嘘と微熱〜甘美な一夜から始まる溺愛御曹司の愛執〜

桜月海羽

一章 はじまりはひとつの嘘/一、憧れの人との密会【4】


* * *


翌日。
総務部は特にトラブルもなく業務を終え、金曜日ということもあってか定時退社をする人がほとんどだった。
いつも通り課長に帰宅を促された私は、ほんの少しだけ気がラクになる。
もっとも、理由はそれだけじゃないのだけれど。


「オミくん!」


いつもの待ち合わせ場所であるバー、『segretoセグレート』の店内に入ると、先に来ていた男性に笑顔を向けた。


「茉莉花。お疲れ様」
「オミくんこそ、海外出張お疲れ様でした」
「ありがとう」


瞳を柔らかく緩めてスツールを引いてくれた彼に、胸の奥が甘やかな音を立てる。


オミくん――鷹見雅臣たかみまさおみさんは、十二歳上の兄の友人だ。
ふたりは学校も職場も違うけれど、兄が大学時代に留学していたサンフランシスコで出会い、同い年ということもあってかすぐに友人関係になった。


当時、すでに仕事をしていたオミくんは、お父様について海外での仕事を学んでいたのだとか。
人懐こく社交性のある兄は、帰国後にオミくんを我が家に招待し、私はそのとき初めて彼に会った。


オミくんが二十二歳、私が十歳のこと。
私にとっては、初恋と一目惚れというものを知った日――でもある。
それから十四年。
よく言えば一途、悪く言えば諦めが悪い私の恋心は、今もスクスクと育っている。


オミくんに会うたびに胸が高鳴って、また彼を好きになって。この十四年、まるで同じ映画のワンシーンを観ているようにその繰り返しだ。
けれど、この恋が叶うことはないとわかっているから、想いを伝える日は来ない。
一回り違う年齢差、オミくんの私への態度、私の事情、そして彼の肩書き。
上げればキリがないほど、私たちは釣り合わないから……。


オミくんは、鷹見グループが所有する高級ホテル『TAKAMIタカミ HOTELホテル』の国内事業部取締役。
鷹見グループといえば、国内五大企業に入るほどの大企業。
タカミホテルの創始者の直系の出自である彼は、れっきとした御曹司。
経済誌を含めた雑誌にも顔が載るほどで、その華々しい経歴はサラブレットなんてものじゃない。


国内の名だたる私立幼稚舎からエスカレーター式で高校まで通い、その後は世界大学ランキングで上位に位置するアメリカの有名大学で学士号を取得している。
高校在学中からお父様について仕事を学び、海外のグループ企業でも研鑽を積み、四年前にタカミホテルの国内事業部取締役に就任した。


小さな会社の社長の娘なんかでは決して手が届かないくらい、遠い存在なのだ。
こうして会えているのは、オミくんの優しさと、彼が私のことを妹のように可愛がってくれているから……というだけ。
だから、私はオミくんの前では兄を慕うように接っすることに徹している。


「はい、これ」
「お土産? いつもありがとう。すっごく嬉しい!」
「どういたしまして。茉莉花が喜んでくれて俺も嬉しいよ」


オミくんが私のために選んでくれたのだから、嬉しくないはずがないのだ。
たとえ、キャンディーやチョコレート一粒だって、彼がくれるのなら私は満面の笑みで喜べる自信がある。


「オミくんは忙しいのに、私のことを考えて選んでくれたことが嬉しいんだよ」
「茉莉花のためにお土産を選ぶのはいい息抜きになるし、楽しいからいいんだ」


私の精一杯のアピールに、オミくんは柔らかい笑みを返してくる。
下心のある私とは違って、彼の言葉は純粋な思いやりから来るものだとわかっているけれど、笑いかけてもらえるだけで嬉しい。


「お土産、見てもいい?」
「どうぞ。その前に飲み物は? いつものやつでいい?」


笑顔で頷けば、オミくんがマスターにミモザを頼んでくれる。
その隣で紙袋の中に入っていた小さなグリーンの箱を開けると、四角いキャンディーのようなものがたくさん並んでいた。


「これ、お菓子? 可愛い色だけど見たことない」


彼を見ると、ウイスキーを一口飲んでから説明してくれた。


「それは、クッサン・ド・リヨン。リヨンで有名な砂糖菓子だって」


コバルトブルーのような色のお菓子は、チョコレートガナッシュをアーモンド生地でコーティングしたものなんだとか。
リヨンでは定番の名菓で、お土産にも人気らしい。

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