運命の赤い糸が引きちぎれない
最終章:?cm
直さんは私をぎゅうと抱きしめると耳元で嬉しそうに笑い、それから少し身体を離して、私にキスを落とす。何度も何度も……。
そうして、何度目かわからないキスが唇から離れた時、直さんはベッドサイドに置いてあった紙を取り出した。
「うん、善は急げだ。すぐにこれ、出しに行こうか」
「……婚姻届け」
――そう、それは婚姻届けだった。
私の記入する以外の場所がばっちりすべて埋められている婚姻届け。
(ちょっと用意よすぎませんかねーーーー!?)
「印鑑もさくらに借りてるからね。証人欄も書いてもらったし」
直さんは私に印鑑を手渡しながらにこりと笑う。
「……早い」
私はOKだと返事した手前サインしないわけにもいかなくなり、その場で、つまりベッドの上のまま、その婚姻届けにサインをさせられた。
そのまま流れるように、バスルームで身体を洗われ、スッキリしたところですぐに着替えさせられると、足早に市役所に連れて行かれて、休日窓口に婚姻届けを出すことになる。
気づいた時には『おめでとうございます』と受付のお姉さんに微笑まれていた。
――知らなかったけど、結婚って案外あっさりできるものらしい。
「一応、よもぎの両親にも、うちの両親にも先に挨拶してるけど、二人そろってまた挨拶しに行こうね」
そのままホテルに戻り、直さんが幸せそうな笑顔でそんなことを言う。
そう言ってる間にも、ベッドの上に乗せられて、合間にキスされ、なぜだかゆっくり脱がされていることが不思議で仕方ない。
もうそんなことがおかしいと考える間もないくらい、なんだか私の頭はボーっとしていた。
昨日の7回がある程度影響しているし、直さんに帰りの道端で何度もキスされて、恥ずかしい思いも何度もさせられたからでもある。
「両親に挨拶っていつの間に……っていうか、直さんのお父さん、病院長なのに全然お見かけしないんですけど」
「あぁ。あの人は、基本的に全国飛び回ってるし、病院長って肩書は形だけだから。実質決定権は全部僕にあるんだ」
「へ、へぇ……」
今更そんなこと知っても、何も変わらないのに……不思議と不安になった。
不安ついでに、もう一つ私は知りたくなって口を開く。
「ちなみに、ちょっと気になってたんですけど……『よもぎを手に入れるためになんだってした』って言ってたでしょう? なんですか……? 何をしたんですか? すっごく気になるんですけど、まさか犯罪なんて……してませんよね?」
私が恐る恐る聞くと、直さんはクスリと笑う。
「まさか。そんなことしないよ。すっごく小さいことだよ」
「たとえば?」
「うーん、たくさんあるんだけど……たとえば、うちの病院の唐揚げ定食が380円になったのは、よもぎがうちで働くことを前提にした価格設定だってこととか」
思ってもいなかった方向からの回答に私は驚いた。
「か、唐揚げって……」
「ね、小さいことでしょ?」
「ま、まぁ……唐揚げ定食の値段くらい小さいこと、か……」
そう言って、ある矛盾に気づく。
松井さんに聞いたことがあるが、唐揚げ定食は最近安くなったわけじゃないらしい。
「それちなみにいつ決まったんですか?」
「え? 僕が副院長になった時だから2年前かなぁ」
直さんは飄々と言う。
「2年前!?」
え? 私が矢嶋総合病院で働くっていうことは、2年前に想定されてたの? えっとつまり、それはどういうこと!
そんなことを思っていると、ふとあることに思い当たってしまった。
私が以前勤めていた名木医院は、実は直さんからの紹介だったのだ。
「な、名木医院とは何も関係ないですよね!? あれ、純粋に紹介してくれたんですよね!?」
「うーん、名木医院は3年前にはもうとっくに閉院することは決まってた、っていうのもあるかな。よもぎには直前まで黙っておいてもらったけど」
「3年前!? そ、それ、私が勤め始めたころじゃないですか!」
――意味が分からない!
