ねぇ、笑って……?
6.喪失-1
「結婚 」
名達と影井が口をそろえて言った。
「そう、結婚」
呆けている二人のジョッキに自分のジョッキを重ねて乾杯し、俺は仕事の後の冷えたビールを楽しんだ。
「ちょ、ちょっと待て! どうしてそうなった?」
名達と影井は、今日は一日中外勤だった。残業して一時間ほど過ぎた頃に帰社した二人に、半ば無理やり飲みに連れてこられた。
心配をかけた詫びのつもりで、ここは奢るつもりだ。
最近、やたらこいつらに奢ってるな……。
「何か……色々吹っ切れたから?」
「から? じゃねぇよ!」
店員が枝豆と塩キャベツを運んできて、俺は二杯目ビールを注文した。
「そんなに驚くことか?」
「お前が朱音さんにベタ惚れなのはわかったし、複雑な家庭環境に育ったことも聞いた。けど、俺らまだ二十四だぞ? いや、五か? どっちでもいい! お前が俺の知らないところで主任にでも出世してるんじゃなければ、結婚できるほどの給料もらってないよな?」
名達がまくし立てた。影井も『うん、うん』と頷く。
「あ、そこ?」
「そこだろ!」
『若いんだから、早まるな』とか言われるんじゃないかと思った。
「金ならあるから大丈夫」
「ボーナス貯めてました、くらいじゃ結婚は出来ないんだぞ? うっかり子供でも出来てみろ、朱音さんが働けなくなったらお前の給料で養わなきゃいけないんだぞ」
「そうだぞ! 婚約指輪とか結婚指輪とか、貯金なんて簡単になくなるぞ!」と、影井が茶化した。
「いや……そういうんじゃなくて、母さんの遺産もらってるんだよ。だから、朱音が働かなくても生活は出来る」
「遺産?」
「正確には祖父さんのだけど。母さんが亡くなった時には俺は二十歳になってたから、正当な取り分は相続したんだ」
「お前……なんかムカつくわぁ……」と言った、名達がジョッキを空にした。
「けど、一緒に暮らしてるのに結婚を急ぐ必要があるのか?」
影井が音を立ててキャベツを噛みながら言った。
「もしかして出来ちゃった?」
「マジかっ!」
「違うよ。出来ても驚かないけど」
店員が焼き鳥や揚げ物をテーブルに置いて、空のジョッキを持って行った。
「もう子作り始めてんのか!」
「そういうわけじゃないけど、何回か……忘れたり?」
「お前……」
名達が呆れ顔で息を吐いた。
「ホント……、朱音さんのことになると迷いねぇな」
「迷い?」
俺は焼き鳥に手を伸ばす。
「別れた時の状況のせいで朱音さんに執着しているだけ、とか考えたことないのか?」
「それはないだろ」
意外にも、俺より先に影井が言った。
「いつも無表情でニヤリともしなかった幕田が、これだけ幸せそうにしてるんだぞ? これが愛以外のなんだっていうんだよ!」
「お前……よくそんな恥ずかしいこと言えるな……」と、名達が冷ややかな目で影井を見た。
「何が恥ずかしいんだよ! 愛する人がいる生活がどれだけ素晴らしいか……お前はわかってない! 俺だって……、俺だって……彼女欲しい!」
影井はテーブルに顔を伏せた。
「そこかよ……」
「そこだよ! お前に彼女が出来たせいで合コンが減って……俺の出会いの場が……」
「もう酔ってんの?」
影井はジョッキ一杯しか飲んでいない。
「酔えねーよ……寂しすぎて……」
「こいつはひとまず置いといて。幕田、本当に焦って結婚決めていいのか?」
「焦ってるわけじゃない。朱音と家族になりたいと思ったから、そう言っただけだ」
本心だ。
この先、朱音と再び別れるなんて考えられないし、他の女なんてもっとだ。
「お前がどれだけ女と遊んでも朱音さんを忘れられなかったのはわかった。でも、朱音さんの方は? お前と違って一緒に暮らすほど好きだった男がいたんだろ? まぁ、結局はお前を忘れられなくて別れたらしいけど」
初耳だった。
「なに、それ」
「杏菜が言ってたんだよ。朱音さんが元カレと別れたのは、お前との思い出のキーホルダーを捨てられそうになったからだとか……」
キーホルダー……?
