嘘と微熱〜甘美な一夜から始まる溺愛御曹司の愛執〜
二章 絡みゆく想い/四、劣情 Side Masaomi【3】
* * *
二日後の金曜日。
小倉とともに仁科フーズに出向くと、浩人さんが笑顔で迎えてくれた。
「わざわざご足労いただいて申し訳ありません」
「いえ。一度、御社を拝見させていただきたいと思っておりましたので、今日はちょうどいい機会です」
「ありがとうございます。今、海外事業部の者も参りますから少々お待ちください」
浩人さんは俺と小倉をソファに促すと、自身も向かい側に腰掛けた。
直後、社長室のドアがノックされ、「どうぞ」という浩人さんの声を聞いたあとでドアが開いて、茉莉花が姿を現した。
「失礼いたします」
一瞬、顔が強張りそうになったが、すぐに笑みを繕う。
反して、目を見開いた茉莉花は、どうして……と言いたげに俺を見ていた。
彼女の素直な反応に、思わず仕事中であることを忘れてしまいそうになる。
「今日は仕事の話だ。このことはまだ内密にな。といっても、鷹見社長が来たことはもうバレているようだが、社員からなにか訊かれても答えなくていい」
茉莉花は従順に「はい」と頷くと、ローテーブルにコーヒーを並べていった。
その所作は無駄がなく美しく、いつもの彼女とは違っている。
俺の前で無邪気に笑う少女のような茉莉花ではなく、どちらかと言えばベッドの中で見せる表情に近い。
あどけなさがあるのに丁寧な所作には色香があり、急に焦りが芽生えた。
この会社の人間は、彼女のこういう姿を普段から見ているのだろうか。
もし見ていたとしても、どうか茉莉花の魅力に気づかないでいてほしい。
香ばしい匂いが鼻先を掠める中で彼女から目が離せず、思考も侵されていく。
「失礼いたしました」
そんな俺を余所に、茉莉花は丁寧に一礼してから社長室を後にし、交代で裕人と百合さん、そして男性社員がひとり入ってきた。
「お忙しいところご足労いただきまして、ありがとうございます」
他人行儀な裕人にむず痒くなり、「そういう挨拶はいいよ」と苦笑する。
おどけたように笑った裕人が、浩人さんと百合さんを見てから肩を竦める。
「やっぱりそうだよな。でも、今日はそういうわけにもいかないだろ。仕事の話をするときは、一応仕事モードでやらせてもらうよ」
「では、こちらもビジネスとして誠実な対応をさせていただきます」
裕人との出会いは、十五年前のこと。
当時、俺は大学生でありながら父について鷹見の仕事を学んでおり、裕人の留学先だったサンフランシスコのレストランで鉢合わせた。
店内で裕人が下卑た扱いを受けていたところを見兼ねて加勢に入ったのだ。今にして思えば、若さ故の行動だったと思う。
けれど、それを機に裕人と連絡先を交換し、帰国後も交友関係は続いた。
そして、いつしか仁科家にも行くようになったことで、茉莉花とも出会った。
裕人も浩人さんも、俺が彼女とセグレートで会っていることは知っている。
ただし、それ以上のことはもちろん、俺たちがデートをしていることや、茉莉花が家にまで来たことは知らないだろう。
彼女は水族館に行ったことも話していないようだったし、俺からも特に報告はしていない。少しだけ後ろめたいが、今はまだ話す気はなかった。
「早速ですが、今回は弊社の企画についてお話させていただきます」
神妙に切り出した裕人が、順を追って説明していく。
端的に言えば、内容は『仁科フーズで作っているお菓子をタカミホテルで使ってほしい』というもの。それも、国内のホテルではなく、海外のホテルで。
仁科フーズでは少し前に海外事業部を作り、海外進出を図っているようだったが、具体的な取引先はまだ見つかっていないらしい。
「弊社の製品は、つい最近で言えばコンビニとタイアップしたガレットが大変好評で、一時期は品切れが起きたほどでした」
ガレットの件は、ネットニュースにもなるほどで、確かバラエティー番組でも取り上げられていたはずだ。
