ねぇ、笑って……?

深冬 芽以

5.温もり-5

「これ以上、紫苑の気持ちを乱すようなことはやめてください。紫苑が求めない限り、あなたもあなたのご主人も、紫苑の人生には必要ない」
「あなたにそこまで言う資格はないでしょう。あの子が何て言おうと、私はあの子の叔母で、主人は父親よ」
「だから、尚更です。少なからず血の繋がりがあるからこそ、許せないんじゃないですか? それに、いつか紫苑があなたたちを許せたとしても、私は紫苑を苦しめたあなたたちを許すことはありません。だから、もう二度と私と紫苑には関わらないでください」
「紫苑との関係に随分と自信があるようだけど、私を非難できるほど真っ当な関係?」
 叔母さんはフンッと鼻で笑った。
「傷を舐め合っているだけでしょう?」

 まさか――!

「紫苑はあなたの過去を知っているの?」
 俺は反射的に立ち上がった。
 これ以上、この女に朱音を侮辱させるわけにはいかない。
「そこまでだ」
 朱音の隣に座り、ソファにもたれる。
 朱音は背後に結城さんたちの姿を見て、状況を察したようだった。
「紫苑……どうして……」と、叔母さんが驚きを隠せずにいた。これは演技ではなさそうだ。
「叔母さん、俺の気持ちは朱音の言った通りだよ。俺は父さんもあんたも許さない。俺の人生に、あんたたちはいらない」
「紫苑……。母親を亡くして辛いのはわかるわ。でも、私たちだって――」
「――何がわかる!?」
 俺はテーブルの下で、朱音の手を握った。
「あんたは……冷たくなった人間に触れたことがあるか!?」
 今の俺もそうだ。裸で水風呂に入っているように寒くて冷たくてたまらない。けれど、俺には朱音がいる。いてくれる。
「冷たく白くなった人間を抱き上げたことがあるのか!!」
 朱音に触れる右手だけが、熱を感じられる。
 俺は確かに生きていると、信じられる。
 それが、どれほど嬉しいか。救われるか。
 叔母さんは青ざめた顔で俺を見ていた。それでも、あの時の母さんよりはずっと、生きている人間の色だ。
「何もわかっていないのはあんただ。傷を舐め合って何が悪い? あんたたちみたいに傷を見て見ぬふりをするよりずっとマシだ」
「紫苑! あなたはこの女の本性を知らないから――」
「――大切なものを全力で守ることの何が悪い!」
 身体が震えるほどの怒りを感じることは、きっとそうあることじゃない。
 顔が原型を留めないほど殴ってやりたい衝動に駆られることも。
 朱音が手をしっかりと握り返してくれているから、俺は何とか正気を保っていた。
「紫苑のお母さんが自ら死を選んだ気持ち……わかる気がします」
 朱音が静かに言った。
 これには、驚いた。
「弱さじゃなく……プライドだったのかもしれない」
「プライド?」
「そう。『妻』としてのプライド」
 朱音は叔母さんの目を真っ直ぐ見据えて言った。
「死ぬことで『妻』の座を守った」
「な――」
「――自分の後に誰が妻となっても、夫は必ず最期に自分の元に帰って来る……」
「はっ……?」
「あなたはお姉さんのように『妻』としてご主人と同じお墓に入れますか?」
 叔母さんが目を見開いて、身体を震わせた。
 朱音の言葉の意味が俺にはよくわからない。

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