嘘と微熱〜甘美な一夜から始まる溺愛御曹司の愛執〜
プロローグ
今日も猛暑日を記録した、八月のある日。
九月はもうそこまで来ているというのに、気温は一向に下がらず、日が暮れてもなお蒸し暑い夜だった。
反して、ホテルのスイートルームにも劣らないような一室は、空調管理が行き届いている。暑くもなく寒くもなく、まさに適温そのもの。
窓の向こう側に広がるのは、高層ビルの灯り。
私がいるマンションは、東京都内でも有数の高級住宅地にある。窓の向こうに臨む似たような高さの建物は、都会の弱々しい月明かりを浴びていた。
「今ならまだ戻れるよ」
静かな寝室に、どこかたしなめるような意図を孕んだ声音が落とされる。
迷っているような、少しだけ呆れているような。もしかしたら、怒っているのかもしれない。
けれど、私の心はもう決まっていた。
この恋は一生叶うことはない。
私の中で芽吹いた恋心は、この先どうあっても花を咲かせることはできず、蕾のまま枯れさせるしかないだけ。
いくら水を与えても、上質な肥料を撒いてみても、土壌の中で眠っている根っこにはもう細い茎を支える力すらないのだ。
これが最初で最後のチャンス。
だから、私には迷う時間すらなかった。
「戻らないよ」
小さく、けれどきっぱりと告げれば、美麗な顔が困ったような笑みを浮かべる。
「茉莉花はいつも俺を困らせる」
胸の奥がぎゅうっと締めつけられる。
私は、彼のことを〝いつも困らせていた〟のだろうか。
怖くて、不安で、言葉が出てこない。
沈黙が下りた数秒後、目の前に立つ彼がどこか悩ましげな微笑を零したあと、私の唇にそっとキスを落とした――。
九月はもうそこまで来ているというのに、気温は一向に下がらず、日が暮れてもなお蒸し暑い夜だった。
反して、ホテルのスイートルームにも劣らないような一室は、空調管理が行き届いている。暑くもなく寒くもなく、まさに適温そのもの。
窓の向こう側に広がるのは、高層ビルの灯り。
私がいるマンションは、東京都内でも有数の高級住宅地にある。窓の向こうに臨む似たような高さの建物は、都会の弱々しい月明かりを浴びていた。
「今ならまだ戻れるよ」
静かな寝室に、どこかたしなめるような意図を孕んだ声音が落とされる。
迷っているような、少しだけ呆れているような。もしかしたら、怒っているのかもしれない。
けれど、私の心はもう決まっていた。
この恋は一生叶うことはない。
私の中で芽吹いた恋心は、この先どうあっても花を咲かせることはできず、蕾のまま枯れさせるしかないだけ。
いくら水を与えても、上質な肥料を撒いてみても、土壌の中で眠っている根っこにはもう細い茎を支える力すらないのだ。
これが最初で最後のチャンス。
だから、私には迷う時間すらなかった。
「戻らないよ」
小さく、けれどきっぱりと告げれば、美麗な顔が困ったような笑みを浮かべる。
「茉莉花はいつも俺を困らせる」
胸の奥がぎゅうっと締めつけられる。
私は、彼のことを〝いつも困らせていた〟のだろうか。
怖くて、不安で、言葉が出てこない。
沈黙が下りた数秒後、目の前に立つ彼がどこか悩ましげな微笑を零したあと、私の唇にそっとキスを落とした――。
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