【完結】辛口バーテンダーの別の顔はワイルド御曹司
4.マサという男
店内が程よく賑わい、特に奥の席の団体客は合コンの二次会なのか、店に置かれたダーツで盛り上がっている。
タクミはジビエのスモークハムを盛り付けると、同じく用意したドリンクをトレイに乗せてカウンターから出ていく。
「これ、すっごく美味しいです」
マサが作ったハッシュドビーフのグラタンを頬張りながら、道香は笑顔になる。
「口にあったみたいだな」
マサはドリンクを作りながらチラリと道香に視線を送って笑顔を見せた。
「タクミさんて客受けは良くても何か問題があるんですか」
ステアするマサにめぐみは何気なく声を掛ける。
「なんで?」
マサは視線も動かさずに手元のグラスを見つめたまま、アンタはタクミに興味ないだろとその問いかけには答えなかった。
「めぐみ、そういう質問は失礼だよ!」
道香はめぐみを肘で突くと代わりに謝って話題を変える。
「マサさんは遅い時間がメインなんですね。私何度か来てるんですけど、お見かけするの初めてです」
作ってもらったマリブパインが気に入った道香は、何杯目かのそれを口にして饒舌に話し掛ける。
「もしかしてオーナーが言ってたタクミが助けたお客さんってアンタのこと?」
「え?」
「ナンパに絡まれてるとこをタクミが仲裁したんじゃないのか」
マサは手元から視線を上げると道香を見つめて違うのかと尋ねる。
「そうなんですよ、この子……」
「悪いけどアンタに聞いてない。そっちの子。絡まれた方に聞いてるんだ」
話に割って入っためぐみに一瞥くれると、マサは改めて道香を見つめた。
「……はい。結構強引に絡まれて裏路地に連れ込まれそうになってた時にタクミさんが助けてくれたんです」
真っ直ぐな視線に驚きながらも、それからお礼がてら通うことになったと説明して手元のマリブパインを一気に飲んだ。
「タクミが人助けとか何事かと思ったけどアンタ危なっかしそうだもんな」
そう言い放つと、出来上がった全てのドリンクをトレンチに乗せてマサはカウンターを離れた。
「なにあれ、感じ悪くない?」
めぐみは眉を寄せてキールを飲むと、マサの後ろ姿を睨んで唸るように呟く。
「どこが。それを言うなら話に割って入ったり、めぐみが配慮のないことばっかり言うからでしょ」
「私はアンタの代わりにタクミさんがどんな人か聞いてるだけでしょ」
「それがもう大きなお世話なんだってば」
めぐみは思い込みが激しいのに加え、道香に対しても過保護なところがある。
それには原因があるのだけれど、心配が理由だからと言って、道香に関わる人に対して礼節を欠いた態度を取って良いわけではないと道香は思う。
「大きなお世話ね……二度とあんなことが起こらないように心配してるのに、ずいぶんな言い方だね、アンタ」
「だからそれが大袈裟なんだって、めぐみの過干渉は重たいんだよ」
そこまで言ってから言い過ぎたと思ったが、案の定めぐみは怒ったように、キールを飲み干すと、冷めた口調で自分の会計を渡しとくわと席を立つ。
「あれ、めぐみちゃん帰るの?」
カウンターに戻ったタクミがテーブルにお金を置く姿を見て不思議そうに声を掛けるが、めぐみは明日も朝から予定があるからと無難な言い訳をして店から出て行った。
「何?喧嘩でもしたの」
「怒らせることを言ってしまって」
道香は中身が空になったグラスを握りしめて、だけどと話を続けた。
「友だちって対等なはずなのに、めぐみはしっかりしてるから、なんだかいつも上から目線というか……なんでも話せるはずが、いつのまにかなんでも話さなきゃいけない感じになってきてて」
腹が立って頭に血が上っているのか、道香は珍しくめぐみの愚痴をこぼした。
「なに?なんで喧嘩しちゃったの」
タクミは心配半分、興味本位で顔を寄せると小さな声で道香に尋ねた。
「……私、タクミさんに助けてもらったじゃないですか。だから舞い上がってその話をしたんです」
「あの時は危なかったよね」
「凄く素敵な人で優しいって、めぐみに言ったんですよ。そしたら……」
あ、と短く漏らすと道香は口元を押さえる。
「なに?気になるじゃん。あぁ、もしかして俺がゲイだって話したってこと?」
笑いながら別に隠してることじゃないからとタクミが道香の頭を撫でる。
「すみません……」
「それより、めぐみちゃんはなんて?」
「ゲイの人に憧れても不毛だとか、実際お会いしてからも、あの人は遊んでるからやめときなとか。否定ばっかりで」
「ははは。鋭いとこ突いてくるじゃない」
タクミは笑うと、道香ちゃんはすぐ騙されちゃいそうだもんねと苦笑いした。
「でも、タクミさんは良い人です!困ってるところを助けてくれたし……」
「それも何かのための布石だったとしたら?」
道香が言い終わる前にタクミが真顔で言葉を制する。
「俺は善人じゃないよ。道香ちゃんには酷いことしようと思わないけど。あんまり人を信じ過ぎない方が良いと思うけどな」
タクミはそう言うと、これは俺からの奢りねと新しいカクテルを作り始める。
「信じ過ぎない……」
タクミが言った言葉を復唱して、めぐみに言われた言葉を思い出す。
『恋すると盲信するところも知ってるからさ』
「助けてもらって舞い上がってたのかな」
ボソリとこぼすと、タクミはなぜか嬉しそう笑う。
