【完結】辛口バーテンダーの別の顔はワイルド御曹司

濘-NEI-

22.親への挨拶

「予定よりは早いけど、こんな夕方からで本当に大丈夫か?」

「あ、うち?全然大丈夫だよ」

 今から連絡入れるね。そう言って道香は用事が終わったので今から向かうと慶子に、メッセージを送信した。

 すぐにピコンと音が鳴り、了解しました。とスタンプが返ってきた。

「じゃあ行こうか。電車で行く?」
「混んでそうだよな」
「そりゃ日曜のこの時間だからね」
「タクシーでどれくらいだ?」
「それなら15分から20分くらいかな」
「なら、ちょっとデパート寄るぞ。親父さん酒は飲むか?」

 手土産の話になり、父の廉太郎と母、慶子の好物を伝える。しっかりと指を絡めて手を繋ぎデパートで買い物を済ませると、大通りでタクシーを拾って道香の実家に向かう。

 地元駅の近くからは、ドライバーに口頭で道を説明して自宅の前でタクシーを降りた。

「やべ。また緊張してきた」
「本当に極々普通のサラリーマンだから。大丈夫!ほら行くよ」

 道香は勝手知ったる実家の門扉を開けるとマサを庭先に通して、玄関のインターホンを直接鳴らす。

 中から陽気な声ではーいと返事があると、玄関から慶子が顔を出した。

「いらっしゃい。ご挨拶は後にして、さあどうぞ、とりあえず上がってください」

 慶子は手招きして家の中に入るように案内すると、道香に任せてキッチンの方へ引っ込む。

「マサさん、とりあえず入って」
「お邪魔いたします」

 緊張した様子のマサの様子が可笑しくて、道香は笑いながら靴を脱いで玄関に上がる。

 マサを連れて居間に向かうと、廉太郎が笑顔でよく来たねと、マサに握手を求める。マサは手土産を一旦その場に置くと、廉太郎に握手を返して盛長と申しますと挨拶をする。

「お母さんまだ台所に居るの?」
「ああ、お前が来るのも久々だから張り切ってたぞ。盛長くんは好き嫌いはあるかい?」
「いえ、なんでもいただきます」
「口に合うと良いけどね。是非ゆっくり食事して行ってくださいね」

 廉太郎は柔和な笑みを浮かべて、慶子が来るまでは細かいことを聞かないつもりか、会話を切る。

 マサはそのタイミングで、手土産を取り出して、道香さんから伺いまして、ほんのお口汚しですがと廉太郎の好きな銘柄の日本酒と慶子が大好きな羊羹を手渡した。

「なんだか気を遣わせたね。大好物なんだよ。本当にありがとう」

 廉太郎は嬉しそうに日本酒の瓶を掲げると、いやぁ嬉しいねと何度も繰り返した。

「はいはーい。唐揚げとポテトサラダ、後は手巻き寿司にしたから、各々好きなように食べてね」

 慶子が大皿に盛った唐揚げとポテトサラダ、その後に手巻き寿司用の酢飯と刺身を持ってきた。

「お醤油とわさびは適当にね」

 そう言って箸と小皿を配ると、さてと仕切り直して慶子が音頭をとる。

「さあ、今日はよくいらしてくれました。道香の母です。こっちがお父さんね」

 慶子もマサの顔をしっかりと見ると驚いたように顔を赤くして、どこか緊張してるのか、変な自己紹介をする。

「はじめまして。道香さんとお付き合いをさせていただいてます。盛長高政と申します」

 正座をしたままで頭を下げると、廉太郎がお決まりのように足を崩してくださいとマサに声を掛ける。

 マサは失礼しますと断って正座を崩すと、あぐらを組んで座り直す。

 それから四人で食事をとると、慶子がどこで知り合ったのか馴れ初めを聞きたがった。

 マサは本業以外に知人の手伝いでバーテンのバイトをしていることを伝えると、そこに飲みにきた道香に、自分が一目惚れしたのだと笑って話す。

 慶子は驚いたように、こんなイケメンがうちの道香のどこが良かったのかしらと冗談交じりに話を弾ませる。

 廉太郎がマサの本業について尋ねた時、マサは胸元から名刺を取り出して、廉太郎に渡す。

 廉太郎は名刺を見て驚いたように目を丸くする。しかも肩書きだけでなく、グラブレの御曹司であることにも驚いた。

「僕らの世代でもグラッツのスーツは憧れだったよ」

 廉太郎は素直に感嘆の声を上げるが、でもね、と話を続ける。

「凄い大企業じゃないか。道香はこのとおりごく普通の一般家庭の娘だよ。勤勉な子でね。親バカかも知れないが、短大を出た後に専門学校に通い直してね。今の仕事に就いた努力家なんです。だけど高政くんはゆくゆくは会社を任される立場の人間なんじゃないのかい?道香にそのお相手は務まるだろうか」

