ねぇ、笑って……?
8.彼女の闇-2
*****
一睡も出来ないまま、俺は一人の夜を過ごした。食欲なんてなかったけれど、朱音が作ってくれたカレーを食べて、出かけた。パンダの中に眠っていた盗聴器を持って。
名達と影井も一緒に行くと言ってくれたが、断った。
過去に何があったにせよ、息子が父親に会いに行くのに付き添いは必要ない。
新幹線の中で目を閉じていたら、いつの間にか眠っていた。お陰で、頭がすっきりしたし、覚悟が出来た。
四年ぶりの実家。
母さんが死んだあと家を出て、それっきり。
俺はインターホンを押し、応答を待った。が、応答はなく、ドアが開いた。
「自分の家に帰るのに、鍵を使わないのか」
父さんが相変わらず不機嫌そうに言った。
「鍵は置いて出たから……」
俺の返事を聞いて、父さんの表情は一層険しくなった。
家の中は、様変わりしていた。
当然か……。
母さんの一周忌の後、叔母さんがこの家で暮らし始めた。きっとその時、家具を入れ替え、母さんの思い出を捨てたのだろう。
叔母さんに会うのは、父さんに会うよりも気が重かった。
二度と会いたくないと言い放った時は、のこのここの家に足を踏み入れることになるとは思いもしなかった。
「叔母さんは……?」
家の中は静まり返っていて、リビングにも叔母さんの姿はない。
そういえば、玄関に靴がなかった。
「ひと月前に、出て行った」と言って、父さんが台所に向かった。
ケトルに水を入れて、スイッチを押す。カップにインスタントコーヒーの粉を入れる。お湯をカップに注ぐ。
たったそれだけのことだけれど、俺には衝撃だった。
「父さんが台所に立っているの、初めて見たよ」
「コーヒーを淹れるくらいは出来る」と、父さんはそっけなく言った。
俺はダイニングテーブルの自分の席だった場所に座り、父さんが俺の前にカップを置いた。
「ありが……とう……」
初めて父親にコーヒーを淹れてもらって、礼を言うのが照れ臭かった。
「それで、わざわざ来た理由は?」
父さんが俺の正面に座った。
俺は膝の上できつく手を握った。
「力を……貸して欲しい……」
俺と母さんを裏切った男に助けを求めるのは、屈辱だった。けれど、今はそんなことを気にしている場合ではない。
朱音を探すためだ――!
「朱音が拉致された可能性がある。探して欲しい」
「拉致?」
俺は盗聴器をテーブルに置いた。
「昨日、社員旅行から帰ったら朱音がいなくなっていた」
俺は昨日の出来事全てを、順を追って話した。父さんは黙って聞いていた。
仕事の時とは違って髪は整っていなくて、服装もポロシャツにスラックス。なのに、威圧的に思うのは、俺の苦手意識のせいか。
「まず――」
俺が話し終えると、それまで黙って聞いていた父さんが低い声で言った。
「――脅迫があった可能性はあるが、状況からすると朱音さんは自分の意思で出て行ったのだろう。携帯のメッセージと同僚への休暇申請が根拠だ。となれば、休暇が終わる頃に帰って来る可能性もある」
確かに……そうかもしれない。
でも――。
「次に、朱音さんが拉致されたとして、犯人を後藤田仁也だと断定するには証拠が足りない。後藤田仁也かもしれないし、まったくの第三者の可能性もある」
確かに、そうだ。
だけど――。
「お前は朱音さんから後藤田仁也について聞いたことはないのか?」
「束縛が強くて別れたとしか……」
「その程度でストーカーだと決めつけるのは早急だな」
父さんの言うことは正論だ。冷静に考えれば、ストーカーだの拉致だのと騒ぎ過ぎなのかもしれない。けれど、俺には確信があった。
早く、朱音を見つけなければ――!
