運命の赤い糸が引きちぎれない

泉野あおい

9章:7m

 私とさくらの母の本家は『縁結び』で有名な春日園神社を守っている。

 もともとはどこにでもある普通の神社だったそうだが、曾祖母の代に、なぜかここからたくさんのご縁が生まれた。簡単に言えば、曾祖母は『私と同じように運命の赤い糸が見えた』ということらしいが、その事実を知っているのは一握りの人間だけだ。

 今でもそのときに縁ができた夫婦の子どもや孫、そしてその噂を知る人たちがご利益を求めてひっきりなしにやってくるので、事業拡大にめざとかった後継ぎの伯父が『婚活神社』として売り出し、それがなんと大当たり。今や、たくさんの婚活に関する依頼が増え、神社はいつも大盛況。神社と言っても、イベント会場のようになっている。


 それはさておき、運命の赤い糸が見えた曾祖母自身は大変な人生だったようだ。

 小さな時から不思議な力があるとして怖がられ、さらには村八分にされた経験もある。
 理由ははっきり聞いていないが、曽祖父との仲もうまくいっていなかったようだ。

 その心労か、曾祖母は長女である祖母を生み、早くに亡くなったと聞いている。

 だからなのか祖母は、私に『赤い糸』が見えると知るや否や、私に強く言い聞かせた。

 ――その力を決して他人に知られることはないように。
 そして、自分の赤い糸が繋がっている相手には特に、と……。


「な、何の話しでしょうか……」

 私はできるだけ動揺を隠しながら言う。

(直さん、なんで知ってるの!? でも、ここで自分からなにかボロを出すわけにもいかない!)

 直さんは余裕のある顔で微笑んで、それから私の頬を撫でた。
 まるで全部わかっている、と言わんばかりに。

「へぇ、そうくるんだ? 誰かから口止めされてるのかな?」
「……意味がよく分からなーーー」
「でもね、僕はよもぎ本人から聞いたんだよ? まぁ、かなり小さかったから、よもぎが覚えていないのも当たり前だけど……」

 私の言葉を遮ってそう言った直さんを、思わず見つめた。
 息をのむ音が聞こえてしまいそうで、息すら飲めない。


 すると、直さんは目を細めて続けた。

「よもぎが言葉が話せだして、すぐのころに僕に言ったんだ。『わたしと直兄がすごく長い糸でつながってる』って」
「……そ、そんなの子どもの戯言です。ほら、その手の空想をするでしょ、子どもって」

 私が誤魔化すために言うと、直さんも微笑む。

「僕もそう思ってたよ。ずっとね」

 直さんは苦笑して、それから私の唇に触れる。

「なら……」
「今もそんなに動揺しちゃって……。よもぎに隠し事は無理なんだから、全部僕に話してよ」

 直さんが唇に触れながら言った。
 私は眉を寄せ、それから何とか口を開いた。

「だ、だから! そんなことあるはずないじゃないですか! 直さん、お医者さまなのに、そんな非現実的なこと信じてるんですか? 『運命の赤い糸』があるなんてこと……」

 私が言うなり、「ふふっ」と直さんが笑いだす。

「な、なんですかっ!」

(なんで笑うんだ! こっちは隠すのに必死なんだぞ!)

 これまでずっと隠してきた。
 さくらも糸のことは知っているけど、あまり多くのことは言ってない。

 ――同じ能力を持つ人も誰一人いなくて、私だけが抱える秘密の力。
 きっとこっそり一生抱える秘密だと思ってたのに……。


 そう思ったところで、直さんは楽しそうに目を細めて、

「僕は『糸』って言っただけ。『運命の赤い糸』なんて一言も言ってないよ?」
「っ……!」

(なんだ、その刑事が仕掛けそうな罠は!)

 完全に絶句した私を見て直さんは微笑む。

「へぇ、赤く見えるんだ。まるで絵本みたいだね」

 それからなぜか流れるようにキスをされた。

「んっ……。な、なに……?」
「キスしたら短くなるのかなって」
 直さんが楽しそうに笑う。

「そんなわけっ……っ!?」

 糸を見てまた絶句する。

(おい、ホントに短くなっているじゃないか!)


 お願いだから今すぐ戻してくれ!
 もう少しも短くしたくないのに!

 そう思っていると、直さんが楽しそうに笑う。

「え? また短くなったの? じゃあ、最後までしたらどうなるのかなぁ」

 くすくす笑って、そのまま抱き上げられる。
 暴れようとした時にはベッドの上に戻されて、直さんが上からのしかかった。

(最後まで……って! うそでしょ! ちょっと待ってぇえええ!)


「直さん、ちょっと待っ……! んっ……ふぁ」

 黙らせるように深いキスをして、そのまま首筋にキスを落とす。
 キスを落としながら、直さんの手が先ほどと同じように上半身に滑り込む。

「やめてっ……! やぁっ……!」
「ここ弱いよね?」
「ひゃぁんっ!」

(変な声が出た!)