「いや、そもそも『医療事務の資格あれば就職に困らないよね。よもぎ取ってみれば? よもぎはいい子だし、病院の受付とか向いてるよ』って5年前に言い出したのも、直さんでしたよね」
「そういえばそうだね」
「あのときから……まさか、ここまで想定してたんですか?」
私の声は最後の方には震えていた。
(まさか、さすがにそれはないか)
「よく考えてよ、よもぎ」
直さんが言う。
うん、よく考えてみる。ないよね? そんなことないよね?
こんなこと考えることすら、直さんに失礼だよね……?
そう思っていたのに、
「僕がよもぎを好きになったのって7年くらい前だよ? それくらい予想して準備するでしょ」
と当たり前のように直さんは答えたのだった。
「で、でも待ってくださいよ! 私が医療事務の資格とって、名木医院に勤めて、名木医院辞めたって、矢嶋総合病院にくるかは分からないじゃないですか! 私が他の病院の面接に受かってたら矢嶋総合病院には来ないでしょ?」
私はいくつもの病院の面接を受けた。
最後なんて3時間や5時間もかかる病院まで受けた。
残念ながらその全部に落ちたんだけど……。
そう思ったら、直さんがニッコリとした笑顔で言う。
「『受かってたら』、ね」
「……まさか!」
(なにかウラから手を回していたんじゃないだろうな!)
「さて……どうだったかなぁ」
直さんは微笑む。
すごく楽しそうな顔で。
「嘘! 嘘でしょ! 嘘って言って! 嘘でもいいから嘘って言ってくださいよ! なんかそれ、すっごい怖いからぁああああああ!」
ずっとこうなることが予想されて計算されてたの?
しかも、直さん、全然悪びれもせず笑ってる。
怖い。超怖い!
直さん、怖い!
――でも考えてみれば、もう婚姻届けを提出して夫婦になってしまったじゃないか!
本気で私が結婚を後悔し始めた時、直さんが突然真顔になって、じっと私の顔を見る。
「よもぎ。まさか、今、糸の長さが伸びたりしてないよね?」
「うぐっ……」
そう、今ちらりと見たら、糸はしっかり伸びている。
(なんでわかるの? 読唇術だけじゃなくて超能力もあるの!?)
そう思った時、直さんは微笑み、私の目をじっと見た。
「いい子だから素直に教えて? 今、糸はどれくらいの長さ?」
答えたら絶対いいことにはならないってわかっているのに、私の口は導かれるように勝手に開く。
「い、1mくらいですぅ……!」
「ふうん。そんな風に反応するんだ? それ、結構ショックだなぁ」
「だってぇ!」
私は泣きそうになって、むしろ泣いて、直さんを見る。
直さんはにっこり微笑むと、
「これから散々抱いたら、次はどれくらいになるかなぁ?」
と言った。
気づいたらいつのまにか全部服を脱がされていて、私は慌ててシーツを頭からかぶってまるくなる。
「なんで勝手に脱がしてるんですか! もう糸の長さも、これからは絶対教えませんからね!」
「本当はずっと、もっと昔から……『いい子』って言ったら、なんでもその通りにしてくれるように催眠暗示をかけてるんだけどね。でもあのときはこんなふうに使えるなんて予想できてなかったなぁ」
直さんの低い呟きがはっきり聞こえなくて、
「へ……? な、何か言いました?」
と私はシーツから少しだけ顔を出す。
すると直さんはまたにっこり笑っていた。
「ううん、なんでもないよ」
そう言って軽々シーツを全て引き剥がされる。
抵抗しようと思ったら、最初に唇にキスされて、抱きしめられたまま直さんの唇は首筋に落ちた。
そのあと、またベッドに沈められ、身体中に楽しそうにキスを落としだす直さんをちらりと見たあと、私は泣きそうになって自分の左手を見て呟く。
「……やっぱりこの糸、引きちぎれないかなぁ」
「全部聞こえてるよ?」
「んんんっ!」
そのままお仕置きみたいな激しいキスをされて、それから直さんの顔がまっすぐ私の方を向く。
直さんは私の頬を撫で、楽しそうに微笑むと、
「『いい子』だから、もう二度と、この糸を引きちぎろうなんて、思っちゃいけないよ」
と言ったのだった。
そうして、何度目かわからないキスが唇から離れた時、直さんはベッドサイドに置いてあった紙を取り出した。
「うん、善は急げだ。すぐにこれ、出しに行こうか」
「……婚姻届け」
――そう、それは婚姻届けだった。
私の記入する以外の場所がばっちりすべて埋められている婚姻届け。
(ちょっと用意よすぎませんかねーーーー!?)
