嘘と微熱〜甘美な一夜から始まる溺愛御曹司の愛執〜

桜月海羽

一章 はじまりはひとつの嘘/四、本心 Side Masaomi【1】

眠りに就いた茉莉花を見つめ、ため息交じりの言葉が漏れる。


「……本当に、茉莉花は俺を困らせてくれるよ」


刹那、ずっと切なげな顔をしていた彼女の瞳から、透明な雫が零れた。


すでに寝息を立て始めていた茉莉花は、間違いなく眠っている。
にもかかわらず、夢の中でも泣くほどつらいのなら、どうして俺に『教えて』なんて言ったのか。
それだけ追い詰められていたのは想像に容易い。
ただ、結果的に涙を流させてしまうくらいなら、たとえ泣かせてでもきちんと止めてあげるべきだったのかもしれない。
俺はできるだけ冷静にたしなめ、念を押すように確認したつもりだったが、彼女のお願いに少なからず心が高揚したのは事実。


だって……俺は、ずっと茉莉花が欲しかったのだ。
十二歳も年下の彼女を想い、けれど一回りも離れた自分が恋愛対象になるとは思えず、これまでは『兄のような友人』として振る舞ってきた。
茉莉花自身が俺を慕ってくれるのは、〝そういうこと〟だと思っていたからだ。
信じて疑わず、むしろ疑いようもなかった。
だから、この先ずっと彼女に手を出すつもりはなかったし、これまで通り大切に扱うつもりだった。


ところが、茉莉花の方から俺たちの境界線を壊しにきた。
あの瞬間、彼女を前にした俺の心は、どうしようもなく震えていた。


大人ぶって『大事に取っておけ』なんて心にもないことを吐きながらも、脳内では茉莉花を抱く方法に思いを巡らせて。身体の奥底から込み上げてくる熱に理性はいとも簡単に揺るぎ、彼女のすべてを奪うことばかり考えていた。
だから、強く拒み切れなかったのだ。


十二歳も年上だからとか、一回りも離れた妹のような存在だからとか。頭に過った理性の欠片はことごとく溶け、あっという間に唇を奪ってベッドに組み敷いた。
この無垢な身体に初めて触れた男が自分だと思うと、言葉にできないほど興奮してたまらず、感動に似た感情でいっぱいになった。


華奢な身体とはアンバランスな胸。色白できめ細かな肌に、柔らかい肢体。
重ねた唇は柔らかく、身体はどこを舐めても花の香りがして、まるで甘美な毒のようだった。
あまりにも魅惑的で、なにも知らないくせに潤んだ二重瞼の瞳は蠱惑的で。俺を誘惑しておきながら恥じらう茉莉花を前にして、理性なんてひとたまりもなかった。
初めてでもないのに、頭も身体も煮えたぎるようでどうにかなりそうだった。


けれど、茉莉花をこの手で抱いた今、征服欲で心が満たされているのがわかる。
『ちゃんと見ていて』と言いつけた俺は、自分自身こそ一瞬たりとも彼女の反応を見逃さないように、色香を纏った悩ましい姿を目に焼きつけようと必死だった。



(初めて会ってから十四年くらいか……)


出会ったときに小学生だった茉莉花に対しては、『友人の妹』という感情しか持ち合わせていなかったし、会うたびに軽く話し相手をするくらいだった。
それなのに、八年ほど前に鷹見が主催したパーティーで久しぶりに彼女と再会した際には、なんとも言えない熱と感覚を抱いた。


茉莉花は、招待した茉莉花の父親――浩人ひろとさんに代わって出席した裕人と百合さんに同行した形だったが、淡いピンクのドレスを纏った姿はそれまでの幼いイメージと違い、意表を突かれたような気持ちになった。


十六歳という、瑞々しさの中に幼さが残る姿。
彼女が纏う雰囲気には微かに色香が混じり、目の前の少女に劣情を抱いたのを自覚したときには、自分にそんな趣味があったのか……と絶望した。
十二歳も年の離れた女の子を性の対象として見た、罪悪感。自身の汚さや後ろめたさ。そんなものでいっぱいになった。
もともと茉莉花と会う機会はあまりなかったが、それを機に彼女とは意識的に距離を置いていた。


ところが、茉莉花が二十歳の誕生日を迎えた頃。
ひょんなことから裕人とともに仁科家に行くことになり、いっそう綺麗になった彼女と鉢合わせたのだ。

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