ねぇ、笑って……?

深冬 芽以

3.彼女の過去-2

「そうは言われても……。私も葉山さんのことはよく知らないんです。葉山さん、会社の誰とも親しくしてないし……」
「朱音は中途採用のはずだけど、結城さんが入社した時には、もう働き始めてた?」
「はい。私たちの三か月くらい前からのはずです。元はインテリアコーディネーターをしてたって……」
「朱音はハウスメーカーのインテリア部門に入社したんだ」
 朱音は大学で建築・デザインを専攻していた。
「入社直後の研修の課題で行き詰っていた時に、アドバイスをいただいたんです。それから私が勝手に葉山さんを慕って……」
「転職の理由とか、聞いたことない?」
 店員がホットコーヒーを二つとホットカフェオレを一つ、運んできた。
「向いてなかった、って言ってました」
 就職出来て喜んでいた朱音の姿を思い出すと、二年もしないで挫折するとは考えにくかった。
「あ、でも! 噂はあったんです。もちろん、根拠はないんですけど……」
「噂?」
 結城さんは言いにくそうに、カフェオレに息を吹きかけた。
「噂をそのまま信じたりしないから大丈夫だよ」
「あの……。転職の理由は、葉山さんが前の会社で上司と不倫してたからだ……とか……、社長の息子と付き合ってるのがバレて社長に追い出されたとか……」
 不思議と、俺の中で前者の可能性はきっぱり否定できた。そんなに浅はかな女じゃない。

 ……となると……、後者?
 いや、まったくのデマの可能性もある。

「もちろん、私は信じてないんですけど……」
 結城さんはまたも口ごもった。
「なに?」
「いえ……。その……葉山さんの不倫は続いてるんじゃないかって……」
「誰か、見た人でもいるの?」
「そうじゃないんですけど、葉山さんの行動が……」
「行動?」
「はい。庶務課は基本的に残業がないので、葉山さんは定時に上がるんですけど、毎週金曜日だけは飲み会や合コンに参加するんです。それがない日は、会社の近くの本屋や映画館に行くらしくて……。だから、毎週金曜日に不倫相手に会うために時間を潰してるんじゃないかと……」

 毎週金曜日……。

「結城さん。朱音の名誉の為にも言っておくけど、先週の金曜日は俺が朱音をマンションまで送って部屋にも上がったし、一昨日の金曜日は朱音は俺の部屋にいたんだ」
「そう……なんですか」
「うん。だから、毎週金曜日に不倫相手に会ってる、っていうのは完全にデマだね」
「そっか……」と、結城さんはホッとしたようにカップに口をつけた。
「なぁ、葉山さんの前の職場ってどこだ?」
 黙って聞いていた名達が口を開いた。
後藤田ごとうだ不動産」
「一流じゃん」
「朱音、かなり成績良かったから」
「あれっ? 後藤田不動産て……」と言って、名達が考え込む。
「そうだ! 影井の姉ちゃんが働いてたはずだ」
「はっ?」
「前に影井が年上の女と歩いてるのを見て問い詰めたら、姉ちゃんだって……。後藤田不動産で建築士してるって聞いた気が……」
 俺は即座に影井の番号を呼び出した。

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