運命の赤い糸が引きちぎれない
19章:僕と運命の赤い糸の話(side 直)
――直って、必死になることってないの?
最初の彼女と別れた時、そう言われた。
確かにそれまで必死に何かすることはなかったし、必死になってまで何かを手に入れたいと思ったこともない。
――誰かを特別に愛せないなんて、人間らしくないわよね。
3人目の彼女には別れ際、そうも言われた。
彼女も他の人も、みんな嫌いではない。良くも悪くもフラットなのだ。
付き合って欲しいと強くせがまれれば付き合ったし、その間は他の女の子と浮気なんてしなかった。むしろ断る口実ができたな、くらいに思っていた。
でもその別れた3人目の彼女が言うには、人間それではいけないらしく、特定の誰かに対して『愛情』や『関心』をもたなければいけないようだ。
それがいくら考えても当たり前にできない時点で、きっと僕はどこか欠落した人間なのだろうと、そんなことをずっと思っていた。
(こんな僕が『恋をする』なんて人間らしいこと、一生無理なんだろうなぁ)
絶望ではなく、ただ、淡々とそんなふうに思っていた。
よもぎに関して言えば、本当に最初は妹みたいなものだったし、本音を言えば、僕にしては珍しく『ちょっと鬱陶しい』なんて感じることもあった。
というのも、幼い廉が僕について回るから、自然によもぎも僕について回って、2人揃って僕の周りで騒いでいたからだ。
僕はその頃受験勉強もあったし、それなりに『跡取り』というプレッシャーもあった。
しかし、あまりにも廉とよもぎが僕の周りでギャーギャーとうるさいものだから、怒った僕は色々調べ、結果、『催眠暗示』なんて怪しいものをかけて2人を静かにさせたりしていたのだけど……まぁ、それも今となっては、良かったと思うことも多い。
それはともかく、よもぎは小さい時から廉のことが好きで、僕から見ても、誰から見ても、分かりやすく廉が好きだった。
でも、少し大きくなってきてもよもぎは不思議と愛情を伝え続ける廉に応えることはなかったし……
不思議と僕を見ると、視線を下に下げ、何か別のものを見ている……いや、確認しているような気がしていた。
よもぎが気になりだしたきっかけは、そんな小さなことだった。
そんな日々が続く中で、僕はよもぎが幼いころに言った言葉を思い出す。
『わたしと直兄がすごく長い糸でつながってる』という言葉だ。
ただの子どもの空想だと思ったけど、少し気になって調べてみると、よもぎの母方の本家が縁結びで有名な『春日園神社』であることを知る。
(なにかあるのだろうか……?)
よもぎの言動が気になり出したその頃、自分が研修医として勤務していた矢嶋総合病院に櫂が入院してきて、意外にも櫂がそのことに関するヒントをくれたのだ。
ある日、櫂の様子を見に病室に入ると、櫂が大事そうに手に古いお守りを持っていた。男には少し不釣り合いなかわいい赤色のお守りだった。
「それ、なに? お守り?」
「春日園神社のお守り。さくらとよもぎの母方の本家の神社。知ってる?」
「あぁ、名前くらいは」
その名前にドキリとした。
最近、調べたばかりの名前だったから。
でも、チャンスだと思った。櫂の方が何か知っているんじゃないかと思って口を開く。
「そこって、どんな神社なの? 櫂にも何か関係あるの?」と聞いていた。
「さくらには話したんだけど、僕の曾祖母と曽祖父はここで縁を結ばれて結婚したんだ。当時はお見合い結婚が多かったけど、恋愛結婚でさ」
櫂はそんなことを言った。
「縁?」
僕は首を傾げる。ただの縁結び、ということだろうか。
「変な話しなんだけど、さくらの曾祖母がそこの巫女さんでね。その人は『運命の赤い糸』が見えたんだって」
「え……い、糸?」
また同じキーワードが出てきて、ドキリとする。
――わたしと直兄がすごく長い糸でつながってる。
あの言葉は本当だったのか?
よもぎは赤い糸が見える?