 先ほど一番身体が跳ねた場所に触れたと思ったら、そこを重点的に何度も触れられる。口づけられる。

 先ほどのことをもう一度思い出して、勝手に身体も熱くなる。
 直さんはそれを知ってか知らずか、さらに性急に口づけ、私に触れた。

(ほんとに最後までするつもり!?)

 慌てる私に、直さんが無常に告げる。

「『運命の赤い糸』についてもう少し教えてくれたら止めてあげる。僕らの糸は最初どれくらいだったの?」

 ぐりぐりと触れられる場所から、全身が熱くなる。
 脳みそが蕩けそうなほど熱くなって、そんな熱から逃れたいと、はくはくと短く息を吐きながら必死に答えていた。

「ひゃ、100m以上、あっ、ありました! んんっ!」
「へぇ。2人の物理的な距離がそれ以上離れてるときはどんなふうに見えるの?」
「あっ……、も、もっと離れると、んっ、途中は、透明でっ! んっ、さわれもしないっ!」
「へぇ、そうなんだ。で? 今、僕らの糸の長さはどれくらいなの?」

 その言葉に息を詰まらせ、口を閉じる。

(そんなの言えるはずないじゃない!)


 すると直さんは、目を細めてさらに追い詰めるように口を開く。

「よもぎ? よもぎのお口が開かないなら、こっちも触れるよ?」

 スカートの中に手が入り込んで、するりと太ももを撫でる。
 一瞬、身体が恐怖で固まったけど、私はその大きな手を必死につかんで制止した。

「そこは、だめっ……! 絶対ダメぇ!」
「じゃ、答えて。今、僕らの糸の長さはどれくらい?」

 直さんはニコリと笑って問い詰めてくる。
 その時、ふと、『直先生、なんといっても優しいよね』という亜依の言葉を思い出した。

(この人、笑ってるだけで、やることなすこと全然優しくなんてありませんけど! むしろその笑顔が怖いわ!)

「ひゃんっ! な、なに?」

 泣きそうになってると、直さんは、ふくらはぎから上へ上へキスを落とし始める。

「この期に及んで何考えてるの? まさか廉のことじゃないよね?」

 直さんの目がギラリと光って、その目に恐怖するとまた太ももに強く口付けられた。

「やぁ!」
「ほら、答えて」
「……な、7mくらい! さっきまた1mくらい短くなったからぁ!」

 気づいたら泣いていた。
 直さんはそれを見て微笑むと、涙を舐めとる。

(この人は鬼だっ!)

 なのに、直さんはなおも質問を続ける。

「ふうん? それって、普通のカップルだったらどういう状況?」
「付き合ってて、結婚してる人も……いるっ! 言ったから! 言ったからもうやめて!」

 私が言うと、直さんはやっと手を止めてくれて微笑んだ。
 ほっとした私を見てキスとをすると、

「嬉しい事聞いたから、ご褒美にもう一回気持ちよくなっておこうか?」
「やだぁっ!」

(それはご褒美でもなんでもないぞ!)

 そう思ったのに、直さんの手に、唇に、溶かされて、泣くほど気持ちよさを植え付けられ、私はいつの間にか直さんの背中に縋っていた。


 次に目が覚めた時は、夜と朝の間だった。
 直さんのベッドの中、直さんに腕枕されている状況に私はぎょっとする。

「あ、気付いた? まさか気持ちよすぎて、途中で気を失うとは思わなかった」
「夢……?」

 ハクハクとした短い息の中で色々暴露してしまった気がする……。
 さらにあんな恥ずかしいことされて……。

(全部夢であっていてください!)

 そう思ったけど、直さんはくすくす笑って、
「そんなわけないでしょ」と私の髪を撫でた。

「よもぎは嫌だったかもしれないけど、僕はよもぎと赤い糸がつながってるなんて、嬉しかったんだ。しかもそんなに短くなってるなんてね。嬉しくて、つい突っ走っちゃった」

 その本当に嬉しそうな声に、目に、言葉に詰まる。

 そんな直さんを見ていると、絆されそうで嫌だ……。


 私はどうしていいのかわからず、なおさんを睨む。
 直さんは、ふふ、と笑って私の唇に遠慮もなく口付ける。

 その状況にいたたまれなくなって、どうにか反撃したくて……

「約束破って、嫌だって言うのに触ったりキスしたり! こ、この変態! 嘘つき!」

 思わず向かい合う直さんを足で蹴り上げた。

「ぐっ……!」
「ひゃっ!」

(やだ! 今、なんか、グニっていった!)

 泣きそうになって直さんを見ると、直さんのほうがつらそうな顔でそこにいる。

「よもぎ……! そこは痛い……! わかるでしょ!」
「じ、自業自得です!」

 どこを蹴ってしまったのかは、もうシラを切ることにした。

「も、もう、直さんのことなんて、しりません!」

 私が怒っているのに、直さんはまだ痛そうにしながらも、愛おしそうに目を細めて私の髪を撫でる。

 そしてやっぱり謝罪の気持ちが籠ってなさそうな声で「ごめんね」と謝った。

コメント

コメントを書く

「恋愛」の人気作品

書籍化作品