嘘と微熱〜甘美な一夜から始まる溺愛御曹司の愛執〜

桜月海羽

二章 絡みゆく想い/一、ふたりだけの秘密【2】

寝支度を整えてベッドに入っても、オミくんのことばかり考えてしまう。
金曜日の夜に帰宅してから土日も含め、ベッドに横になるたびに甘美で淫らな行為を思い出している。
考えないようにしようとしても、彼の熱っぽい瞳が脳裏に蘇ってくるのだ。


骨ばった手、柔らかい唇。綺麗な指先から繰り出される刺激に、全身に落とされたくちづけ。
雄臭い表情も、熱を帯びた吐息も、生々しいほど記憶に刻まれている。
身体が密やかな熱を呼び起こしそうになるくらいに……。


「ダメッ……! やっぱり眠れない……」


こんなことの繰り返しで、金曜日からの三夜は明け方になるまで寝付けなかった。
寝不足で疲れている今日こそ眠れると思っていたのに、昼間に会ったオミくんの笑顔が脳裏に焼き付いているせいで、彼に抱かれた記憶がより鮮明になる。


水でも飲もうかと上半身を起こしたとき、ベッドの傍に置いているサイドテーブルの上でスマホが震えた。
時刻は二十三時過ぎ。
こんな時間に電話をかけてくる相手に心当たりはなく、怪訝に思いながら手に取ったスマホのディスプレイを確認する。
直後、目を大きく見開いた。


「……っ、もしもし?」


脊椎反射で通話ボタンをタップし、耳に当てるのと同時に口を開いていた。


『茉莉花? 遅くにごめん。もしかして寝てた?』


電話口から聞こえてきたのは、オミくんの優しい声音。
勝手に高鳴った胸が、柔らかく締めつけられる。


「う、ううんっ、全然……! まだ起きてたよ! どうしたの?」
『いや、特に用件はないんだけど、昼間にあんまり話せなかったから』


それは、私と話したかった……と受け取ってもいいのだろうか。
都合がよすぎる解釈だと思うのに、単純な心は勝手に弾む。


「あ、えっと……マカロン、ありがとう。さっき、ひとつだけ食べたんだけど、すごくおいしかった」
『ひとつだけ?』
「うん、そう。可愛くておいしそうだし、もったいないから、毎日ひとつずつ食べようかなって思って」


本当は、オミくんにもらったものだから大切に食べたいだけ。彼からのプレゼントはいつも特別で、消費期限がなければずっと取っておきたいくらいだ。


『マカロンくらい、いつでもプレゼントするよ。気に入ったのなら、今度会うときにも買っていくよ』


〝いつでも〟とか〝今度〟という言葉に、鼻の奥がツンと痛む。
あんなわがままを言ったのに、オミくんの中には私との〝次〟がある。
たとえお情けでも、彼の中に私と会う未来があることが嬉しかった。


「ありがとう」
『これくらい別に構わないよ。それより、本当に身体は大丈夫?』


電話口で紡がれた疑問に、胸の奥が小さく疼く。


(そっか……。それが本題だったんだ……)


私の身体を必要以上に気遣ってくれているオミくんは、きっと責任や罪悪感を抱いているに違いない。
こんな時間に滅多にしない電話をしてきたのも、そういうことだったのだ。
浮かれてしまったことが恥ずかしくて、どうしても悲しい。
けれど、彼には決して悟られないように努めたかった。


「もう……オミくんは心配性なんだから。本当に平気だよ」


本当はまだ、身体の中に違和感がある。
オミくんが刻まれた身体の奥に、まだ彼の感覚が残っている気がする。
だからこそ、毎晩オミくんとの情事を思い出してしまうに違いない。


『それならいいんだけど』
「あのね、オミくん」
『ん?』
「オミくんは優しいから罪悪感とか責任感とか持ったのかもしれないけど、そんな風に感じる必要なんてないからね」


彼に気に病んでほしくない。
私のわがままを聞いてくれた優しいオミくんは、なにも悪くないのだから。


「オミくんは私のわがままを聞いてくれただけだし、全部私が望んだことだから。オミくんはなにも気にしないで」


あの日、私は大きな嘘をついた。
彼への想いを隠して、偽りですべてをごまかした。


「私、本当に嬉しかったの。オミくんが私のわがままを受け入れてくれて……。だから、すごく感謝してるんだ。ありがとう」


だからせめて、今だけは本音を伝えておきたい。
そんな気持ちが芽生えた私の心は、どこか穏やかだった。

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