頭に浮かんだのは、朱音が鍵につけているよれよれで色あせたパンダのキーホルダー。
あれは確か……。
「初めてのデートで買ったやつか……?」
「わかんねぇけど、杏菜がその話を聞いて感動してたよ……。お前と朱音さんが理想なんだと! ――ったく。俺のことばっか言うけど、あいつだって朱音さんとは似ても似つかないっつーの……」と、名達は頭を掻いた。
「グチか! ノロケか!」
影井が顔を上げた。通りがかった店員にビールを注文する。
「グチでもノロケでも言える相手がいるだけ幸せだよ、お前ら」
「ひがむな! 相手がいたらいたで悩みもあるんだよ!」と言って、名達が焼き鳥を頬張った。
「まぁ、いいや! お前が決めたことなら俺たちがとやかく言うことじゃないしな。朱音さんに幸せにしてもらえ!」
「なんで俺が幸せにしてもらうんだよ」
「どっからどう見ても、朱音さんに幸せにしてもらってるだろ」
名達は串を俺に向けて振った。
「愛想突かされんなよ!」
「俺も……幸せにしてもらいたい!」
影井が俺のジョッキを奪って飲み干した。
名達と影井が口をそろえて言った。
「そう、結婚」
呆けている二人のジョッキに自分のジョッキを重ねて乾杯し、俺は仕事の後の冷えたビールを楽しんだ。
「ちょ、ちょっと待て! どうしてそうなった?」
名達と影井は、今日は一日中外勤だった。残業して一時間ほど過ぎた頃に帰社した二人に、半ば無理やり飲みに連れてこられた。
心配をかけた詫びのつもりで、ここは奢るつもりだ。
最近、やたらこいつらに奢ってるな……。
「何か……色々吹っ切れたから?」
「から? じゃねぇよ!」
店員が枝豆と塩キャベツを運んできて、俺は二杯目ビールを注文した。
「そんなに驚くことか?」
「お前が朱音さんにベタ惚れなのはわかったし、複雑な家庭環境に育ったことも聞いた。けど、俺らまだ二十四だぞ? いや、五か? どっちでもいい! お前が俺の知らないところで主任にでも出世してるんじゃなければ、結婚できるほどの給料もらってないよな?」
名達がまくし立てた。影井も『うん、うん』と頷く。
「あ、そこ?」
「そこだろ!」
『若いんだから、早まるな』とか言われるんじゃないかと思った。
「金ならあるから大丈夫」
「ボーナス貯めてました、くらいじゃ結婚は出来ないんだぞ? うっかり子供でも出来てみろ、朱音さんが働けなくなったらお前の給料で養わなきゃいけないんだぞ」
「そうだぞ! 婚約指輪とか結婚指輪とか、貯金なんて簡単になくなるぞ!」と、影井が茶化した。
「いや……そういうんじゃなくて、母さんの遺産もらってるんだよ。だから、朱音が働かなくても生活は出来る」
「遺産?」
「正確には祖父さんのだけど。母さんが亡くなった時には俺は二十歳になってたから、正当な取り分は相続したんだ」
「お前……なんかムカつくわぁ……」と言った、名達がジョッキを空にした。
「けど、一緒に暮らしてるのに結婚を急ぐ必要があるのか?」
影井が音を立ててキャベツを噛みながら言った。
「もしかして出来ちゃった?」
「マジかっ!」
「違うよ。出来ても驚かないけど」
店員が焼き鳥や揚げ物をテーブルに置いて、空のジョッキを持って行った。
「もう子作り始めてんのか!」
「そういうわけじゃないけど、何回か……忘れたり?」
「お前……」
名達が呆れ顔で息を吐いた。
「ホント……、朱音さんのことになると迷いねぇな」
「迷い?」
俺は焼き鳥に手を伸ばす。
「別れた時の状況のせいで朱音さんに執着しているだけ、とか考えたことないのか?」
「それはないだろ」
意外にも、俺より先に影井が言った。
「いつも無表情でニヤリともしなかった幕田が、これだけ幸せそうにしてるんだぞ? これが愛以外のなんだっていうんだよ!」
「お前……よくそんな恥ずかしいこと言えるな……」と、名達が冷ややかな目で影井を見た。
「何が恥ずかしいんだよ! 愛する人がいる生活がどれだけ素晴らしいか……お前はわかってない! 俺だって……、俺だって……彼女欲しい!」
影井はテーブルに顔を伏せた。
「そこかよ……」
「そこだよ! お前に彼女が出来たせいで合コンが減って……俺の出会いの場が……」
「もう酔ってんの?」
影井はジョッキ一杯しか飲んでいない。
「酔えねーよ……寂しすぎて……」
「こいつはひとまず置いといて。幕田、本当に焦って結婚決めていいのか?」
「焦ってるわけじゃない。朱音と家族になりたいと思ったから、そう言っただけだ」
本心だ。
この先、朱音と再び別れるなんて考えられないし、他の女なんてもっとだ。
「お前がどれだけ女と遊んでも朱音さんを忘れられなかったのはわかった。でも、朱音さんの方は? お前と違って一緒に暮らすほど好きだった男がいたんだろ? まぁ、結局はお前を忘れられなくて別れたらしいけど」
初耳だった。
「なに、それ」
「杏菜が言ってたんだよ。朱音さんが元カレと別れたのは、お前との思い出のキーホルダーを捨てられそうになったからだとか……」
キーホルダー……?
頭に浮かんだのは、朱音が鍵につけているよれよれで色あせたパンダのキーホルダー。
あれは確か……。
「初めてのデートで買ったやつか……?」
「わかんねぇけど、杏菜がその話を聞いて感動してたよ……。お前と朱音さんが理想なんだと! ――ったく。俺のことばっか言うけど、あいつだって朱音さんとは似ても似つかないっつーの……」と、名達は頭を掻いた。
「グチか! ノロケか!」
影井が顔を上げた。通りがかった店員にビールを注文する。
「グチでもノロケでも言える相手がいるだけ幸せだよ、お前ら」
「ひがむな! 相手がいたらいたで悩みもあるんだよ!」と言って、名達が焼き鳥を頬張った。
「まぁ、いいや! お前が決めたことなら俺たちがとやかく言うことじゃないしな。朱音さんに幸せにしてもらえ!」
「なんで俺が幸せにしてもらうんだよ」
「どっからどう見ても、朱音さんに幸せにしてもらってるだろ」
名達は串を俺に向けて振った。
「愛想突かされんなよ!」
「俺も……幸せにしてもらいたい!」
影井が俺のジョッキを奪って飲み干した。
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