運命の赤い糸が引きちぎれない

泉野あおい

20章:20cm

「ふぃぎゃっ! ……ふぉっ!? ……ふぁっ!?!? ひゃっ!?!?!?!?」

 私は飛び起き、そして自分が全裸であることに驚き、自分の手を見てさらに驚き、最後に左手の薬指を見て叫んだ。

 隣にいた直さんが愛おしそうに目を細めて
「おはよ」と言う。

「直さん! なにこれ!」
「え? また短くなった?」
「短くなってる! なってるけど……!」

 左手の薬指の赤い糸はしっかり短くなっている。

 しかし今、問題はそこではない。

「指輪って! 勝手にこんなものつけて!」

 その赤い糸を逃さない、とでも言うように、左手の薬指にダイヤの指輪がはまり、光っているのだ。

(寝ている間に勝手になにしてんだ……!)


 直さんは起き上がると、私を後ろから抱えるように抱きしめ、私の左手にするりと指を這わせるとぎゅっと握って左手を上に上げる。
 ダイヤが天井の光に照らされ、またキラリと光った。

「だって結婚するわけだしいるよね。ホントぴったりだねぇ、似合ってる」

 そんなことを言って直さんは嬉しそうに耳元で笑う。

「なんで? 何で結婚!?」
「えー? だって、約束したでしょ」
「約束?」

 私が首を傾げると、直さんは頷く。

「『来週は最後までするよ。その時はもう容赦しないし、その日から避妊もしないから。だから結婚もその時ね? 来週、約束』って言ったの覚えてないの?」
「な……、な……!」

(ちょっと待って! それはいつの話? 来週最後までするって話のとき!?)

 あの時は確か色々されて意識朦朧としててあまりちゃんと話聞けてなくて……。
 何かの約束はしたけど、それは最後までするって約束だけだと思ってた。

(っていうか『避妊もしないから』とかあっさり言ってるけど……!)

 言葉に詰まって口が開きっぱなしの私に、直さんはキスをして微笑んだ。

「そういうわけで、これから子どもができるまで避妊もしないし、子どもはつくる前提だから、すぐに入籍しないといけないね」
「ちょ、ちょっと待って! なんでそんなこと勝手に言い出してるんですか!」

 私が叫ぶと、直さんは心底悲しそうに眉を下げる。

「よもぎは、これから僕以外の誰かと結婚する可能性があるの? 僕のことは遊びだったの?」

(デジャブ? これデジャブじゃない……?)

「そ、そんなわけないでしょ! でも、結婚とか子どもとか、そんなの早すぎて……心の準備、何もできてない!」

 私が叫ぶと直さんは目を細めて微笑み、優しく私のお腹に触れた。

「子どもももうできてるかもよ? 昨日だって、少なくとも子どもができるようなこと7回はしたわけだし」
「うぐぅっ……!」

(その回数とか今言う必要ありました!?)


 直さんは嬉しそうに目を細めると、私の髪を撫でる。

「それに心の準備なんてしなくていいよ」
「え?」

(どういうことだ!)

 突っかかろうとしたとき、直さんは続ける。

「どうせよもぎはさ、考えすぎてドツボに嵌るんだから」

 そう言って爽やかに微笑まれた。
 内容は爽やかじゃないし、私のこと軽くディスってません? この人……。

「そ、そんなことないし!」
「でも、時間を置いたら『同じ力を持ってる子どもが生まれたらどうしよう』とかグダグダと考えるんでしょ?」

「そ、そんなの当たり前……んんっ!」

 言葉を言い終わる前、後頭部をもたれ、キスをされる。

(おい、なんでまたこのタイミングでキスした!)

 長い長いキスの後、やっと唇が離れ、文句を言おうと口を開いた瞬間。

「よもぎの分も僕がちゃんと心の準備するからさ。よもぎも子どもも全部受け入れるから……よもぎは心配しないでいい」

 そう言って、直さんが目の前で真剣に言う。


 その言葉と内容に、なぜだかぎゅぅっと心が掴まれてしまった。

「うぐぅ……」

(タイミングも、言葉もうますぎる。詐欺師なんじゃない? この人……)

「だからもう諦めて、身体だけじゃなくて、全部僕のものになってくれない?」

 直さんはそう言うと、私の頬を優しく撫でる。

 私はぐっと顔を下に向けて口を開く。

「わ、私、こんな力持ってるんですよ……?」
「そんなよもぎだから好きになったんだって。よもぎの力も含めて好きなんだよ」

「看護師でも医師でもないから、直さんの仕事だって助けられるわけじゃないです」
「仕事ではね、助けてくれる仲間はたくさんいるよ。よもぎも知ってる通りスタッフもいい人ばかりだし。でも、仕事以外のところは、よもぎにしか無理なんだよ。よもぎがいないと僕はだめになる」

「も、もし糸が長くなったら? 私、どんな顔していいのかわからなくなります」
「大丈夫だって。僕は自分でも気持ち悪いなって思うくらいよもぎのことが好きだし、よもぎを手に入れるためになんだってした。これからも、よもぎが僕のそばから離れないように、きっとなんだってしちゃうと思う」

 ちょっと「ん?」と思うところがあったけど、直さんはそのまま私の額に自分の額をくっつけて続けた。

「ちなみに、糸は今、どれくらいになってるの?」
「に、20cmくらいになってしまっています……」
「へぇ、嬉しいな」

 そう。20cmは、もう結婚何年目かの仲の良い夫婦でもなかなかないくらいの短さだ。

(っていうか、なんでこんなスピードで短くなるわけ!?)

「どうしてこんなに短くなるスピードはやいの……これまで、こんなにはやく短くなることなんてなかったのに……」

 思わず呟くと、直さんは、
「そんなの簡単な話だよ」とあっさり言った。


「最初から僕の気持ちはよもぎまで1mmもないからね。だから、よもぎの気持ちだけで短くなっていってるんだよ」

 直さんは見えてもないのにそんなことを当たり前のように言った。

(見えてないくせに……! なのに、やけに説得力あるのが不思議だ……!)

 私は慌ててかぶりを振って、
「そ、そんなの嘘です!」と叫ぶ。

 すると直さんは微笑み、私の左手を取った。


「嘘かどうか、よもぎがこれからの人生で確かめてみなよ」


 そう言って、左手の薬指にキスをして、私の目をまっすぐ捉える。

「だから、日向よもぎさん。僕と結婚してください」



 なんでこの人は、こういうタイミングでこういうことを言うんだろう。

「……なにそれ、ずるい」
「ずるくてもいいんだ。よもぎと一緒にいられるなら」

 直さんはそう言って微笑む。
 私はむっと唇を曲げたが、諦めて息を吐いた。

「答えなんて分かってるくせにそんな風に言うんだもん……」

 そんな余裕の笑みで笑って、答えはもう分かってるんでしょ?

 だけど、たぶん、これは口にしないといけないんだろう。

 ――私が自分の未来を、自分で選ぶために……。


「私も直さんと結婚したい! よろしくお願いします!」


 私はそう言うと、小さな時みたいに直さんに飛びついた。

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