運命の赤い糸が引きちぎれない

泉野あおい

18章:1m

 確かに緊張はする。
 だけど、私は直さんのことが好きだし、覚悟だってもうしてる。

 だって、直さんがいなくなると思ったとき、あんなに怖いと思ったことはなかった。

 ――だから私はもう後悔なんてしないように、この人のものになろうって決めたんだ。

 土曜の昼、直さんが帰ってきて、2人でタクシーに乗って帝国パークハイアットに向かった。

 覚悟はできてるとはいえ、やっぱり緊張するなぁと思っていたら、直さんはタクシーの中でも私の手をぎゅぅっと握りしめてきて、さらに私の緊張感は増す。

 もう緊張で吐きそうだ、と思ったとき、ホテルに着いた。

 チェックインして部屋に入ってみると、一度も生で見たことないスイートの部屋の広さと豪華さに感動して、私はついはしゃぎまくってしまった。

「部屋、ひろい! なにここ! 部屋何個繋がってるの!? 景色もいい! ベッドもひろーい!」
「うん、よかったね」
「ねぇ、直さん! このホテル、プールあるみたい! 行きたい!」
「うーん、いいけど……よもぎ、水着は?」
「あ、そう言えばない」
「レンタルがあるかな。聞いてみようか」
「はいっ!」

 直さんはすぐに私と自分の水着をレンタルしてくれて、二人でプールに向かった。

 そしてそれを着てみて、プールサイドに行くと、直さんが目を細めて私を見る。私は真っ赤になりながら叫んだ。

「って、何ですかこれは! これしかなかったんですか!?」

 私の水着は、上下セパレートのビキニタイプの水着だったのだ。

(勝手にスクール水着みたいな上下繋がってる水着想像してたわ!)

 ビキニはまるで下着みたいでなんだか心許ない。

「数種類から選べたからその水着着たよもぎを見たいなって思って。胸のパッドも多めに借りておいてよかったね」

 直さんが何の遠慮もなしに爽やかに微笑んでそう言う。

(爽やかに言う内容じゃない!)

「へ、変態っ! ぱ、パッドとか恥ずかしげもなくよく借りれましたね!」
「だってブカブカだったら中見えちゃうよ?」
「うぐぅっ!」

(確かに隙間多くて見えそうだから、パッドはしっかり詰め込みましたけど!)

 直さんの言うとおりだ。
 だけど、最後までしてない癖に、すでにそんなことまでしっかり把握されているのが、なんだかすごく恥ずかしい。

 恥ずかしさのあまり震えていると、直さんは私の手を取る。
 
「でも考えてみれば、自分は見たいけど、人に見せるのは嫌だな。ほら、一緒に水に入るよ。おいで」
「ふぁいっ」

 ザボン、と水の中に入ると予想以上に気持ちよかった。温水プールの温度が何とも心地よい。

 二人で泳いだりはしゃいだりしたあと、プールから出ると、直さんが私にパサリと大きなタオルをかける。

「これ、上にかけてて。あと喉乾いたよね? ジュースもってくるね」
「ありがとうございます」

 二人でプールサイドでジュースを飲んでまたひと泳ぎして、それから、お腹が減ったなぁなんてのんきに思っていると、直さんは、

「レストランの予約取ってるから、行ってみようか」
と微笑んだ。


 ディナーのために、と着替えまで用意してくれていて、私はそれに着替えると、連れていかれたのは最上階のフレンチレストランだった。 
 あまりの豪華さに戸惑って直さんを見ると、直さんは私の手をとって席に向かい、先に私を席に座らせた。

(エスコート上手だなぁ。直さん……。スマートで、かっこいい)

