ねぇ、笑って……?

深冬 芽以

プロローグ

幕田まくたさんは簡単に笑顔を見せないところが、クールで格好いい』
 女子社員が俺のことをそう言っているのを聞いた。

 何がクールだ。

 誰も俺のことなんてわかってない。

俺は、笑顔を『見せない』んじゃない『見せられない』んだ。

紫苑しおんの笑った顔が好きよ」
 そう言って笑う先輩の記憶が、日を追うごとに薄れていく。
 それなのに、会いたい気持ちは増していく。
 先輩と別れた日、彼女の写真も、もらったプレゼントも捨ててしまった。携帯のデータも消してしまった。
 それを後悔しない日はない。

 会いたい。
 会いたい……。
 会いたい…………。

 先輩は、俺を憎んでいるだろうか。
 それでもいい。
 憎しみでも、嫌悪でも、懐かしさでも、先輩が俺を覚えていてくれるだけでいい。

 先輩は、笑っているだろうか?
 俺の好きだったあの笑顔は、今は俺じゃない誰かのものだろうか?

 それでもいい。
 もう一度、先輩の笑顔が見たい。
 あの頃、呼べなかった先輩の名前を呼びたい。
 それだけで、俺も許される気がするんだ。

 先輩が笑ってくれたら、きっと……。
 俺も笑える気がするんだ——。

 だから。

 ねぇ、笑って……?
 笑顔で、俺を許して————。

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