運命の赤い糸が引きちぎれない
17章:1.5m
その日精神的にヘトヘトになって、終業後にすぐマンションに戻ったけど、私は部屋には帰らず、亜依の部屋の前で亜依の帰りを待った。
もう今朝の一件で、亜依には私が直さんが好きだってことはしっかり伝わっているし、なんなら直さんの発言のせいで付き合ってることはすでに伝わってそうだし、そう思うと、ある意味でふっきれたのもあった。
だからこそ、きちんと話をするなら、もう今日しかないと思ったのだ。
待っていると亜依は夜7時ごろには帰ってきた。
帰ってきた亜依は私を見て、わかっていたのか驚きもしなかった。
「なんだ、こんなところで待ってたの」
「ごめん、どうしても話したくて」
私が言うと、亜依は頷いて部屋のドアを開ける。
「入って」
部屋に入ってみると、部屋の中はベッドとソファとテーブル、他にあまり荷物はなかった。
「綺麗だね」
「まぁもともと荷物はほとんどないし。ホテル暮らしも長かったしね」
亜依が言ったとき、私は間もおかず思いっきり亜依に頭を下げて叫んだ。
「亜依、本当にごめんなさい! 私、廉じゃなくて、直さんと付き合ってる!」
(亜依、絶対怒るよね……いや、むしろ呆れてる?)
私がそんなことを思っていると、亜依はクスリと笑い、
「今日のアレは、おもしろすぎたわよ」と言う。
「う……そ、それはもう忘れてぇ……!」
「っていうか、いつ言うのかと思ってた」
亜依がそう言い、私は驚いて思わず顔を上げる。
(や、やっぱりすでに知ってました?)
亜依は、「直先生の惚気発言は私も一昨日聞いたとこよ。でもそれよりもっと前からわかってた」と笑うと続ける。
「私ね、直先生と組むことが多いの」
「あ、うん。そうだよね」
「直先生、時間が少しでもあくと、よもぎの方ばっかり見てるの。外科から吹き抜け通して受付が見えるのよ」
亜依は、知らなかったでしょ、と微笑む。
私が頷くと、亜依は笑った。
「一緒に働いてると、見えなくていいこともたくさん見えちゃうの」
「亜依、ごめん。傷つけたよね……」
私が呟くと、亜依は顔を横に振って言う。
「私は大丈夫。好きだけど雲の上の存在って感じもして、まだそこまで本気で好きってわけじゃなかったし」
「……亜依」
私が呟くと、亜依は突然私の頬をつまんだ。
思いっきり、何の遠慮もなく。
「いだっ! 痛いっ! 亜依、痛い!」
「でも、もっと早く言ってよ。私、友だちじゃないの? どっちかというとショックなのはそっちのほう!」
亜依がそんなことを言う。
私は亜依と目が合うと、泣きそうになった。
(そうだよね……)
亜依は私のこと、大事な友だちだって思ってくれてる。私だって亜依のこと、そう思ってる。
「ごめん……大事な友だちだから、なくしたくなくて、傷つけたくなくて、言いづらかった。結果、傷付けた。本当にごめん」
「全くもう」
亜依はそう言うと微笑んで、結局泣いてしまった私の頭を軽く叩く。
私は思わず亜依に飛びついていた。
亜依は、はいはい、と私を抱きしめ背中を叩くと、
「ってことは廉も振られたんだ」
と呟く。
「えっと、あ、うん……そうなる、かな」
「そっかあ」
亜依はそれだけ言うと、突然、
「噂をすれば廉だ!」
と叫んで玄関まで走った。
玄関扉を開けると、本当にちょうど廉が部屋に帰ってきたところだった。
「わ、亜依! っていうかよもぎ!?」
どうやら、マンション廊下を歩く廉の足音で気付いたらしい。
「お隣同士だと、帰ってきたとかもよくわかるんだね」
「そうなのよー! 結構便利よ」
亜依はそう言って笑うと、「ちょっと廉、ツラかしなさいよ」
と言って、廉も部屋の中に引き入れた。
部屋に入ると、亜依は私と廉にビール缶を一本ずつ渡し、自分も一本持つと、カンパイと言って先にビールをぷしゅっと開けて飲みだす。