 さすがに口が達者な慶子も同じような気持ちなのか目線だけを寄越すと黙って聞いている。

「うちの姉は先輩だったデザイナーを口説き落として結婚しました。それが義兄で今の常務です。社交界だとか、そんな仰々しい世界ではありません。うちは元々、祖父が始めた町のテーラーが形態を変えていっただけで、財閥や他の大企業とは違います」

「だけど、君は専務だ。同棲の許しを乞いに来たということは、道香と結婚まで考えてくれているんだろう?周りが君と道香の関係を許すだろうか」

「確約を取ったわけではありませんが、うちの両親も駆け落ちを試みたような夫婦です。互いを思い遣り、必要とする相手であれば反対はされないでしょうし、万が一のことがあっても、僕が必ず道香さんを守ると約束します」

「そうか。高政くんはそこまで道香を大事に思ってくれているんだね。さっきも言ったけれどね、この子は勤勉な努力家だから、君のためになるなら自発的に努力をして見事成し遂げるから、どうか傷付くことがないように、君はいつでも味方でいてやってくれると嬉しいな」

「ありがとうございます」

 マサは深々と頭を下げると廉太郎にお礼を言う。結婚を前提とした付き合いを認められたということだ。

「もう。お父さん小難しいし話が長いのよ。鮮度が落ちるし冷めちゃうわ。さあさ、食べましょ」

 慶子がパンと手を叩くと、その場を仕切り直して食事を再開する。

 廉太郎がくだらない駄洒落を言ったり、慶子はめぐみの見合い話を持ち出したり、内容はバラバラで、決して有益な会話ではないが、マサを交えて家族団欒での時間を過ごした。

「そろそろ帰るよ」
「あらそう?タッパーに詰めて帰る?」

 慶子は道香に片付けの手伝いをさせ、台所に引っ込む。

 居間で再び廉太郎と二人きりになったマサは緊張していた。

 その様子に気付いてか、廉太郎は手をこまねくとマサを呼び寄せて、小さな声で内緒だよと囁くと、とっておきの秘密を教えてくれた。

「僕の実家は駄菓子屋でね。僕はコウ兄ちゃんと呼んでいたけど、晃一郎さんは駄菓子を買いに来ては、うちに入り浸ってよく僕の遊び相手をしてくれたんだ。メンコが強くてね。マルヤの廉太郎、レン坊と言えばすぐ分かってくれるはずだよ」

 マサは驚いた。世間はこんなに狭いのか。晃一郎はマサの父の名前だ。まさか道香の父と自分の父に接点があったとは。

 道香には内緒だよ。もしも反対されたら僕の名前を出してみて。そう言って廉太郎は悪戯っぽく笑ってみせた。

「あら、男同士で何の話をしてるのお父さん」

 台所から戻った慶子は二人の間で会話が弾んでいたように見えたのか、茶化すように声を掛ける。

「男同士の秘密だよ。ね、高政くん」
「はい。ありがとうございます」

 道香は不審に思いながらも、マサが笑顔でいるので後で聞けば良いかと、慶子に持たされた大量の唐揚げとポテトサラダを抱えて帰り支度を始める。

 風呂敷ならば場所を取らないからとタッパーに入れられた唐揚げとポテトサラダをエコバックふうに結んだ風呂敷に入れて改めて持たされる。

 慶子が手配したタクシーが家の前に到着したので、バタバタと家を出る。

「今度はうちにいらしてください。な?道香」

「え、あ!うん。凄く良いところなの。引っ越しが終わって落ち着いたら連絡するから、本当に遊びに来て」

「楽しみね、お父さん」
「そうだね」

 タクシーに乗り込むとじゃあまたねと手を振って、マサは奥の席で頭を下げ、バタバタと慌ただしく実家を後にした。

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