 ……なんていちいち思って、また好きになってしまう。

 テーブルに着くと、ウェイターが頭を下げて丁寧に今日のコースの説明をしてくれて、そのあとソムリエがワインを注いでくれる。

 乾杯して一口飲むとおいしくて、つい、もう一口、と飲んでしまいそうになったけど、やめておいた。

 運ばれてくる料理はどれもおいしくて、直さんと向かい合って話しをするのも嬉しくて楽しくて、つい時間を忘れてしまいそうになる。

 デザートも食べ終わってお腹いっぱいになると、私ははじめて周りを見渡した。

「やっぱり、こういうところはカップルばっかりですね」

 私が思わず言うと、直さんは私をじっと見て、
「みんな赤い糸でつながってる?」と突然聞いてくる。

「え……あ、いや……」
「つながってないカップルもいるんだ?」
「……はい。つながってない夫婦もいます」

 すると、直さんは少し真面目な顔で、

「ねぇ、さくらと伸の糸は最初からつながってたの?」と聞いてきた。

「え……」
「あの時……櫂が亡くなったときね、よもぎがあまりにも必死だったから。もしかして、さくらは櫂と糸がつながってたのかなぁって思って……」
「な、直さんって……何でもお見通しなんですね」

 それは事実上認めたと同じだったけど、直さんならいいと思った。

「やっぱり、そうか」
「だから怖かった。さくらがどうなっちゃうか。でも、伸がずっとさくらのそばにいて、好きだって伝え続けてくれたから……さくらは伸と繋がった」
「繋がったっていうのはつまり、さくらと伸の元の糸はちぎれたってこと?」

 直さんは少し意外そうに言う。

「はい。でも、あれだけです。糸がちぎれて他の人とつながったのを見たのはあの時だけ。これまでたくさんの赤い糸を見て来たけど、あの二人だけでした」

 私は続けた。「運命は変えられないけど、たまに奇跡だって起こるんだなぁって思ったんです」

 私が言うと、直さんは目を細める。

「それで、その奇跡を信じて、廉と付き合ったりはしなかったんだ?」
「う……」

 そういえばそうだ。

 いや、事実、直さんとの糸をちぎろうとはした。
 したけど、先に私が廉と付き合ってしまって、私と直さんの糸がちぎれるのを待つって選択肢は最初から私にはなかった気がする。

 どちらかというと、廉から離れてしまいたかった。そして、直さんからも……。
 二人の近くにいると、自分の心がどう動くのかわからなくて、怖かったのかもしれない。

 それでもなぜか色々あって、転がるように矢嶋総合病院に勤務することになって、いつの間にか直さんと同棲することになって、強制的に直さんの気持ちとも、自分の心とも向き合うようになったのだけど……。

「ま、僕にとっては嬉しいことだったけどね。僕は、よもぎがずっと好きだったから」

 また直さんが微笑んで、当たり前みたいにそんなことを言う。

(この人はいつもそうだ。まっすぐ私に向き合ってくれる……)


 私はきゅっと唇をかむと顔を上げた。

「……直さん、あのね」
「ん?」

「私も、直さんが好きです。大好き」

 私は直さんの目を見てはっきり告げる。

 ――やっと、ちゃんと言えた。

 直さんのこと、好きだって。
 自分の心からの気持ちを……。

「よもぎ……」

 突然、直さんがガタンと席を立つ。
 そして、私の腕を取った。

「ふぇっ!?」

 そのまま腕を引かれ、レストランを出てエレベータホールへ向かう。
 すぐに来たエレベータに乗ると、部屋のある階のボタンを押した。

「ごめん、大人げないけど……もう余裕ない」

 その低い、決意したような声に、私の胸は急にドクリと鳴った。


***

 部屋の扉が閉まるか閉まらないかのところで、腰を強く引き寄せられて、キスをされる。

「んんっ!」

 舌がするりと口内に滑り込むと、歯列をなぞって、口内を全て舐めとるようにした後で、私の舌をつつき絡めるように促してくる。
 恥ずかしいけど、自分もそうしたくて舌を絡めると、室内に水音を響かせながら、何度もキスをされた。キスしならがお互いの唾液を交換し合うことすら、二人で気持ちよくなる一つのピースになっているみたいだ。

 目の前の直さんを見ると、寝不足が続いているせいか目が少し赤いことに気づいた。

「直さん、あのっ」
「ん?」
「直さん、寝不足、でしょ? 私は今日じゃなくてもいつでも……」
「よもぎ……。よもぎはわかってないと思うけど、寝不足の方が、色々すごいんだよ?」
「ふぇっ……!?」

(どういう意味!?)
 