(いや、まさか……)
そう思ったのだけど、続きを聞きたくなって促すと、櫂は続ける。
「うん。それで、うちの曾祖母と曽祖父が結ばれるって予言したみたい。『赤い糸がつながってるから』って」
その櫂の言葉に息をのんでいた。
そんな僕の様子を気にせず、櫂は苦笑して続けた。
「バカみたいな話でしょ? でも、結婚後も本当にずっと仲良かったらしいんだよ。残ってる絵も、写真も、全部二人寄り添ってるものばっかりでさ」
「……」
いや、まさかそんなことあるはずない。
嘘だと思う気持ちと、あの時のよもぎの嘘のない表情の間で揺れ動く。
ただ、その時点では、まだ真偽は半々くらいに思っていた。
「まぁ、今はそんな話はなくて、婚活神社、なんて言われてるらしいんだけど……。僕はさくらが好きで、こんなお守りに頼ったわけ。まぁ、これのおかげなのか何なのかは分からないけど、さくらと付き合えてるし、ラブラブだしで、効果てきめんだね」
櫂はそう言って笑う。
僕もそれを見て微笑んだ。
「うらやましい話だな」
「直さんも彼女作りなよ」
「ちょうど振られたところ。人間らしくないって捨て台詞吐かれて」
そう言うと、櫂は「あははは!」と心底楽しそうに笑いだした。
「なんで笑うの」
「いや、だって、ありえなさすぎて面白くて」
(ありえないって……)
そんなこと初めて言われたな、と感じた時、櫂はこちらを向いてはっきりと言う。
「直さんは愛情深い人だよ。深すぎるくらい」
「でも……好きだなって思う子もいないけどね。付き合ってた彼女も好きでってわけじゃなかったし。恋愛には向いてないみたいだよ」
3歳年下の櫂に何を話しているのだろうと思ったけど、櫂は年齢を感じさせないところがあって、ついそんな相談をしていた。
櫂はクスリと笑うと口を開く。
「それはまだ分かってないんだよ。きっと相手に気付けば、嵌ると思うよ」
「『気付けば』って? 普通、『出会えば』でしょ」
僕が言うと、
「うーん、もう出会ってるのかなぁって思ったから。さっきから『赤い糸』の話し、ずっと真剣に聞いてるし」と櫂は笑った。
その言葉に僕は突然よもぎの顔を思い出して、言葉に詰まる。
(なんで今よもぎの顔が出てくるんだ? まさか……、よもぎはまだ高校生だ。僕はロリコンではない)
そう思って焦ったとき、櫂が、「はっ……!」と気づいたように自分の口をふさいだ。
(まさか、よもぎを思い出したのがバレた!?)
そんなことを思って本気で焦った。
しかし櫂は、
「さくらはダメだよ! さくらは絶対だめ!」と言う。
その言葉を聞いて、なぜかほっとして返す。
「あのね、大丈夫だよ。さくらは妹みたいなもんだし。それに……」
そう言おうとして言葉に詰まると、櫂が微笑んで、
「それに、僕が死んだらきっと伸がさくらを守ってくれるからね」
と続けた。
「死ぬなんて縁起でもないこと言うなよ」
「一番僕の未来がわかる医者がそんなこと言わないでよ」
櫂は自分の運命全てを受け入れてそう穏やかに笑っていた。
あの時の櫂との会話、櫂が亡くなった後も、僕は何度も何度も反芻していた。伸とさくらのことを応援したのも、櫂の意志があったからだ。
それから櫂が亡くなって、僕はそれが思った以上にショックで……呆然としていたけど
同じようにショックを受けたはずのよもぎが、さくらの心配を必死にしていた。そのあまりの必死さを見て、僕は頬を叩かれた気分になった。
『好きなら、離れないでそばにいて、ちゃんと伝えて。さくらがここにいたいって思えるまで、毎日、さくらのそばで伝え続けてよ。『好きだ』って、『愛してる』って。お願いだから伸、一緒にさくらを助けて!』
そんなことを必死に言い出したよもぎ。
それを見て、聞いて、僕の頭には一つの仮説がよぎった。
――もしかして、さくらの糸は櫂とつながっていたのか?