その勢いに、私たちは慌てて自分たちの缶も開けて口をつけた。
「聞いたわよ、廉! あんた、よもぎにすでに振られてたなら振られてたって言いなさいよ!」
亜依はそう言って、ビールをダンっとテーブルに置く。廉は眉を寄せると不貞腐れたように言った。
「な、なんでそんなこと亜依に報告しなきゃなんないんだよ!」
「まぁそれもそうか……。ごめんごめん!」
そう言って亜依はケラケラと笑う。
そして私たちの顔を見て続けた。
「それにしても、よもぎと廉が付き合ってないとはね。そっちに驚きよ」
「だろ? ほんと見る目ないよな、よもぎって!」
廉が冗談混じりに攻めるように言う。
私は言葉に詰まると謝った。
「それは……本当にごめん!」
「そこは本気で謝るなよー!」
廉が苦笑して返すと、亜依も目を細めて口を開く。
「いや、それは間違いなく廉より直先生でしょ」
「なんだよ! 2人して! それに俺はまだ諦めたわけじゃないし! 見てろよ、直よりいい医者になって、後悔させてやるから!」
「1日でも早くその姿を見たいわよねぇ」
亜依はまた楽しそうにケラケラ笑う。
亜依と廉は疲れていたのか、酔いが回るのが早かった。
私もその二人の掛け合いを見て、いつの間にか笑っていた。
そのうち、廉が缶をカラにしてパタリと頭を下げたと思うと、すーすーと眠ってしまう。
「ありゃ、廉、疲れてたのかな。寝ちゃった。研修医って大変だもんね」
「なんだか、かわいい寝顔よねー! せっかくだし落書きしてやろうか!」
亜依がペンを持って言い、廉を笑って見ていた。
「亜依。そのペン油性じゃん!」
「あ、ほんとだ。あぶなっ! 明日のナースステーション、笑いの渦に巻き込むとこだった!」
「そういえば、亜依、本当に廉の顔に落書きしたことあったよね」
「あれ、よもぎじゃなかった?」
「いや、亜依だよ! 私まだあの時の写真あるもん。今度持ってくるよ」
「えー、何それ! ほんと見たい!」
私たちはゲラゲラ笑う。
まるで高校時代のままだ。
あの時は色々複雑だったけど、私は今、心から2人と友達で良かったなぁ、なんて思っていた。
思いっきり笑って落ち着くと、時計を見て11時をとっくに過ぎていることに気づき、私は慌てて立ち上がった。
「ごめん。私そろそろ部屋に帰るね。本当に今日はごめん。それに……ありがとう」
「うん」
「あ、廉はそのままでいい?」
「あとで叩き起こすわ」
亜依は笑う。それから、
「あ、でも、直先生は今夜は帰らないと思う。私たち帰らせて、自分は残ってまだ救急に入ってるから。だから、うちに泊まっていけば?」と言った。
私は首を横に振る。
「ううん、もし一瞬でも帰ってきたときに、私いないとガッカリするだろうから帰る」
「なにそれ、惚気?」
「いや、えっと……うん。そうかも」
私がそう言って笑うと、亜依も笑う。
そして亜依は、私を見つめてハッキリ言った。
「あんな素敵な人、逃すんじゃないわよ」
「うん、分かってる」
――私だって、もう直さんと離れるのは無理だと思う。
私は力強く頷くと、じゃあね、と言って亜依の部屋を後にした。
――次の日。
結局直さんはそのまま病院に泊ったみたいで、帰ってこなかった。
朝、出勤して、なんとなく外科の方を通ってみると、直さんはいなかったけど、亜依がナースステーションにいて、その近くに隠れるように廉が立っている。
「廉、おはよ」
「っ!? よもぎっ! お、おはよっ!」
なんだか廉が戸惑っているなぁと思って、ふと手元を見た。そして首を傾げる。
「あれ?」
「な、なんだよ?」
「いや……。えっと、昨日、亜依と何かあった?」
「なっ……!? な、何にもないっ!」
廉が真っ赤になって大声で答えた。
それから慌てたように走って行ってしまう。
「何アレ」
