ねぇ、笑って……?
8.彼女の闇-7
「証拠はその鑑定書よ。それだけは曲げようのない事実だわ」
「そうよ……。その鑑定書は事実よ。聖也が後藤田不動産の正当な跡取りだという確固たる証拠じゃない! 会社は聖也のものよ! 聖也は仁也の息子なんだから!」
――――っ!??
俺と名達は顔を見合わせ、息を呑んだ。
聖也君は小さく肩を震わせ、ゆっくりとドアを開けた。
「どういうこと……?」
「せい……や? どうして――」
社長夫人の声は動揺し、聖也君以上に震えていた。
「答えてよ……。僕が兄さんの息子って……どういうこと?」
「何を言っているの? 聞き間違い――」
「――兄さん! どういうことだよ!?」
しばらく沈黙が続いて、誰のかわからないため息が聞こえた。
「朱音……」
仁也が朱音の名前を呼んだ。
「聖也君、仁也さんは聖也君の父親よ」と話し始めた朱音の声は冷静だった。
「社長と結婚した聖也君のお母さんは子供が欲しかったけれど出来なくて……」
「それで兄さんが……? 父さんは、母さんと兄さんのこと――」
「――違うわ! そうじゃない!」
俺はゆっくりとリビングを覗いた。
仁也と夫人はガラステーブルを挟んで対峙していて、朱音はキッチンにいた。が、すぐ聖也君に駆け寄る。
四日ぶりに見る朱音は元気そうで、安心した。
ドアの端から中を覗く俺に、朱音は気づかない。
「聖也君のお母さんと仁也さんは愛し合ってたわけじゃないし、社長は聖也君を実の息子だと思っているの」
「じゃあ……どうして……」
「それは……」
「教えてよ……朱音さん。お願いだから!」
朱音が仁也を見て、仁也は微かに頷く。
「あなたのお母さんは仁也さんに薬を……飲ませて……その間に――」
「――やめて!」
夫人の叫び声が聞こえた。
「嘘よ! 私は仁也にレイプされたの!! 私は悪くないわ! 悪いのは仁也よ!」
「いい加減にしてください! あなたがしたことのせいで、仁也さんがどれだけ苦しんだか――」
「――うるさい! 黙れ!!」
夫人が怒りに任せて朱音に掴みかかろうとした時、彼女の手で何かが光った。
「朱音!!」
俺がリビングに飛び込むのと同時に、仁也が朱音に覆い被さった。
「仁也さん!」
悲鳴のような朱音の声。
仁也の背後に立つ、派手な女。
目を吊り上げて、真っ赤な唇を半開きにした女は、後藤田仁也の首に細い棒を突き刺していた。
ドライバーのようにも見えたが、ソレはずいぶんと細く、金色に輝いている。
「兄さん!」
「仁也さん!」
朱音は仁也の腕から這い出ると、青白い顔で彼の肩を抱き、名前を繰り返す。
「だい……丈夫だ……」と、仁也は苦痛に顔を歪ませて言った。
「名達、救急車を呼んでくれ」
名達はリビングには入らず、スマホを耳に当てた。
俺は深呼吸をして、仁也と朱音の横に膝をついた。
「しお――」
ようやく朱音が俺を見た。みるみる間に瞳に涙が溢れる。
「――どうして……」
後藤田の首には棒が刺さったままで、出血はほとんどなかった。棒の長さは分からないが、首から十センチははみ出ているから、よほど長い棒じゃなければ傷は浅いだろう。
だが、安易に棒を抜いて大量出血したらと思うと、そうはできない。
仁也はゆっくりと身体を起こし、朱音から離れた。俺を見て息を吐き、それから朱音を見た。
「朱音……行け……」
傷は浅くても、仁也は苦しそうだった。
「君は……ここにいちゃいけない」
「仁也さ……」
仁也はもう一度、俺を見た。
「朱音を連れて帰ってください。彼女は……俺に脅されて無理やり――」
「――仁也さん!」
「朱音、俺たちはもう終わったんだ……」と言い、仁也が朱音の涙を指で拭った。
「ありがとう、朱音。君はもう……大丈夫だ」
「仁也……さ……」
朱音は首を振る。
「朱音、君は彼と幸せになるんだ――」
朱音はさらに首を振る。
「もう……充分だよ……」
仁也の顔が白くなってく。
「仁也さん!」
「俺と君は終わったんだ!」
そう言うと、仁也は力なくその場に倒れ込んだ。
遠くから救急車のサイレンが近づいてくることに気がついた。
「幕田、救急車が来る。お前は朱音さんと行け」
俺は泣き叫ぶ朱音を連れて、その場を離れた。
「そうよ……。その鑑定書は事実よ。聖也が後藤田不動産の正当な跡取りだという確固たる証拠じゃない! 会社は聖也のものよ! 聖也は仁也の息子なんだから!」
――――っ!??