「印鑑もさくらに借りてるからね。証人欄も書いてもらったし」
直さんは私に印鑑を手渡しながらにこりと笑う。
「……早い」
私はOKだと返事した手前サインしないわけにもいかなくなり、その場で、つまりベッドの上のまま、その婚姻届けにサインをさせられた。
そのまま流れるように、バスルームで身体を洗われ、スッキリしたところですぐに着替えさせられると、足早に市役所に連れて行かれて、休日窓口に婚姻届けを出すことになる。
気づいた時には『おめでとうございます』と受付のお姉さんに微笑まれていた。
――知らなかったけど、結婚って案外あっさりできるものらしい。
「一応、よもぎの両親にも、うちの両親にも先に挨拶してるけど、二人そろってまた挨拶しに行こうね」
そのままホテルに戻り、直さんが幸せそうな笑顔でそんなことを言う。
そう言ってる間にも、ベッドの上に乗せられて、合間にキスされ、なぜだかゆっくり脱がされていることが不思議で仕方ない。
もうそんなことがおかしいと考える間もないくらい、なんだか私の頭はボーっとしていた。
昨日の7回がある程度影響しているし、直さんに帰りの道端で何度もキスされて、恥ずかしい思いも何度もさせられたからでもある。
「両親に挨拶っていつの間に……っていうか、直さんのお父さん、病院長なのに全然お見かけしないんですけど」
「あぁ。あの人は、基本的に全国飛び回ってるし、病院長って肩書は形だけだから。実質決定権は全部僕にあるんだ」
「へ、へぇ……」
今更そんなこと知っても、何も変わらないのに……不思議と不安になった。
不安ついでに、もう一つ私は知りたくなって口を開く。
「ちなみに、ちょっと気になってたんですけど……『よもぎを手に入れるためになんだってした』って言ってたでしょう? なんですか……? 何をしたんですか? すっごく気になるんですけど、まさか犯罪なんて……してませんよね?」
私が恐る恐る聞くと、直さんはクスリと笑う。
「まさか。そんなことしないよ。すっごく小さいことだよ」
「たとえば?」
「うーん、たくさんあるんだけど……たとえば、うちの病院の唐揚げ定食が380円になったのは、よもぎがうちで働くことを前提にした価格設定だってこととか」
思ってもいなかった方向からの回答に私は驚いた。
「か、唐揚げって……」
「ね、小さいことでしょ?」
「ま、まぁ……唐揚げ定食の値段くらい小さいこと、か……」
そう言って、ある矛盾に気づく。
松井さんに聞いたことがあるが、唐揚げ定食は最近安くなったわけじゃないらしい。
「それちなみにいつ決まったんですか?」
「え? 僕が副院長になった時だから2年前かなぁ」
直さんは飄々と言う。
「2年前!?」
え? 私が矢嶋総合病院で働くっていうことは、2年前に想定されてたの? えっとつまり、それはどういうこと!
そんなことを思っていると、ふとあることに思い当たってしまった。
私が以前勤めていた名木医院は、実は直さんからの紹介だったのだ。
「な、名木医院とは何も関係ないですよね!? あれ、純粋に紹介してくれたんですよね!?」
「うーん、名木医院は3年前にはもうとっくに閉院することは決まってた、っていうのもあるかな。よもぎには直前まで黙っておいてもらったけど」
「3年前!? そ、それ、私が勤め始めたころじゃないですか!」
――意味が分からない!
