【完結】辛口バーテンダーの別の顔はワイルド御曹司

濘-NEI-

10.本当の恐怖というもの

「どうかした?」

 タクミが不思議そうな顔をしているので、道香は咄嗟に仕事の電話だったと答えた。

 それからタクミと他愛無い話をしながら、何杯目かのカクテルを飲み干すと、団体客が会計のために慎吾を呼んだ。

 タクミはカウンターを離れるとグラスやプレートを下げて何度も往復する。
 団体客を見送り、慎吾とタクミはカウンターの中で洗い物と拭き上げで手を動かす。

「凄い盛り上がってたね」

 道香はジンをロックで飲みながらタクミに話し掛ける。

「たまたま幹事の人が慎吾の知り合いらしくてね。常連さんも賑やか過ぎるのを嫌うし、普段は貸切とか受けてないんだけど」

「本当すみません。うっかり店のこと話しちゃって」

 慎吾は申し訳なさそうに頭を下げるが、タクミはおかしそうに笑って冗談だよと口元に手を当てて小さく笑う。

「もうこんな時間だし、慎吾も上がって良いよ」
「でもタクミさん」

「いいよ。だいたいは事前の連絡とホームページで貸切を確認してるだろうから、もうお客さん来ないだろうし」

「あ、それ私に対して嫌味ですか?」

「違うよ。ほら慎吾、お前がいると道香ちゃん口説けないだろ」

 冗談めかしてタクミが言うと、慎吾はああ、と納得したように顔を赤らめてギャルソンエプロンを外し、店の奥の部屋に引っ込んでいった。

「もう!タクミさん、女性に興味ないのに変な冗談言わない方がいいですよ」

「あれ?まだそれ信じてたの?」
「え?」

「道香ちゃんって、結構天然だよね」

 タクミが色っぽい仕草でクスクス笑う。道香は話に追いつけず戸惑って眉を寄せて首を捻った。
 程なくしてパーカーとデニム姿の慎吾が店の奥から顔を出す。

「じゃあ、タクミさんお先です。道香さん、ごゆっくり」

 お疲れ様でしたと頭を下げて慎吾が店を出ていく。タクミは慎吾の後を追うと、外の扉を閉めて内扉にもクローズの札をかけた。

「え?閉めるんですか?」
「さっきも言ったけど今日はお客さん来ないから」
「なら私もお会計して……んっ」

 タクミは道香の腰に腕を絡ませ、もう片方の掌は首の付け根を優しく押さえ込み、口元を塞ぐようにキスをしている。

「道香ちゃん、俺のこと好きだよね」

 あまり感情の見えない表情だが、どこか嬉しそうな高揚した声で囁くと、タクミは口に何かを含んで、水と一緒にそれを押し込んで道香に飲ませるようにもう一度キスをした。

「んんっ!」

 拒むように叫ぶが、息が上手くできず、生暖かい水と何かを道香は飲み込んだ。

「ハイになるクスリだよ。そんな警戒しないで大丈夫だってば」

「タクミさん、一体どうしたんですか」

「せっかく二人きりになれたんだから、ゆっくりお酒でも飲もうよ」

 道香には応えず、タクミは名残惜しそうに小さく舌舐めずりして見せると、カウンター側に回ってカクテルの用意を始めた。

 いつもと様子が違う。何かが変だ。道香は言い知れぬ不安と焦燥感に駆られていた。

 とっさにカバンの中でスマホを操作し、着信からリダイヤルを押してボリュームを下げる。切られないことを願いながら、スマホを書類の上に乗せると、出来るだけ会話を拾うようにカバンの一番上に固定する。

 もちろんタクミに疑われないようタオルハンカチを取り出した。

「タクミさん。ゲイだって言うのは、本当は女性を油断させて手を出すためですか?」

「楽しい方が良いじゃない」

「変なクスリ飲まされたんですよ、私は楽しくないです」

「なんで?君は俺が好きじゃないか。ちょっと気持ち良くなるだけだよ?楽しもうよ」

 心底不思議そうに驚いた顔をすると、タクミは手元で作っていたハイボールを軽くステアすると、せっかくだからソファー席で飲もうよと道香に移動するように促した。

 道香はカバンの中のスマホが通話中であることを願い、出来るだけ自然に、けれど大き目の声で会話する。

「タクミさん、こういうこといつもしてるんですか?」

 道香が大きな声を出すのは緊張感からと思ったのか、タクミはそれを気に掛ける様子はない。

「さっきから質問ばっかり。とりあえず飲もうよ」

 乾杯とグラスを合わせると、タクミは白く細い喉を鳴らしてハイボールを飲んだ。
 道香も怪しまれないように、タクミが作ったハイボールを口にする。変な味はしないが身体が熱い。

