嘘と微熱〜甘美な一夜から始まる溺愛御曹司の愛執〜

桜月海羽

二章 絡みゆく想い/四、劣情 Side Masaomi【5】

「タカミステーションホテルは海外進出を予定しており、今冬にアメリカで一号店がオープンします。それを皮切りに、ヨーロッパやアジアでも展開していく予定です」
「存じ上げております」
「一般的にビジネスホテルではウェルカムドリンクなどは出しませんが、タカミステーションでは海外のみサービスの一環として取り入れる予定です。その中で、来春にフランスとイタリアにオープンする二号店と三号店で出すウェルカムスイーツについては、まだどのブランドと契約するかが決まっておりません」


正式には、候補はすでにいくつかある。そのすべてが、こちらから持ち掛ければいい返事を期待できる会社ばかりだ。


「もし、十月末までに新製品をご提案いただけるのであれば、弊社での使用を考えさせていただければと思いますが、いかがでしょうか? ただし、製品は和菓子で、ウェルカムドリンクとともに気軽に摘まめるものが条件になります」


それでも、こうした話題を出したのは、仁科の今後に期待感があるから。
今はまだ知名度は高いとは言えず、世界的に見れば無名の会社だが、今後はさらに飛躍していくと見ている。
そこに希望を見出したのだ。


「それから、これはあくまで候補のひとつとして考える、というお話ですので……」
「やります……! やらせてください!」


身を乗り出した裕人に続き、浩人さんと百合さんの身体も前のめりになる。


「わかりました。では、期待しています」


その後、ホテルの雰囲気や客層のイメージを伝えると、裕人たちは「早急に新製品を考えてご連絡いたします」と言い置き、慌ただしく社長室から出て行った。


「少しよろしいですか。社長としてではなく、茉莉花の父親として」


俺も立ち上がろうとしたが、浩人さんからそう言われて姿勢を正し直す。
小倉には先に下りておくように告げ、浩人さんとふたりきりになった。


「茉莉花がいつもお世話になっています」


にこやかな顔つきには、俺への信頼が表れていた。
俺が裕人の友人であることや、茉莉花と年が離れていることなどを踏まえ、浩人さんは俺が彼女に手を出すなんて微塵も考えていないのだろう。
これまで茉莉花と会うときには必ず、彼女を早めに家に帰していたことも信用に繋がっているようだった。


「あの子は世間知らずで引っ込み思案ですが、鷹見社長によく懐いているようですし、鷹見社長が相手なら余計な心配もしなくて済みます」


暗に、君なら分別があるだろう、と言われている気がした。
俺たちがキスどころかセックスまでしているなんて、浩人さんは夢にも思っていないに違いない。
罪悪感がないと言えば嘘になるが、笑顔を繕うのは板についているつもりだ。


「茉莉花に見合いの話があるとか」


何喰わぬ顔で切り出せば、彼が「ああ、お聞きになりましたか」と笑った。


「実は、さきほどここに同席していた社員なんですがね。仕事ができるし、家柄も本人も申し分がない。見合いのことを切り出してみたら乗り気でしたし、結婚後は茉莉花が専業主婦になれる程度の給料は支払いますから、これで私も安心です」


裕人の隣で熱心にメモを取っていた社員の顔をよく思い出し、苦虫を噛み潰したような気分にさせられる。
あの男が……と思うと、とても穏やかな気持ちでいられなかった。


「もっといい縁談があればとも思いますが、それでも茉莉花には充分かと」
「でしたら、私が立候補したいくらいですよ」
「え? いやいや……茉莉花ではただご迷惑をおかけするだけです。せめて、百合でしたら」


驚いたような顔をした浩人さんの言葉に、そういう問題じゃない……と苛立つ。


「それにしてもご冗談が上手い」
「本気ですよ」


すかさず切り返すが、浩人さんは本気にしていないらしく笑うだけだった。


「茉莉花は出来がいい方ではありません。私にとっては可愛い娘ですが、兄や姉のようなスキルもないため、嫁の貰い手もないのではないかと心配だったんです。ですが、うちの社員と結婚させればずっと私の傍に置いておけますからね」


浩人さんの話ぶりからは悪意はなく、本心から茉莉花を心配しているのが伝わってくるが、きっと彼女にとっては重荷でしかない。
そのことに浩人さんはおろか、茉莉花本人も気づいていないのだろう。
彼女の心を縛りつけている家や父親からの呪縛を解いてやりたい。


茉莉花の意思次第ではあるが、少なくとも俺から見れば彼女の望みに反しているのは明白なのだ。
なにより、茉莉花を愛している俺にとって、最愛の女性が手に入らないことは元より、彼女が幸せになれない未来だけは受け入れられなかった。

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