そう言って、廉の後姿を見る。「とはいえ、何かあったくらいは丸わかりなんだけどね……」
廉と亜依を繋ぐ赤い糸は、これまで50mほどの長さでずっと変わらなかったのに、突然10mほど短くなっていた。
その日、昼休みは松井さんと食堂に行った。
最近さくらも忙しいらしく、お昼の時間が合わないので一人で食堂に行っていたら、松井さんが声をかけてくれるようになったのだ。
私がいつも通り、いつもの唐揚げ定食を食べていると、松井さんは私を見て微笑む。
「昨日の土砂崩れに巻き込まれた人は全員無事に救助されたみたいよ。医師が巻き込まれたって言うのは誤報だったって」
「うぐっ……。そ、そうですが。それはよかったです」
「重傷者のほとんどを直先生が治療されたみたいよ。さすがよねぇ、直先生」
そう言ってちらりと見られる。
それから、ふふ、と笑われた。
「松井さん、また、からかってぇ……!」
「いや、だって、おもしろすぎて……!」
松井さんが堪えきれないと言うようにケラケラ笑う。
なんだかすごく恥ずかしいけど、あんなに何も考えずに自分の恋心を暴露したのも初めてで、ある意味で吹っ切れた。
もしかしたら自暴自棄になっているだけかもしれないけど……。
そんなことを思っていると、「よもぎ」と私を呼ぶ声が降ってきた。
見上げると、直さんが私を見ている。
昨日から会ってないだけなのに、なぜか会いたい思いが募っていた。
でも、いざ会ってみると少し恥ずかしくて、つい目線をそらしてしまう。自分の声がうわずってないといいな、と思った。
「な、なんで、ここがわかったんですか?」
「いつもここでお昼食べてるでしょ?」
「確かに……」
確かに私はいつも食堂で変わらず唐揚げ定食を食べている。
最近気付いたのだけど、ここの唐揚げ定食は安いだけでなく、日替わりでつく野菜の小鉢も充実していてとんでもなくバランスがいい。さすが病院の食堂である。
「今日も帰れないけど、明日は大丈夫だから。明日の約束覚えてるよね?」
突然そうはっきり言われて、私は急に明日のことを思い出した。明日はもう土曜だ。
「ふぁ、ふぁい……!」
私は叫んで、みるみる顔が赤くなるのを感じる。
直さんはクスリと笑って私の頭を撫でた。
それから、「じゃ、明日ね。楽しみにしてるから」と微笑んでいってしまった。
私は自分の手と直さんの手をすぐ見る。
「こっちはこっちでまた短くなってるんだよなぁ……」
私たちの赤い糸はもうすでに1.5mほどになっていたのだ。
もう今朝の一件で、亜依には私が直さんが好きだってことはしっかり伝わっているし、なんなら直さんの発言のせいで付き合ってることはすでに伝わってそうだし、そう思うと、ある意味でふっきれたのもあった。
だからこそ、きちんと話をするなら、もう今日しかないと思ったのだ。
待っていると亜依は夜7時ごろには帰ってきた。
帰ってきた亜依は私を見て、わかっていたのか驚きもしなかった。
「なんだ、こんなところで待ってたの」
「ごめん、どうしても話したくて」
私が言うと、亜依は頷いて部屋のドアを開ける。
「入って」
部屋に入ってみると、部屋の中はベッドとソファとテーブル、他にあまり荷物はなかった。
「綺麗だね」
「まぁもともと荷物はほとんどないし。ホテル暮らしも長かったしね」
亜依が言ったとき、私は間もおかず思いっきり亜依に頭を下げて叫んだ。
「亜依、本当にごめんなさい! 私、廉じゃなくて、直さんと付き合ってる!」
(亜依、絶対怒るよね……いや、むしろ呆れてる?)
私がそんなことを思っていると、亜依はクスリと笑い、
「今日のアレは、おもしろすぎたわよ」と言う。
「う……そ、それはもう忘れてぇ……!」
「っていうか、いつ言うのかと思ってた」
亜依がそう言い、私は驚いて思わず顔を上げる。
(や、やっぱりすでに知ってました?)