「道香ちゃん、大丈夫?」

 ニヤリとしながらタクミが舌舐めずりする。

「さっきの、なん……ですか?」
「飲ませすぎたかな」

 ククっと喉を鳴らしてタクミが笑っている。艶やかで色っぽいが目の奥が笑っていないことに気が付いて、道香は身の危険を感じてじっとりとした汗をかく。

「どうしたの?怖くなんかないよ。とびきり優しく抱いてあげるよ」

 酒にも何か入れて飲まされたのか、身体がうまく動かない。朦朧とするし身体が熱く、芯が疼いて仕方ない。

「最初に見た時から可愛いと思ってたんだ。俺がゲイだって言っても、健気に通ってお花畑みたいな笑顔で俺を見てたよね。その夢叶えてあげるよ」

 服の上から身体に触れられると、道香は意に反して甘い嬌声を漏らした。

「可愛い声だね」

 タクミの指が、道香のブラウスのボタンをゆっくりと外していく。

「いっ、いや!やめて……」

 運悪くフレアスカートを履いていたので、タクミはあっさりと道香の内腿を撫でる。

「うわぁ、柔らかい」
「や、やめてください」

 気分が悪くて、やめて欲しくて叫ぶように声を出すけれど、実際は呟く程度にしか声が出ない。また言葉や頭とは裏腹に身体が熱く燃えるように痺れてくる。

「腰が揺れてるよ」

 タクミは楽しそうに、道香のスカートをたくし上げていく。

「あぁっ、いや!や、めて、やめてくださいタクミさん!」

「大丈夫、ただの催淫剤だからイけば楽になるよ」

 催淫剤?先ほど飲まされたクスリのことだろうか。先程から身体の芯が燃えるように熱いのはそのせいか。

 こんな男に無理やり犯されるのかと思うとゾッとした。嫌だ。なのに身体は脱力して言うことを聞いてくれない。

「や、めっ、ダメ!タクミさん。やめて」
「ヤバいねこれ。めっちゃ効くじゃん」

 タクミは笑いながら、剥き出しになっていく道香の肌に指を滑らせる。

「いや!誰か!助けてっ、助けて!」

「気持ちいいことしてるだけじゃん。俺のこと好きだから嬉しいでしょ」

 タクミはベルトのバックルに手を掛け、カチャリと音を立てながらズボンを下着ごと引き下ろそうとした。

 次の瞬間、店のドアが開いたドアベルの音が聞こえた。

 熱さと震えで朦朧とする意識の中で、タクミは入ってきた人影に殴られ、掴み合って投げ飛ばされるのが見える。

 人影は動かなくなったタクミを確認すると道香のもとに駆け寄り、遅れてごめんと服の乱れを正す。

 呻き声を上げてまた暴れ出しそうなタクミを、今度は背中に回した右手と折り曲げた左足首にガムテープをぐるぐる巻きにして押さえ付けると、スマホを手に誰かに連絡を取っている。

 身体が熱く、芯が疼いてじっとしていられない。中途半端にタクミに刺激されたせいで身体が小刻みに震える。

「道香……」
「マサ、さん?」
「遅れてごめんな。苦しいだろう、楽にしてやる」

 マサはそう言って道香を抱き抱えると店の奥の部屋に連れ込んでソファーに寝かせる。

「声が出るならこれを噛んでろ」
 
 自然と先ほどのタクミからの暴力的な行為を思い出し、道香は嫌だと体を震わせる。

「お前がツラくなるだけだから、ちょっと我慢しろ。悪い」

 マサを信じて身を委ねると、言いようのない熱からようやく解放されて意識がぼんやりしてくる。

 息を乱し小刻みに震える道香を、複雑な表情で見つめながら、衣服を改めて整えてやると、マサは自分の羽織っていたライダースジャケットを掛け、額にキスをして部屋から出て行った。

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