「いや、そもそも『医療事務の資格あれば就職に困らないよね。よもぎ取ってみれば? よもぎはいい子だし、病院の受付とか向いてるよ』って5年前に言い出したのも、直さんでしたよね」
「そういえばそうだね」
「あのときから……まさか、ここまで想定してたんですか?」
私の声は最後の方には震えていた。
(まさか、さすがにそれはないか)
「よく考えてよ、よもぎ」
直さんが言う。
うん、よく考えてみる。ないよね? そんなことないよね?
こんなこと考えることすら、直さんに失礼だよね……?
そう思っていたのに、
「僕がよもぎを好きになったのって7年くらい前だよ? それくらい予想して準備するでしょ」
と当たり前のように直さんは答えたのだった。
「で、でも待ってくださいよ! 私が医療事務の資格とって、名木医院に勤めて、名木医院辞めたって、矢嶋総合病院にくるかは分からないじゃないですか! 私が他の病院の面接に受かってたら矢嶋総合病院には来ないでしょ?」
私はいくつもの病院の面接を受けた。
最後なんて3時間や5時間もかかる病院まで受けた。
残念ながらその全部に落ちたんだけど……。
そう思ったら、直さんがニッコリとした笑顔で言う。
「『受かってたら』、ね」
「……まさか!」
(なにかウラから手を回していたんじゃないだろうな!)
「さて……どうだったかなぁ」
直さんは微笑む。
すごく楽しそうな顔で。
「嘘! 嘘でしょ! 嘘って言って! 嘘でもいいから嘘って言ってくださいよ! なんかそれ、すっごい怖いからぁああああああ!」
ずっとこうなることが予想されて計算されてたの?
しかも、直さん、全然悪びれもせず笑ってる。
怖い。超怖い!
直さん、怖い!
――でも考えてみれば、もう婚姻届けを提出して夫婦になってしまったじゃないか!
本気で私が結婚を後悔し始めた時、直さんが突然真顔になって、じっと私の顔を見る。
「よもぎ。まさか、今、糸の長さが伸びたりしてないよね?」
「うぐっ……」
そう、今ちらりと見たら、糸はしっかり伸びている。
(なんでわかるの? 読唇術だけじゃなくて超能力もあるの!?)
そう思った時、直さんは微笑み、私の目をじっと見た。
「いい子だから素直に教えて? 今、糸はどれくらいの長さ?」
答えたら絶対いいことにはならないってわかっているのに、私の口は導かれるように勝手に開く。
「い、1mくらいですぅ……!」
「ふうん。そんな風に反応するんだ? それ、結構ショックだなぁ」
「だってぇ!」
私は泣きそうになって、むしろ泣いて、直さんを見る。
直さんはにっこり微笑むと、
「これから散々抱いたら、次はどれくらいになるかなぁ?」
と言った。
気づいたらいつのまにか全部服を脱がされていて、私は慌ててシーツを頭からかぶってまるくなる。
「なんで勝手に脱がしてるんですか! もう糸の長さも、これからは絶対教えませんからね!」
「本当はずっと、もっと昔から……『いい子』って言ったら、なんでもその通りにしてくれるように催眠暗示をかけてるんだけどね。でもあのときはこんなふうに使えるなんて予想できてなかったなぁ」
直さんの低い呟きがはっきり聞こえなくて、
「へ……? な、何か言いました?」
と私はシーツから少しだけ顔を出す。
すると直さんはまたにっこり笑っていた。
「ううん、なんでもないよ」
そう言って軽々シーツを全て引き剥がされる。
抵抗しようと思ったら、最初に唇にキスされて、抱きしめられたまま直さんの唇は首筋に落ちた。
そのあと、またベッドに沈められ、身体中に楽しそうにキスを落としだす直さんをちらりと見たあと、私は泣きそうになって自分の左手を見て呟く。
「……やっぱりこの糸、引きちぎれないかなぁ」
「全部聞こえてるよ?」
「んんんっ!」
そのままお仕置きみたいな激しいキスをされて、それから直さんの顔がまっすぐ私の方を向く。
直さんは私の頬を撫で、楽しそうに微笑むと、
「『いい子』だから、もう二度と、この糸を引きちぎろうなんて、思っちゃいけないよ」
と言ったのだった。
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