 意味はわからないが、不穏な意味のような予感だけはする。

「ごめんね、最初なのにちょっときつくしちゃったら……。あれだけ念入りに準備してたのに、実際こうなってみると、思った以上に余裕なくて……恥ずかしいくらい」

 直さんはそう言うと、私の足の裏に手を差し込んで、お姫様抱っこをする。そして、すぐさまベッドに私を連れて行って、どさりと私の身体をベッドに沈めた。と同時に、またさっきより深く何度も唇を貪られる。

「ふぁぁっ……! んっ……!」

 そのまま性急に服を全部脱がされ、プルリと身体が震えて直さんを見上げれば、直さんの目の色が変わった。
 身体ごと、唇と同じように、きつく、強く、貪られる。

「あっ、あ、あっ……!」

 気づいたら、声なんてもう言葉にならなくなっていた。

「よもぎ、好きだ。よもぎの全部を愛させて」

 そう言って直さんがのしかかって、私を見下ろし自分の服をいささか乱暴に脱いだ。

 目の前に晒された狂暴なほど鍛えられた男の人の肉体に、恥ずかしくなって目をそらすと、自分だって何ももう身に纏っていないことに今更気付いて、また恥ずかしくなる。

 なのに部屋の明かりは、二人の裸体を煌々と照らしているのだ。

「な、直さん! 電気落として!」
「だーめ。見たいの、もっと全部」
「もう全部見てるでしょ!」

 私が暴れると、直さんはくすくす笑って、私の手を取る。
 そして額を合わせた。

「なら余計にいいでしょ。それによもぎにはちゃんと見ててほしい」
「見ててッて……何を……」

 直さんは私の手に口づけると、その手を自分の頬にあてた。

「自分が誰のものになるのかを、だよ」

 その低い男の声に、熱っぽい猛獣のような目に、背中からゾクリと粟立った。

 それからの記憶は半分くらいない。
 気づいたら、ずっと直さんの背中にしがみついて、爪を立てていた。

 勝手に出る声が恥ずかしくて、唇を噛んで耐える。

「んっ、ふぁっ……!」
「よもぎ、声、殺さないで」
「はいっ、ひゃんっ……! ひゃあ、んんっ!」
「いい子だね、もっと声出して」
「あ、あ、あっ……! 直さん、どうしようっ、変っ、変なのっ……!」

 動かれると、声をかけられると、どうしようもなくどんどん体温が上がっていく感覚がある。それと同時に、びりびりとした電気みたいなものも身体を駆け抜ける。

 お互いの息が荒い。
 そんな息遣いが、声が、室内に響いて、それすら気持ちよさをさらに増やしていく気がした。

「変? どんなふうに?」
「気持ちいいっ、んんっ……」
「うん、そうだねっ……僕もすごく気持ちいいっ」
「あ、う、嬉しいっ、直さんも、同じなんだっ……」

 私は自分と直さんが同じだってことに、嬉しくて微笑んだ。

 直さんも嬉しそうに微笑むと、私の唇にまたキスを落とす。そして、さらに動きを速めた。

「んっ、かわいすぎるっ、好きだよ、愛してる。よもぎ」
「私も大好き、直さんっ。直さぁんっ、んんっ……!」

 チカチカと目の前がフラッシュする。
 意識なんてとっくにここにないのに、私と一つになった直さんの熱が、鮮明にその存在を私の脳に焼き付けた。

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