嘘と微熱〜甘美な一夜から始まる溺愛御曹司の愛執〜

桜月海羽

四章 甘い微熱/四、愛執 Side Masaomi【2】

一月下旬の週末。


「茉莉花、来月上旬のパーティーに同伴してくれる?」
「え? それって、鷹見グループの創業記念パーティーだよね?」


銀座ぎんざにあるレストランの個室でディナーを堪能したあとで茉莉花に尋ねると、彼女はコーヒーカップを持ったまま目を丸くした。


「そうだよ。今年は一五〇周年だから色々とあってね。できれば、茉莉花には俺のパートナーとして出席してほしいんだ」
「でも……」


戸惑いを隠さない素直さに、ふっと笑みが漏れる。


茉莉花が困惑しているのは、まだ俺との結婚自体に戸惑っているからだ。
恋人になったとはいえ、若い彼女にとっては結婚が現実的ではないのかもしれない。
クリスマス以来、話がとんとん拍子に進んでいるため、付き合ったばかりということもあって気持ちが追いつかない部分もあるのだろう。


「オミくんは私でいいの?」
「パーティーの話? それとも、結婚の話?」


言い淀んだ茉莉花に、瞳を緩めてみせる。


「お互いのことはよく知ってるし、両家の両親の許可も得たんだから結婚するのになんの問題もないだろ? ついでに言うと、順番が違ったせいで俺はもう茉莉花の身体の隅々まで知ってる。あとは戸籍上で茉莉花を俺の妻にするだけだよ」
「もう……」


にっこりと笑う俺に、彼女が赤面する。


「パーティーについては祖父の意向だから、むしろ胸を張って出席してくれないと困るかな。俺の妻になるんだから、堂々と隣にいてよ」
「うん……。上手く振る舞えるかわからないけど、頑張るね」
「ありがとう。じゃあ、そのときにはこれをつけていてほしいんだけど」


グレーのテーブルクロスの上に置いたのは、小さな箱。
それを開けるよりも早く、茉莉花が瞠目する。
中に鎮座している指輪を見せた瞬間、彼女の瞳に涙が浮かんだ。


「っ……」
「プロポーズがあんな感じで、そのあとは半ば勢いで両親たちに挨拶に行ったからすっかり遅くなったけど……左手の薬指にはめてくれる?」


フランスの老舗ジュエリーブランドでデザインしてもらった一点もの。
世界でたったひとつ、茉莉花のためだけに作らせたエンゲージリングだ。
もうずっと前から、ブランドもデザイナーも決めていた。
彼女が二十歳のとき、憧れのブランドとして名前を挙げた日から。


オーダーしたのは、茉莉花に最初にプロポーズした直後だった。
鷹見の名前を出せばすぐに受けてくれたが、さすがに急いで作らせたために少々手間取った。
それでも、彼女にはどうしても世界でひとつだけの指輪を贈りたかったのだ。


「やだ……どうしよう……」


涙が止まらない様子の茉莉花に、愛おしさが込み上げてくる。


「オミくんが一緒にいてくれるのなら、もうなにもいらないって思ってたのも本当なのに……すごく嬉しくて、ッ……」
「俺が茉莉花につけていてほしいんだよ。俺のものだ、って証でもあるから」


上手く言葉にならない彼女の瞳が、幸せそうにたわむ。


「うん……」
「仁科茉莉花さん」


俺は、絶え間なく突き上げてくる愛おしさを抱えて、茉莉花を見つめた。


「全力で幸せにするから、俺の傍でずっと笑っていてください」
「はい」


彼女が花が綻ぶように微笑み、また涙で頬を濡らす。


左手を出すように言えば、白くて華奢な手が差し出された。
細くしなやかな薬指に、愛と誓いを込めて指輪をはめる。
前面だけ蔦のように絡む片方はプラチナ、もう片方にはプラチナ部分一面にメレダイヤが敷き詰められ、中心には四つの爪で固定されたダイヤモンドが輝いている。
華やかでありながら柔らかさと繊細さを兼ね備えたフォルムは、想像よりもずっと茉莉花によく似合っていた。


幸福感を滲ませる彼女が、これ以上ないほど嬉しそうに破顔する。
その笑顔を見ているだけで幸せで、心は穏やかな温もりで満たされた。

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