よもぎの必死さと、あの櫂の言葉もあり、僕も、さくらと伸の二人の仲をできる限り応援した。
そして、2年後。
二人がようやく付き合いだした時、よもぎが僕の横で泣いて呟いたのだ。
「伸とさくらの糸がつながった……!」
って。
よもぎが僕に油断してポロリとそんな発言をしてしまったことが嬉しかったのもあったけど、よくそんなガードの緩さで今まで糸のことを隠し通せてこれたな、とも思い、僕は思わず吹き出した。
(やっぱりよもぎには『赤い糸』が見えてるんだ)
そんなふうに思えば、よもぎが廉の告白を受けない理由も、僕の手から下ばかり見ている理由までなんとなく繋がってしまって……
――僕はその瞬間、心が掴まれた気がした。
それからだ。
明確によもぎを好きになってよもぎに嵌り始めたのは……。
よもぎの言動と目線を見るに、きっとよもぎと僕の糸はつながっているのだろう。
それがたまらなく嬉しくて、僕は自分が本当に『恋』なんてものをしているのだとやけに実感していた。
それからは、計画に計画を重ねて、よもぎが自分のところに来るように、よもぎにこちらを向いてもらえるように、綿密に考えた。
よもぎが頑張って参加し続けた合コンだって、全部裏で手を回して、参加した男たちに間違ってもよもぎには手を出さないように糸を引いた。なんなら参加した男のほとんどが僕の知り合いで固めたりもして。
そして色々なことが、運命の悪戯か、それとも僕とよもぎの運命だったからか……全てうまく回りだす。
運命の赤い糸で繋がっていると、僕が行動すればするほど、2人の仲を後押しするように全てのできごとが動きやすいのかもしれないな、と思ったりもした。
それなら、そのために僕は種を撒き続けよう。
――よもぎといられる未来のために。
しかし、いざ、よもぎと恋人同士になると、僕は少しだけ不安になった。
これは自分だけが全部積み重ねただけの結果で、このままよもぎの意思は無視したまま進んでいいのかと……。
でも、よもぎははっきり言ってくれた。
あれだけはっきり言葉にするのを恥ずかしがって、怖がっていたよもぎが。
『私も、直さんが好きです。大好き』
その言葉を聞いて、僕はもう何も迷うことなく、彼女の方だけを見て、彼女のためなら何だってして、一生彼女だけを愛していこうと心に誓った。
彼女を初めて最後まで抱いた夜。
自分の腕の中で眠るよもぎにキスをして、「愛してる」と言う。
よもぎは、ふふ、と楽しそうに笑って、また寝息を立て始める。
そんな彼女の左手をもって天井の光にかざすと、その薬指に赤い糸が見える気がした。
僕はそれを閉じ込めるように、彼女の指に触れた。
最初の彼女と別れた時、そう言われた。
確かにそれまで必死に何かすることはなかったし、必死になってまで何かを手に入れたいと思ったこともない。
――誰かを特別に愛せないなんて、人間らしくないわよね。
3人目の彼女には別れ際、そうも言われた。
彼女も他の人も、みんな嫌いではない。良くも悪くもフラットなのだ。
付き合って欲しいと強くせがまれれば付き合ったし、その間は他の女の子と浮気なんてしなかった。むしろ断る口実ができたな、くらいに思っていた。
でもその別れた3人目の彼女が言うには、人間それではいけないらしく、特定の誰かに対して『愛情』や『関心』をもたなければいけないようだ。
それがいくら考えても当たり前にできない時点で、きっと僕はどこか欠落した人間なのだろうと、そんなことをずっと思っていた。
(こんな僕が『恋をする』なんて人間らしいこと、一生無理なんだろうなぁ)
絶望ではなく、ただ、淡々とそんなふうに思っていた。
よもぎに関して言えば、本当に最初は妹みたいなものだったし、本音を言えば、僕にしては珍しく『ちょっと鬱陶しい』なんて感じることもあった。
というのも、幼い廉が僕について回るから、自然によもぎも僕について回って、2人揃って僕の周りで騒いでいたからだ。
僕はその頃受験勉強もあったし、それなりに『跡取り』というプレッシャーもあった。
しかし、あまりにも廉とよもぎが僕の周りでギャーギャーとうるさいものだから、怒った僕は色々調べ、結果、『催眠暗示』なんて怪しいものをかけて2人を静かにさせたりしていたのだけど……まぁ、それも今となっては、良かったと思うことも多い。
それはともかく、よもぎは小さい時から廉のことが好きで、僕から見ても、誰から見ても、分かりやすく廉が好きだった。
でも、少し大きくなってきてもよもぎは不思議と愛情を伝え続ける廉に応えることはなかったし……
不思議と僕を見ると、視線を下に下げ、何か別のものを見ている……いや、確認しているような気がしていた。
よもぎが気になりだしたきっかけは、そんな小さなことだった。
そんな日々が続く中で、僕はよもぎが幼いころに言った言葉を思い出す。
『わたしと直兄がすごく長い糸でつながってる』という言葉だ。
ただの子どもの空想だと思ったけど、少し気になって調べてみると、よもぎの母方の本家が縁結びで有名な『春日園神社』であることを知る。
(なにかあるのだろうか……?)
