」
「俺は、後藤田を殴り殺してやりたいと思ってるよ。彼は俺が知らない朱音を知っていて、支えてきた。それだけでもムカついて仕方ないのに……」
 俺の手にも力がこもる。
「今の朱音にも触れた……」
 声が震える。
「ごめ――」
「――それでも!」と、俺は朱音の言葉を遮った。
「それでも……」
 ゆっくりと息を吐いて、呼吸を整える。
「これからの朱音が……俺だけのものなら、それでいい……」
 朱音は昨夜、『子供を産みたい』と言った。
 けれど、俺の元に戻るとは言ってない。
 朱音の口から、彼女の本心が聞きたい。
「俺には、朱音と別れる選択肢はない」
「紫苑……」
「朱音は?」
 無言で見つめ合う数秒が数時間にも感じられた。
 朱音の気持ちを聞きたい。
 でも、怖い。
 朱音の唇が開き、俺は呼吸を忘れた。
 周囲の雑音の一切さえ、聞こえない。
「そんなこと言って……。子供が生まれたら私なんかより子供が一番になるんでしょうね……」
 そう言った朱音は見たことのない、穏やかな表情をしていた。
「でも……それでいいわ……」
 じっと、俺は朱音の声に全神経を集中させる。
「私もきっとそうなるから」
 緊張と、体内の酸素不足で鼓動が速度を上げる。
「紫苑、愛してるわ。私と結婚してください」
 そう言った朱音の眩しい微笑みを、俺は一生忘れない――。

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