ねぇ、笑って……?

深冬 芽以

1.再会-5

「先輩、近くにスーパーないの? デリバリーより買ってきた方が早くない? 外で食べてもいいし」
「え……」と少し戸惑って、先輩は壁の時計を見上げた。
 二十時二十分。
「あと十分……待って……」
「十分?」
 俺が聞き返すと、先輩はハッとして顔を伏せた。
「えと…………」
 先輩が困った顔で、言えない理由の代わりの言葉を探す。
 俺は先輩を抱き締めた。
「しお——」
「――十分、抱き締めさせて?」
 背中に先輩の手の温もりを感じて、俺は腕に力を込めた。
「ずっと……会いたかった————」
 四年間、夢にまで見た先輩が、腕の中にいる。
 先輩の雰囲気が変わっていることや、笑顔を見せてくれないことは寂しいし、理由が気になったけど、今は腕の中ここに先輩がいることが嬉しかった。
「先輩は……怒ってないの?」
 先輩を抱き締めたまま、聞いた。
 彼女の肩に、額を押し付ける。
「四年も前のことだから……忘れた?」
 先輩が俺の胸でぐりぐりと首を振る。
「忘れたことなんて……ない……し……、怒っても……いない……」

 ああ……、そうか——。
 先輩は知っているんだ。
 あの日……、俺が先輩の見送りに行けなかった理由を。
 先輩は知っているんだ————。

「そっか……」と言って、俺はゆっくりと先輩から身体を離した。
「買い物……行こうか……」
 先輩は小さく頷いた。
 先輩のマンションから五分ほどの場所に、二十四時間営業のスーパーがあった。薬局も併設されていて、同じく二十四時間営業。
「いいね、近所に二十四時間営業のスーパーがあるの。俺んとこは駅からアパートまでにコンビニ一軒だよ」
 俺は六本パックの缶ビールとグレープフルーツの酎ハイを二本、買い物かごに入れた。
「紫苑、こんなに飲むの?」
「ん? 酎ハイは先輩の……」と言って、ハッとした。
「ごめん、勝手に。昔、よく飲んでたから……」
 俺は酎ハイを棚に戻そうとした。
「ううん。それでいい」
 
 あ……笑った……?

 先輩の口角がほんの少し上がった気がした。
 再会して二時間弱で、初めて見た先輩の穏やかな表情。付き合っていた時に見た無邪気な子供のような笑顔とは違う、大人の女性の優しい微笑みは寂し気で、妙に色っぽかった。
 付き合っていた頃もよく一緒に、先輩のアパート近くのスーパーに買い物に行った。俺が店内を一周する間に、先輩は二周も三周もして買い物かごをいっぱいにしていた。その先輩が、俺と同じペースで店内を歩いている。
 不思議な気分だった。
 先輩がかごに入れたのは、チルドのピザを二枚と、冷凍のポテト、枝豆だけだった。
 マンションに戻った俺は、セキュリティの高さに驚いた。さっきは気持ちが高ぶっていてよく見ていなかったけど、カードキーでエントランスに入り、エレベーターホール前で暗証番号を入力し、部屋のドアは鍵を使うという三重のセキュリティ。
「先輩……このマンションて高いよね」と、エレベーターの中で聞いた。
「うん」
「SHINAってそんなに給料高いの?」
「普通……じゃないかな」
 部屋に戻ると、俺に「適当に座ってて」と言って、先輩は台所に立った。
 俺はダイニングテーブルから、先輩を眺めていた。
 十分後、テーブルにはピザとフライドポテト、枝豆、レタスのサラダが並んだ。買った時にはチーズのみでシンプルだったピザは、サラミやコーンなどのトッピングが施されて、デリバリーのような豪華さになっていた。
 時間が戻ったようだった。
 もう一度、先輩と二人で食卓を囲むことが出来るなんて、夢のようだった。
 お互いに言葉は少ないけれど、沈黙も苦にはならなかった。少なくとも、俺はそうだった。

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