よもぎの言動が気になり出したその頃、自分が研修医として勤務していた矢嶋総合病院に櫂が入院してきて、意外にも櫂がそのことに関するヒントをくれたのだ。
ある日、櫂の様子を見に病室に入ると、櫂が大事そうに手に古いお守りを持っていた。男には少し不釣り合いなかわいい赤色のお守りだった。
「それ、なに? お守り?」
「春日園神社のお守り。さくらとよもぎの母方の本家の神社。知ってる?」
「あぁ、名前くらいは」
その名前にドキリとした。
最近、調べたばかりの名前だったから。
でも、チャンスだと思った。櫂の方が何か知っているんじゃないかと思って口を開く。
「そこって、どんな神社なの? 櫂にも何か関係あるの?」と聞いていた。
「さくらには話したんだけど、僕の曾祖母と曽祖父はここで縁を結ばれて結婚したんだ。当時はお見合い結婚が多かったけど、恋愛結婚でさ」
櫂はそんなことを言った。
「縁?」
僕は首を傾げる。ただの縁結び、ということだろうか。
「変な話しなんだけど、さくらの曾祖母がそこの巫女さんでね。その人は『運命の赤い糸』が見えたんだって」
「え……い、糸?」
また同じキーワードが出てきて、ドキリとする。
――わたしと直兄がすごく長い糸でつながってる。
あの言葉は本当だったのか?
よもぎは赤い糸が見える?
(いや、まさか……)
そう思ったのだけど、続きを聞きたくなって促すと、櫂は続ける。
「うん。それで、うちの曾祖母と曽祖父が結ばれるって予言したみたい。『赤い糸がつながってるから』って」
その櫂の言葉に息をのんでいた。
そんな僕の様子を気にせず、櫂は苦笑して続けた。
「バカみたいな話でしょ? でも、結婚後も本当にずっと仲良かったらしいんだよ。残ってる絵も、写真も、全部二人寄り添ってるものばっかりでさ」
「……」
いや、まさかそんなことあるはずない。
嘘だと思う気持ちと、あの時のよもぎの嘘のない表情の間で揺れ動く。
ただ、その時点では、まだ真偽は半々くらいに思っていた。
「まぁ、今はそんな話はなくて、婚活神社、なんて言われてるらしいんだけど……。僕はさくらが好きで、こんなお守りに頼ったわけ。まぁ、これのおかげなのか何なのかは分からないけど、さくらと付き合えてるし、ラブラブだしで、効果てきめんだね」
櫂はそう言って笑う。
僕もそれを見て微笑んだ。
「うらやましい話だな」
「直さんも彼女作りなよ」
「ちょうど振られたところ。人間らしくないって捨て台詞吐かれて」
そう言うと、櫂は「あははは!」と心底楽しそうに笑いだした。
「なんで笑うの」
「いや、だって、ありえなさすぎて面白くて」
(ありえないって……)
そんなこと初めて言われたな、と感じた時、櫂はこちらを向いてはっきりと言う。
「直さんは愛情深い人だよ。深すぎるくらい」
「でも……好きだなって思う子もいないけどね。付き合ってた彼女も好きでってわけじゃなかったし。恋愛には向いてないみたいだよ」
3歳年下の櫂に何を話しているのだろうと思ったけど、櫂は年齢を感じさせないところがあって、ついそんな相談をしていた。
櫂はクスリと笑うと口を開く。
「それはまだ分かってないんだよ。きっと相手に気付けば、嵌ると思うよ」
「『気付けば』って? 普通、『出会えば』でしょ」
僕が言うと、
「うーん、もう出会ってるのかなぁって思ったから。さっきから『赤い糸』の話し、ずっと真剣に聞いてるし」と櫂は笑った。
その言葉に僕は突然よもぎの顔を思い出して、言葉に詰まる。
(なんで今よもぎの顔が出てくるんだ? まさか……、よもぎはまだ高校生だ。僕はロリコンではない)
そう思って焦ったとき、櫂が、「はっ……!」と気づいたように自分の口をふさいだ。
(まさか、よもぎを思い出したのがバレた!?)
