嘘と微熱〜甘美な一夜から始まる溺愛御曹司の愛執〜

桜月海羽

四章 甘い微熱/四、愛執 Side Masaomi【3】

* * *


ちらちらと雪が舞う、二月上旬の土曜日の夜。
数日前に創業一五〇周年を迎えた鷹見グループの記念パーティーを開き、タカミホテルのパーティー会場では二百名を超える出席者たちが談笑していた。


オートクチュールのドレスを纏う茉莉花は、華やかな装いの女性たちの中でひときわ美しかった。
俺の隣にいるにもかかわらず、彼女に向けられる男性陣の視線の多さに苛立ったほどだ。


そんな中で茉莉花をひとりにさせるわけにはいかず、壇上に上がるタイミングで小倉をつけた。
彼女の隣には誰も立たせたくないが、招待した仁科の家族のもとには諸事情で行かせるわけにもいかず、不本意ながらも小倉が適任だったのだ。


祖父と父の挨拶が済み、マイクの前に立つ。


「皆様、本日はお忙しい中お集まりいただき、誠にありがとうございます。さきほど当グループの会長と社長の言葉にもありました通り、皆様の温かいご支援のおかげで鷹見は創業一五〇周年を迎えることができました」


あれほど面倒に感じていた挨拶も、今日は億劫じゃない。


「鷹見は今後もタカミホテルを基盤に、引き続きタカミステーションホテルや輸入事業を拡大するとともに、投資や融資も積極的に行ってまいります」


俺にとってなによりも大切な報告をするためだと思えば、むしろ笑顔でできた。


「そして、本日はもうひとつご報告がございます」


壇上近くに控えさせている小倉の隣にいる茉莉花が、俺の方を真剣な眼差しで見ている。彼女と目が合った瞬間、自然と頬が緩みそうになった。


「私事ではございますが、このたび私、鷹見雅臣は、兼ねてよりお付き合いしていた女性と婚約いたしました」


それをこらえ、平静を装った笑みで告げる。
一瞬静まり返ったあと、一気に拍手と歓声が沸き上がり、どこからか悲鳴のような声も聞こえてきた。


「本日は皆様にもお披露目させていただきます。茉莉花、おいで」


目を真ん丸にしていた茉莉花は、小倉に促されても足を踏み出せない。
驚きや戸惑いが全部顔に出ている彼女が可愛くて、うっかり抱きしめたくなった。


茉莉花は、少し間を置いてハッとしたように小倉に頷き、こちらへ向かってくる。
緊張の面持ちながらも背筋はしっかりと伸び、歩く姿は凛としていた。
数段の階段を下り、彼女をエスコートして壇上に戻る。


「ご紹介いたします。婚約者の仁科茉莉花さんです」


茉莉花の腰に手を添えれば、彼女は肩を小さく震わせながらも丁寧に頭を下げた。


「これからは彼女とともに生き、そしてこれまで以上に鷹見の発展のため力を尽くす所存です。未熟なふたりではございますが、今後とも変わらぬご支援をいただけますよう何卒よろしくお願いいたします」


深々と一礼した俺に倣うように、茉莉花も再び腰を折る。
緊張しているとは思えないほど堂々としていて、真っ直ぐに招待客たちを見つめる彼女の横顔に思わず見入ってしまいそうだった。


万雷の拍手が沸き、温かな歓声に包まれる。
茉莉花はホッとしたように微笑み、俺は彼女とともに壇上から下りた。


「このたびはご婚約おめでとうございます」


しばらくして声をかけてきたのは、万里小路社長と希子さんだった。


「ありがとうございます」


動揺と悔しさを滲ませる万里小路社長の隣で、彼女も不満をあらわにしている。
そんな顔をされるほど親しくした覚えはなく、むしろ希子さんへの怒りの炎は未だに静かに燃えている。


「万里小路社長。本日はありがとうございます」


そこへ声をかけに来たのは父で、傍らに立つ母はどこか含みのある笑みを見せた。


「鷹見社長……! このたびは創業一五〇周年とご子息のご婚約、誠におめでとうございます」
「ありがとうございます。万里小路社長のご支援には感謝しております」
「いいえ、とんでもございません! しかし、雅臣社長に素敵な方がいらっしゃったなんて……。傷心する女性が多いでしょうね」
「いやいや、私たちは息子が素敵なお嬢様を連れて来てくれて安心しました。どこやらでは政略結婚のような話があったそうですが、少なくとも私は今の時代にはそぐわないと考えていたんですよ。いったい誰がそんな噂を流していたのだか」


父の言葉に、万里小路社長と希子さんの顔色がサッと変わる。


「そ、そんな輩が……! 世の中には身の程知らずの者がいるものですね!」


いったいどの口がそれを言うのか……とため息が漏れそうになる。
しかし、さすがの万里小路社長も彼女も、正式に婚約を発表したとあっては覆ることはないということはわかっているようだった。


「いやぁ、本当に信じられません! 雅臣社長が選んだ女性を差し置いて、けしからん人間ですね。わたくしどもは心よりお祝いいたします! なぁ、希子!」
「……ええ、もちろんです」


万里小路社長にしてみれば、自身と万里家具の保身に走りたいはず。
わかりやすく態度を変える姿に、今後の付き合いを考え直そうかと過ったほどだ。
俺の視線に気づいた両親が、一瞬だけ意味深な笑みを浮かべた。
どうやら、ふたりも勝手に持ち上がっていた婚約の件で怒っていたらしい。


一方の茉莉花は、意外にも希子さんのことはもう気にしていないのか、彼女に睨まれても笑顔で受け流していた。
『会社で肩身が狭くても笑顔で過ごすようにしてる』と言っていただけのことはある。


その表情は俺から見れば明らかに繕ったものだったが、希子さんはたじろいでいるようだった。
浩人さんにあんな風に言ったが、意外と俺もまだまだ茉莉花のことをわかっていないのかもしれないな、と密かに小さな苦笑を零してしまう。


その後、パーティーは滞りなく進み、予定よりも少し遅れて終わりを迎えた。

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