二日後の金曜日。
小倉とともに仁科フーズに出向くと、浩人さんが笑顔で迎えてくれた。
「わざわざご足労いただいて申し訳ありません」
「いえ。一度、御社を拝見させていただきたいと思っておりましたので、今日はちょうどいい機会です」
「ありがとうございます。今、海外事業部の者も参りますから少々お待ちください」
浩人さんは俺と小倉をソファに促すと、自身も向かい側に腰掛けた。
直後、社長室のドアがノックされ、「どうぞ」という浩人さんの声を聞いたあとでドアが開いて、茉莉花が姿を現した。
「失礼いたします」
一瞬、顔が強張りそうになったが、すぐに笑みを繕う。
反して、目を見開いた茉莉花は、どうして……と言いたげに俺を見ていた。
彼女の素直な反応に、思わず仕事中であることを忘れてしまいそうになる。
「今日は仕事の話だ。このことはまだ内密にな。といっても、鷹見社長が来たことはもうバレているようだが、社員からなにか訊かれても答えなくていい」
茉莉花は従順に「はい」と頷くと、ローテーブルにコーヒーを並べていった。
その所作は無駄がなく美しく、いつもの彼女とは違っている。
俺の前で無邪気に笑う少女のような茉莉花ではなく、どちらかと言えばベッドの中で見せる表情に近い。
あどけなさがあるのに丁寧な所作には色香があり、急に焦りが芽生えた。
この会社の人間は、彼女のこういう姿を普段から見ているのだろうか。
もし見ていたとしても、どうか茉莉花の魅力に気づかないでいてほしい。
香ばしい匂いが鼻先を掠める中で彼女から目が離せず、思考も侵されていく。
「失礼いたしました」
そんな俺を余所に、茉莉花は丁寧に一礼してから社長室を後にし、交代で裕人と百合さん、そして男性社員がひとり入ってきた。
「お忙しいところご足労いただきまして、ありがとうございます」
他人行儀な裕人にむず痒くなり、「そういう挨拶はいいよ」と苦笑する。
おどけたように笑った裕人が、浩人さんと百合さんを見てから肩を竦める。
「やっぱりそうだよな。でも、今日はそういうわけにもいかないだろ。仕事の話をするときは、一応仕事モードでやらせてもらうよ」
「では、こちらもビジネスとして誠実な対応をさせていただきます」
裕人との出会いは、十五年前のこと。
当時、俺は大学生でありながら父について鷹見の仕事を学んでおり、裕人の留学先だったサンフランシスコのレストランで鉢合わせた。
店内で裕人が下卑た扱いを受けていたところを見兼ねて加勢に入ったのだ。今にして思えば、若さ故の行動だったと思う。
けれど、それを機に裕人と連絡先を交換し、帰国後も交友関係は続いた。
そして、いつしか仁科家にも行くようになったことで、茉莉花とも出会った。
裕人も浩人さんも、俺が彼女とセグレートで会っていることは知っている。
ただし、それ以上のことはもちろん、俺たちがデートをしていることや、茉莉花が家にまで来たことは知らないだろう。
彼女は水族館に行ったことも話していないようだったし、俺からも特に報告はしていない。少しだけ後ろめたいが、今はまだ話す気はなかった。
「早速ですが、今回は弊社の企画についてお話させていただきます」
神妙に切り出した裕人が、順を追って説明していく。
端的に言えば、内容は『仁科フーズで作っているお菓子をタカミホテルで使ってほしい』というもの。それも、国内のホテルではなく、海外のホテルで。
仁科フーズでは少し前に海外事業部を作り、海外進出を図っているようだったが、具体的な取引先はまだ見つかっていないらしい。
「弊社の製品は、つい最近で言えばコンビニとタイアップしたガレットが大変好評で、一時期は品切れが起きたほどでした」
ガレットの件は、ネットニュースにもなるほどで、確かバラエティー番組でも取り上げられていたはずだ。
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