そんなことを思って本気で焦った。
しかし櫂は、
「さくらはダメだよ! さくらは絶対だめ!」と言う。
その言葉を聞いて、なぜかほっとして返す。
「あのね、大丈夫だよ。さくらは妹みたいなもんだし。それに……」
そう言おうとして言葉に詰まると、櫂が微笑んで、
「それに、僕が死んだらきっと伸がさくらを守ってくれるからね」
と続けた。
「死ぬなんて縁起でもないこと言うなよ」
「一番僕の未来がわかる医者がそんなこと言わないでよ」
櫂は自分の運命全てを受け入れてそう穏やかに笑っていた。
あの時の櫂との会話、櫂が亡くなった後も、僕は何度も何度も反芻していた。伸とさくらのことを応援したのも、櫂の意志があったからだ。
それから櫂が亡くなって、僕はそれが思った以上にショックで……呆然としていたけど
同じようにショックを受けたはずのよもぎが、さくらの心配を必死にしていた。そのあまりの必死さを見て、僕は頬を叩かれた気分になった。
『好きなら、離れないでそばにいて、ちゃんと伝えて。さくらがここにいたいって思えるまで、毎日、さくらのそばで伝え続けてよ。『好きだ』って、『愛してる』って。お願いだから伸、一緒にさくらを助けて!』
そんなことを必死に言い出したよもぎ。
それを見て、聞いて、僕の頭には一つの仮説がよぎった。
――もしかして、さくらの糸は櫂とつながっていたのか?
よもぎの必死さと、あの櫂の言葉もあり、僕も、さくらと伸の二人の仲をできる限り応援した。
そして、2年後。
二人がようやく付き合いだした時、よもぎが僕の横で泣いて呟いたのだ。
「伸とさくらの糸がつながった……!」
って。
よもぎが僕に油断してポロリとそんな発言をしてしまったことが嬉しかったのもあったけど、よくそんなガードの緩さで今まで糸のことを隠し通せてこれたな、とも思い、僕は思わず吹き出した。
(やっぱりよもぎには『赤い糸』が見えてるんだ)
そんなふうに思えば、よもぎが廉の告白を受けない理由も、僕の手から下ばかり見ている理由までなんとなく繋がってしまって……
――僕はその瞬間、心が掴まれた気がした。
それからだ。
明確によもぎを好きになってよもぎに嵌り始めたのは……。
よもぎの言動と目線を見るに、きっとよもぎと僕の糸はつながっているのだろう。
それがたまらなく嬉しくて、僕は自分が本当に『恋』なんてものをしているのだとやけに実感していた。
それからは、計画に計画を重ねて、よもぎが自分のところに来るように、よもぎにこちらを向いてもらえるように、綿密に考えた。
よもぎが頑張って参加し続けた合コンだって、全部裏で手を回して、参加した男たちに間違ってもよもぎには手を出さないように糸を引いた。なんなら参加した男のほとんどが僕の知り合いで固めたりもして。
そして色々なことが、運命の悪戯か、それとも僕とよもぎの運命だったからか……全てうまく回りだす。
運命の赤い糸で繋がっていると、僕が行動すればするほど、2人の仲を後押しするように全てのできごとが動きやすいのかもしれないな、と思ったりもした。
それなら、そのために僕は種を撒き続けよう。
――よもぎといられる未来のために。
しかし、いざ、よもぎと恋人同士になると、僕は少しだけ不安になった。
これは自分だけが全部積み重ねただけの結果で、このままよもぎの意思は無視したまま進んでいいのかと……。
でも、よもぎははっきり言ってくれた。
あれだけはっきり言葉にするのを恥ずかしがって、怖がっていたよもぎが。
『私も、直さんが好きです。大好き』
その言葉を聞いて、僕はもう何も迷うことなく、彼女の方だけを見て、彼女のためなら何だってして、一生彼女だけを愛していこうと心に誓った。
彼女を初めて最後まで抱いた夜。
自分の腕の中で眠るよもぎにキスをして、「愛してる」と言う。
よもぎは、ふふ、と楽しそうに笑って、また寝息を立て始める。
そんな彼女の左手をもって天井の光にかざすと、その薬指に赤い糸が見える気がした。
僕はそれを閉じ込めるように、彼女の指に触れた。
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