亜依は、「直先生の惚気発言は私も一昨日聞いたとこよ。でもそれよりもっと前からわかってた」と笑うと続ける。
「私ね、直先生と組むことが多いの」
「あ、うん。そうだよね」
「直先生、時間が少しでもあくと、よもぎの方ばっかり見てるの。外科から吹き抜け通して受付が見えるのよ」
亜依は、知らなかったでしょ、と微笑む。
私が頷くと、亜依は笑った。
「一緒に働いてると、見えなくていいこともたくさん見えちゃうの」
「亜依、ごめん。傷つけたよね……」
私が呟くと、亜依は顔を横に振って言う。
「私は大丈夫。好きだけど雲の上の存在って感じもして、まだそこまで本気で好きってわけじゃなかったし」
「……亜依」
私が呟くと、亜依は突然私の頬をつまんだ。
思いっきり、何の遠慮もなく。
「いだっ! 痛いっ! 亜依、痛い!」
「でも、もっと早く言ってよ。私、友だちじゃないの? どっちかというとショックなのはそっちのほう!」
亜依がそんなことを言う。
私は亜依と目が合うと、泣きそうになった。
(そうだよね……)
亜依は私のこと、大事な友だちだって思ってくれてる。私だって亜依のこと、そう思ってる。
「ごめん……大事な友だちだから、なくしたくなくて、傷つけたくなくて、言いづらかった。結果、傷付けた。本当にごめん」
「全くもう」
亜依はそう言うと微笑んで、結局泣いてしまった私の頭を軽く叩く。
私は思わず亜依に飛びついていた。
亜依は、はいはい、と私を抱きしめ背中を叩くと、
「ってことは廉も振られたんだ」
と呟く。
「えっと、あ、うん……そうなる、かな」
「そっかあ」
亜依はそれだけ言うと、突然、
「噂をすれば廉だ!」
と叫んで玄関まで走った。
玄関扉を開けると、本当にちょうど廉が部屋に帰ってきたところだった。
「わ、亜依! っていうかよもぎ!?」
どうやら、マンション廊下を歩く廉の足音で気付いたらしい。
「お隣同士だと、帰ってきたとかもよくわかるんだね」
「そうなのよー! 結構便利よ」
亜依はそう言って笑うと、「ちょっと廉、ツラかしなさいよ」
と言って、廉も部屋の中に引き入れた。
部屋に入ると、亜依は私と廉にビール缶を一本ずつ渡し、自分も一本持つと、カンパイと言って先にビールをぷしゅっと開けて飲みだす。
その勢いに、私たちは慌てて自分たちの缶も開けて口をつけた。
「聞いたわよ、廉! あんた、よもぎにすでに振られてたなら振られてたって言いなさいよ!」
亜依はそう言って、ビールをダンっとテーブルに置く。廉は眉を寄せると不貞腐れたように言った。
「な、なんでそんなこと亜依に報告しなきゃなんないんだよ!」
「まぁそれもそうか……。ごめんごめん!」
そう言って亜依はケラケラと笑う。
そして私たちの顔を見て続けた。
「それにしても、よもぎと廉が付き合ってないとはね。そっちに驚きよ」
「だろ? ほんと見る目ないよな、よもぎって!」
廉が冗談混じりに攻めるように言う。
私は言葉に詰まると謝った。
「それは……本当にごめん!」
「そこは本気で謝るなよー!」
廉が苦笑して返すと、亜依も目を細めて口を開く。
「いや、それは間違いなく廉より直先生でしょ」
「なんだよ! 2人して! それに俺はまだ諦めたわけじゃないし! 見てろよ、直よりいい医者になって、後悔させてやるから!」
「1日でも早くその姿を見たいわよねぇ」
亜依はまた楽しそうにケラケラ笑う。
亜依と廉は疲れていたのか、酔いが回るのが早かった。
私もその二人の掛け合いを見て、いつの間にか笑っていた。
そのうち、廉が缶をカラにしてパタリと頭を下げたと思うと、すーすーと眠ってしまう。
「ありゃ、廉、疲れてたのかな。寝ちゃった。研修医って大変だもんね」
「なんだか、かわいい寝顔よねー! せっかくだし落書きしてやろうか!」
亜依がペンを持って言い、廉を笑って見ていた。
「亜依。そのペン油性じゃん!」
「あ、ほんとだ。あぶなっ! 明日のナースステーション、笑いの渦に巻き込むとこだった!」
「そういえば、亜依、本当に廉の顔に落書きしたことあったよね」
「あれ、よもぎじゃなかった?」
「いや、亜依だよ! 私まだあの時の写真あるもん。今度持ってくるよ」
「えー、何それ! ほんと見たい!」
私たちはゲラゲラ笑う。