俺と名達は顔を見合わせ、息を呑んだ。
聖也君は小さく肩を震わせ、ゆっくりとドアを開けた。
「どういうこと……?」
「せい……や? どうして――」
社長夫人の声は動揺し、聖也君以上に震えていた。
「答えてよ……。僕が兄さんの息子って……どういうこと?」
「何を言っているの? 聞き間違い――」
「――兄さん! どういうことだよ!?」
しばらく沈黙が続いて、誰のかわからないため息が聞こえた。
「朱音……」
仁也が朱音の名前を呼んだ。
「聖也君、仁也さんは聖也君の父親よ」と話し始めた朱音の声は冷静だった。
「社長と結婚した聖也君のお母さんは子供が欲しかったけれど出来なくて……」
「それで兄さんが……? 父さんは、母さんと兄さんのこと――」
「――違うわ! そうじゃない!」
俺はゆっくりとリビングを覗いた。
仁也と夫人はガラステーブルを挟んで対峙していて、朱音はキッチンにいた。が、すぐ聖也君に駆け寄る。
四日ぶりに見る朱音は元気そうで、安心した。
ドアの端から中を覗く俺に、朱音は気づかない。
「聖也君のお母さんと仁也さんは愛し合ってたわけじゃないし、社長は聖也君を実の息子だと思っているの」
「じゃあ……どうして……」
「それは……」
「教えてよ……朱音さん。お願いだから!」
朱音が仁也を見て、仁也は微かに頷く。
「あなたのお母さんは仁也さんに薬を……飲ませて……その間に――」
「――やめて!」
夫人の叫び声が聞こえた。
「嘘よ! 私は仁也にレイプされたの!! 私は悪くないわ! 悪いのは仁也よ!」
「いい加減にしてください! あなたがしたことのせいで、仁也さんがどれだけ苦しんだか――」
「――うるさい! 黙れ!!」
夫人が怒りに任せて朱音に掴みかかろうとした時、彼女の手で何かが光った。
「朱音!!」
俺がリビングに飛び込むのと同時に、仁也が朱音に覆い被さった。
「仁也さん!」
悲鳴のような朱音の声。
仁也の背後に立つ、派手な女。
目を吊り上げて、真っ赤な唇を半開きにした女は、後藤田仁也の首に細い棒を突き刺していた。
ドライバーのようにも見えたが、ソレはずいぶんと細く、金色に輝いている。
「兄さん!」
「仁也さん!」
朱音は仁也の腕から這い出ると、青白い顔で彼の肩を抱き、名前を繰り返す。
「だい……丈夫だ……」と、仁也は苦痛に顔を歪ませて言った。
「名達、救急車を呼んでくれ」
名達はリビングには入らず、スマホを耳に当てた。
俺は深呼吸をして、仁也と朱音の横に膝をついた。
「しお――」
ようやく朱音が俺を見た。みるみる間に瞳に涙が溢れる。
「――どうして……」
後藤田の首には棒が刺さったままで、出血はほとんどなかった。棒の長さは分からないが、首から十センチははみ出ているから、よほど長い棒じゃなければ傷は浅いだろう。
だが、安易に棒を抜いて大量出血したらと思うと、そうはできない。
仁也はゆっくりと身体を起こし、朱音から離れた。俺を見て息を吐き、それから朱音を見た。
「朱音……行け……」
傷は浅くても、仁也は苦しそうだった。
「君は……ここにいちゃいけない」
「仁也さ……」
仁也はもう一度、俺を見た。
「朱音を連れて帰ってください。彼女は……俺に脅されて無理やり――」
「――仁也さん!」
「朱音、俺たちはもう終わったんだ……」と言い、仁也が朱音の涙を指で拭った。
「ありがとう、朱音。君はもう……大丈夫だ」
「仁也……さ……」
朱音は首を振る。
「朱音、君は彼と幸せになるんだ――」
朱音はさらに首を振る。
「もう……充分だよ……」
仁也の顔が白くなってく。
「仁也さん!」
「俺と君は終わったんだ!」
そう言うと、仁也は力なくその場に倒れ込んだ。
遠くから救急車のサイレンが近づいてくることに気がついた。
「幕田、救急車が来る。お前は朱音さんと行け」
俺は泣き叫ぶ朱音を連れて、その場を離れた。
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