嘘と微熱〜甘美な一夜から始まる溺愛御曹司の愛執〜
一章 はじまりはひとつの嘘/二、天国から地獄へ【4】
「茉莉花、遅れてごめん」
オミくんがセグレートにやって来たのは、十九時半近くになった頃だった。
「オミくん! オミくんだぁー」
ぼんやりとしていた私は、彼に笑顔を向ける。
「もしかして結構飲んだ?」
「んーっと……二杯だったかな……」
「ごめんね、雅臣くん。茉莉花ちゃん、今日は飲むって聞かなくて。普段よりもかなり薄めにしておいたんだけど、それで五杯目なんだ」
「やだ、マスター。私、五杯も飲んでませんよー? ちゃんと数えてましたから」
眉を寄せ、マスターに抗議する。
しかも、いつもよりも濃いめに作ってほしいとお願いしたのに、『普段よりもかなり薄めにしておいた』なんて……。まったくどういうことだろう。
そう思って口を開きかけたけれど、言おうとしていた言葉を忘れてしまった。
(なんだっけ……? ああ、もう……なんでもいいや……)
なんでもいいよりも、きっと〝どうでもいい〟だった。
自分がやさぐれているのがわかって、オミくんの前では笑顔でいたいのに口角が上がらない。
「今日はチェックでお願いします。また近いうちに改めて来ます」
泣きたいほど苦しかったはずなのに、思考はなんだか陽気な気分だ。
「茉莉花、行くよ」
「私、まだ帰りたくないよ……」
「なにか食べに行こう。お腹空いてるだろ?」
「うーん、空いてない気がする」
「だとしても、今日はもう飲まないよ。ほら、おいで」
もう少しここにいたいのに、私の手を取った彼が私を立たせて歩き出す。
「茉莉花ちゃん、またね」
優しい笑みで送り出してくれたマスターに、空いている方の左手を大きく振った。
オミくんは外に出ても私の手を離さず、近くのコインパーキングの前にある自動販売機でなにかを買ったあと、目の前に停めていた車のロックを解除した。
流線的なデザインの漆黒の車体は、洗練された雰囲気を醸し出している。
車種には詳しくないけれど、兄がこのイタリア産の車に憧れていることは知っていて、そういう男性は多いと聞いたこともある。
ぼんやりと車体を見ていると助手席のドアを開けられ、「乗って」と促される。
「はーい」
不服さはあっても、陽気になっている思考がそれを消してくれる。
言われた通りに助手席に座ると、オミくんも運転席に乗り込んだ。
「オミくんの車、久しぶりに乗せてもらったねー」
ふふっと笑った私は、車内の空気を吸い込むように深呼吸をする。
ウッディのアロマのような香りとムスクが混じった、どこか高貴な香り。彼がずっと愛用している、老舗ラグジュアリーブランドの香水だ。
エレガントな雰囲気を纏うオミくんに、よく似合っている。
あまり人工的な香りは好きじゃないのに、彼が身につけているこの香りだけはとても好きだった。
「茉莉花、水飲める? できれば飲んだ方がいいよ」
オミくんはペットボトルの蓋を開け、ミネラルウォーターを差し出してくる。
「うん、飲む」
私が受け取ってごくごく飲むと、彼がホッとしたように微笑んだ。
「空きっ腹で飲んだらダメって教えただろ?」
「お腹は空いてなかったよ」
「だとしても、五杯も飲まない。茉莉花はアルコールに弱いんだから、いつも通り二杯目からはモクテルにしないと」
「今日は飲みたかったの!」
浮ついた思考でも、オミくんに迷惑をかけていることは薄々気づいている。
「私にだって、たまにはそういう気分のときがあるよ」
それでも、子どもじみた言い訳を膨れっ面で吐いてしまった。
彼が息を小さく吐き、どこか困ったように眉を下げる。
呆れられてしまったんだ……と察して、オミくんの顔を見られなくなる。
無理やり忘れていた涙が、今にも込み上げてきそうだった。
「そんなに嫌なことがあった?」
ところが、次に言葉を紡いだ彼の声が予想外に優しくて、思わず視線を上げる。
すると、穏やかな眼差しが私を見つめていた。
オミくんがセグレートにやって来たのは、十九時半近くになった頃だった。
「オミくん! オミくんだぁー」
ぼんやりとしていた私は、彼に笑顔を向ける。
「もしかして結構飲んだ?」
「んーっと……二杯だったかな……」
「ごめんね、雅臣くん。茉莉花ちゃん、今日は飲むって聞かなくて。普段よりもかなり薄めにしておいたんだけど、それで五杯目なんだ」
「やだ、マスター。私、五杯も飲んでませんよー? ちゃんと数えてましたから」
眉を寄せ、マスターに抗議する。
しかも、いつもよりも濃いめに作ってほしいとお願いしたのに、『普段よりもかなり薄めにしておいた』なんて……。まったくどういうことだろう。
そう思って口を開きかけたけれど、言おうとしていた言葉を忘れてしまった。
(なんだっけ……? ああ、もう……なんでもいいや……)
なんでもいいよりも、きっと〝どうでもいい〟だった。
自分がやさぐれているのがわかって、オミくんの前では笑顔でいたいのに口角が上がらない。
「今日はチェックでお願いします。また近いうちに改めて来ます」
泣きたいほど苦しかったはずなのに、思考はなんだか陽気な気分だ。
「茉莉花、行くよ」
「私、まだ帰りたくないよ……」
「なにか食べに行こう。お腹空いてるだろ?」
「うーん、空いてない気がする」
「だとしても、今日はもう飲まないよ。ほら、おいで」
もう少しここにいたいのに、私の手を取った彼が私を立たせて歩き出す。
「茉莉花ちゃん、またね」
優しい笑みで送り出してくれたマスターに、空いている方の左手を大きく振った。
オミくんは外に出ても私の手を離さず、近くのコインパーキングの前にある自動販売機でなにかを買ったあと、目の前に停めていた車のロックを解除した。
流線的なデザインの漆黒の車体は、洗練された雰囲気を醸し出している。
車種には詳しくないけれど、兄がこのイタリア産の車に憧れていることは知っていて、そういう男性は多いと聞いたこともある。
ぼんやりと車体を見ていると助手席のドアを開けられ、「乗って」と促される。
「はーい」
不服さはあっても、陽気になっている思考がそれを消してくれる。
言われた通りに助手席に座ると、オミくんも運転席に乗り込んだ。
「オミくんの車、久しぶりに乗せてもらったねー」
ふふっと笑った私は、車内の空気を吸い込むように深呼吸をする。
ウッディのアロマのような香りとムスクが混じった、どこか高貴な香り。彼がずっと愛用している、老舗ラグジュアリーブランドの香水だ。
エレガントな雰囲気を纏うオミくんに、よく似合っている。
あまり人工的な香りは好きじゃないのに、彼が身につけているこの香りだけはとても好きだった。
「茉莉花、水飲める? できれば飲んだ方がいいよ」
オミくんはペットボトルの蓋を開け、ミネラルウォーターを差し出してくる。
「うん、飲む」
私が受け取ってごくごく飲むと、彼がホッとしたように微笑んだ。
「空きっ腹で飲んだらダメって教えただろ?」
「お腹は空いてなかったよ」
「だとしても、五杯も飲まない。茉莉花はアルコールに弱いんだから、いつも通り二杯目からはモクテルにしないと」
「今日は飲みたかったの!」
浮ついた思考でも、オミくんに迷惑をかけていることは薄々気づいている。
「私にだって、たまにはそういう気分のときがあるよ」
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