まるで高校時代のままだ。
あの時は色々複雑だったけど、私は今、心から2人と友達で良かったなぁ、なんて思っていた。
思いっきり笑って落ち着くと、時計を見て11時をとっくに過ぎていることに気づき、私は慌てて立ち上がった。
「ごめん。私そろそろ部屋に帰るね。本当に今日はごめん。それに……ありがとう」
「うん」
「あ、廉はそのままでいい?」
「あとで叩き起こすわ」
亜依は笑う。それから、
「あ、でも、直先生は今夜は帰らないと思う。私たち帰らせて、自分は残ってまだ救急に入ってるから。だから、うちに泊まっていけば?」と言った。
私は首を横に振る。
「ううん、もし一瞬でも帰ってきたときに、私いないとガッカリするだろうから帰る」
「なにそれ、惚気?」
「いや、えっと……うん。そうかも」
私がそう言って笑うと、亜依も笑う。
そして亜依は、私を見つめてハッキリ言った。
「あんな素敵な人、逃すんじゃないわよ」
「うん、分かってる」
――私だって、もう直さんと離れるのは無理だと思う。
私は力強く頷くと、じゃあね、と言って亜依の部屋を後にした。
――次の日。
結局直さんはそのまま病院に泊ったみたいで、帰ってこなかった。
朝、出勤して、なんとなく外科の方を通ってみると、直さんはいなかったけど、亜依がナースステーションにいて、その近くに隠れるように廉が立っている。
「廉、おはよ」
「っ!? よもぎっ! お、おはよっ!」
なんだか廉が戸惑っているなぁと思って、ふと手元を見た。そして首を傾げる。
「あれ?」
「な、なんだよ?」
「いや……。えっと、昨日、亜依と何かあった?」
「なっ……!? な、何にもないっ!」
廉が真っ赤になって大声で答えた。
それから慌てたように走って行ってしまう。
「何アレ」
そう言って、廉の後姿を見る。「とはいえ、何かあったくらいは丸わかりなんだけどね……」
廉と亜依を繋ぐ赤い糸は、これまで50mほどの長さでずっと変わらなかったのに、突然10mほど短くなっていた。
その日、昼休みは松井さんと食堂に行った。
最近さくらも忙しいらしく、お昼の時間が合わないので一人で食堂に行っていたら、松井さんが声をかけてくれるようになったのだ。
私がいつも通り、いつもの唐揚げ定食を食べていると、松井さんは私を見て微笑む。
「昨日の土砂崩れに巻き込まれた人は全員無事に救助されたみたいよ。医師が巻き込まれたって言うのは誤報だったって」
「うぐっ……。そ、そうですが。それはよかったです」
「重傷者のほとんどを直先生が治療されたみたいよ。さすがよねぇ、直先生」
そう言ってちらりと見られる。
それから、ふふ、と笑われた。
「松井さん、また、からかってぇ……!」
「いや、だって、おもしろすぎて……!」
松井さんが堪えきれないと言うようにケラケラ笑う。
なんだかすごく恥ずかしいけど、あんなに何も考えずに自分の恋心を暴露したのも初めてで、ある意味で吹っ切れた。
もしかしたら自暴自棄になっているだけかもしれないけど……。
そんなことを思っていると、「よもぎ」と私を呼ぶ声が降ってきた。
見上げると、直さんが私を見ている。
昨日から会ってないだけなのに、なぜか会いたい思いが募っていた。
でも、いざ会ってみると少し恥ずかしくて、つい目線をそらしてしまう。自分の声がうわずってないといいな、と思った。
「な、なんで、ここがわかったんですか?」
「いつもここでお昼食べてるでしょ?」
「確かに……」
確かに私はいつも食堂で変わらず唐揚げ定食を食べている。
最近気付いたのだけど、ここの唐揚げ定食は安いだけでなく、日替わりでつく野菜の小鉢も充実していてとんでもなくバランスがいい。さすが病院の食堂である。
「今日も帰れないけど、明日は大丈夫だから。明日の約束覚えてるよね?」
突然そうはっきり言われて、私は急に明日のことを思い出した。明日はもう土曜だ。
「ふぁ、ふぁい……!」
私は叫んで、みるみる顔が赤くなるのを感じる。
直さんはクスリと笑って私の頭を撫でた。
それから、「じゃ、明日ね。楽しみにしてるから」と微笑んでいってしまった。
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