俺はゆっくりと立ち上がり、父さんの前で膝をついた。
「助けて……ください」
「何の真似だ」
父さんは鋭い目つきで俺を見下ろしていた。俺はたまらず頭を下げた。
「朱音は妊娠してるんだ!」
一睡も出来ないまま、俺は一人の夜を過ごした。食欲なんてなかったけれど、朱音が作ってくれたカレーを食べて、出かけた。パンダの中に眠っていた盗聴器を持って。
名達と影井も一緒に行くと言ってくれたが、断った。
過去に何があったにせよ、息子が父親に会いに行くのに付き添いは必要ない。
新幹線の中で目を閉じていたら、いつの間にか眠っていた。お陰で、頭がすっきりしたし、覚悟が出来た。
四年ぶりの実家。
母さんが死んだあと家を出て、それっきり。
俺はインターホンを押し、応答を待った。が、応答はなく、ドアが開いた。
「自分の家に帰るのに、鍵を使わないのか」
父さんが相変わらず不機嫌そうに言った。
「鍵は置いて出たから……」
俺の返事を聞いて、父さんの表情は一層険しくなった。
家の中は、様変わりしていた。
当然か……。
母さんの一周忌の後、叔母さんがこの家で暮らし始めた。きっとその時、家具を入れ替え、母さんの思い出を捨てたのだろう。
叔母さんに会うのは、父さんに会うよりも気が重かった。
二度と会いたくないと言い放った時は、のこのここの家に足を踏み入れることになるとは思いもしなかった。
「叔母さんは……?」
家の中は静まり返っていて、リビングにも叔母さんの姿はない。
そういえば、玄関に靴がなかった。
「ひと月前に、出て行った」と言って、父さんが台所に向かった。
ケトルに水を入れて、スイッチを押す。カップにインスタントコーヒーの粉を入れる。お湯をカップに注ぐ。
たったそれだけのことだけれど、俺には衝撃だった。
「父さんが台所に立っているの、初めて見たよ」
「コーヒーを淹れるくらいは出来る」と、父さんはそっけなく言った。
俺はダイニングテーブルの自分の席だった場所に座り、父さんが俺の前にカップを置いた。
「ありが……とう……」
初めて父親にコーヒーを淹れてもらって、礼を言うのが照れ臭かった。
「それで、わざわざ来た理由は?」
父さんが俺の正面に座った。
俺は膝の上できつく手を握った。
「力を……貸して欲しい……」
俺と母さんを裏切った男に助けを求めるのは、屈辱だった。けれど、今はそんなことを気にしている場合ではない。
朱音を探すためだ――!
「朱音が拉致された可能性がある。探して欲しい」
「拉致?」
俺は盗聴器をテーブルに置いた。
「昨日、社員旅行から帰ったら朱音がいなくなっていた」
俺は昨日の出来事全てを、順を追って話した。父さんは黙って聞いていた。
仕事の時とは違って髪は整っていなくて、服装もポロシャツにスラックス。なのに、威圧的に思うのは、俺の苦手意識のせいか。
「まず――」
俺が話し終えると、それまで黙って聞いていた父さんが低い声で言った。
「――脅迫があった可能性はあるが、状況からすると朱音さんは自分の意思で出て行ったのだろう。携帯のメッセージと同僚への休暇申請が根拠だ。となれば、休暇が終わる頃に帰って来る可能性もある」
確かに……そうかもしれない。
でも――。
「次に、朱音さんが拉致されたとして、犯人を後藤田仁也だと断定するには証拠が足りない。後藤田仁也かもしれないし、まったくの第三者の可能性もある」
確かに、そうだ。
だけど――。
「お前は朱音さんから後藤田仁也について聞いたことはないのか?」
「束縛が強くて別れたとしか……」
「その程度でストーカーだと決めつけるのは早急だな」
父さんの言うことは正論だ。冷静に考えれば、ストーカーだの拉致だのと騒ぎ過ぎなのかもしれない。けれど、俺には確信があった。
早く、朱音を見つけなければ――!
俺はゆっくりと立ち上がり、父さんの前で膝をついた。
「助けて……ください」
「何の真似だ」
父さんは鋭い目つきで俺を見下ろしていた。俺はたまらず頭を下げた。
「朱音は妊娠してるんだ!」
「ねぇ、笑って……?」を読んでいる人はこの作品も読んでいます
-
-
5,217
-
2.6万
-
-
1.2万
-
4.8万
-
-
9,711
-
1.6万
-
-
3万
-
4.9万
-
-
9,448
-
2.4万
-
-
2.1万
-
7万
-
-
6,681
-
2.9万
-
-
8,191
-
5.5万
-
-
1.3万
-
2.2万
-
-
2,534
-
6,825
-
-
89
-
139
-
-
14
-
8
-
-
614
-
1,144
-
-
6,044
-
2.9万
-
-
614
-
221
-
-
6,237
-
3.1万
-
-
6,199
-
2.6万
-
-
450
-
727
-
-
1,301
-
8,782
-
-
164
-
253
-
-
1,000
-
1,512
-
-
62
-
89
-
-
3,224
-
1.5万
-
-
23
-
3
-
-
86
-
288
-
-
71
-
63
-
-
33
-
48
-
-
398
-
3,087
-
-
218
-
165
-
-
2,860
-
4,949
-
-
3,548
-
5,228
-
-
116
-
17
-
-
27
-
2
-
-
4,922
-
1.7万
-
-
1,658
-
2,771
-
-
7,474
-
1.5万
-
-
408
-
439
-
-
2,629
-
7,284
-
-
42
-
52
-
-
62
-
89
-
-
220
-
516
-
-
104
-
158
-
-
34
-
83
-
-
51
-
163
-
-
42
-
14
-
-
1,391
-
1,159
-
-
183
-
157
-
-
215
-
969
コメント