「俺、女性にそこまで性的な魅力感じないから。もちろんお客様として割り切ってるよ。でもなんだろうな、道香ちゃんは田舎の妹に似てるからなんとなく構いたくなるんだよね」
そう言ってタクミはコリンズグラスにビルドした一杯を、一気に飲まないようにねとコースターをセットした。
「ロングアイランドアイスティー。美味しいけど毒があるよ」
タクミは複雑そうに笑うと、他の注文をとりにカウンターを離れていった。
「ん。美味しい!紅茶が入ってるのかな?」
初めて飲むお酒に、道香は気分が高揚した。タクミが作ってくれたお酒は乾いた喉に染み入るように道香を満たす。
「お前、それなに飲んでんだ?」
慌ただしく調理しては客席を回ってカウンターを離れていたマサが、戻るなり驚いた顔で道香を見る。
「なんとかアイスティーって言ってました」
「自分で頼んだんじゃないのか」
「はい。タクミさんからの奢りです」
「アイツ……。てかお前連れの子は?化粧直しか?」
めぐみがいないことにようやく気が付いたのか、マサはグラスやプレートを洗い始めると、辺りを見渡して道香に尋ねる。
「ケンカして、というか気分悪くさせたみたいで、帰っちゃいました」
「あぁ、気ぃ強そうだもんな」
「いえ、繊細な部分もある優しい子なんですよ。私に対しては過保護というか、ちょっと色々あって心配が度を越してるんです」
カクテルをグイッと飲むと、マサさんは深夜固定なんですよね?と道香は彼の顔を見て尋ねた。
「どうした?滅多に会わないやつだから話したいことでもあるのか?」
「マサさん心が読めるんですか!」
返ってきた言葉に驚いて道香は身を乗り出す。マサの顔が近付いて困ったような息遣いが聞こえたので道香は慌てて椅子に腰を落とす。
「いえ、あの……」
「面白いやつだな。で?」
「え、なにがですか」
「相談したいのはタクミのことか?それとも違うこと?」
マサは視線を合わせることなく、洗い終えたグラスやプレートを拭きながら話を続ける。
「あ、えっと……」
「道香ちゃん」
話し始めようとした時ポンと肩を叩かれる。タクミは勤務を終えたのか、Tシャツに黒のニットカーデを羽織り、ダメージデニム姿で後ろに立っていた。
「マサと内緒話?」
「いや、そういうわけでは。タクミさんはもう帰るんですか」
「うん、俺もう上がりだから。お客さんも引いたしお相手はマサになるけど大丈夫?」
もうとっくに電車はないからさとタクミに言われて、道香は初めてそんな深い時間なのかと気が付いた。
「大丈夫ってなんだよ」
「マサは見た目以外は無骨だからね。可愛い道香ちゃんの相手が務まるか不安しかないわけよ」
「余計なお世話だ」
シッシとあしらうように手で払う仕草を見せるとマサはタクミとの会話を終わらせる。
「帰るならタクシーで送って行くよ」
タクミの有難い提案に、今までの道香なら喜んで賛同したと思う。
『俺は善人じゃないよ。道香ちゃんには酷いことしようと思わないけど。あんまり人を信じ過ぎない方が良いと思うよ』
あの言葉が妙に引っ掛かって、道香は小さく首を横に振った。
「マサさんとお話し出来る機会はそうないと思うので、もう少し飲んでいきます」
にっこり笑って返すとタクミは少し驚いたように目を開いて、けれど深追いする様子もなく、今日の髪型は可愛いねと、道香の髪を一束掬って髪にキスを落とし、じゃあねと手を振って店から出て行った。
「アイツ……お客さんに」
「びっくりしました」
呆れて溜め息をこぼすマサを見ながら、道香は苦笑いしてカクテルを飲み干した。
「もしかして酒強いのか?」
「ああ、外では醜態晒せないので抑えてるだけです。本当は日本酒とか焼酎を家でガッツリ飲んでますよ」
酷く酔っ払いますけどね。そう付け加えて道香は同じものをいただけますかとマサに声を掛け、スマホを取り出した。めぐみからメッセージが二通。怒り過ぎた、ごめんとスタンプが押されている。
「なんだ、彼氏か?」
スマホを見つめてにっこり笑う道香に、マサは手を止めることなく何気なくそう声を掛ける。
「違います!彼氏なんかいませんよ!」
めぐみからのメッセージをマサに見せて、今日は向こうが折れてくれましたと満面の笑顔を浮かべる。
「なるほど。向こうが優位って関係じゃないわけだ」
からかうように笑うと、作り終えた道香のドリンクを差し出し、拭いたグラスやプレートを片付け、道香の話に聞き入っている。
「めぐみは面倒見が良くて、しっかり者なんです。それに比べて私はドジだしおっちょこちょいで……」
「悪いけど、そう見えてるよ」
「マサさん口悪いですね」
「正直の間違いだろ」
二人で笑うと、何気ない会話に花が咲いた。
タクミはジビエのスモークハムを盛り付けると、同じく用意したドリンクをトレイに乗せてカウンターから出ていく。
「これ、すっごく美味しいです」
マサが作ったハッシュドビーフのグラタンを頬張りながら、道香は笑顔になる。
「口にあったみたいだな」
マサはドリンクを作りながらチラリと道香に視線を送って笑顔を見せた。
「タクミさんて客受けは良くても何か問題があるんですか」
ステアするマサにめぐみは何気なく声を掛ける。
「なんで?」
マサは視線も動かさずに手元のグラスを見つめたまま、アンタはタクミに興味ないだろとその問いかけには答えなかった。
「めぐみ、そういう質問は失礼だよ!」
道香はめぐみを肘で突くと代わりに謝って話題を変える。
「マサさんは遅い時間がメインなんですね。私何度か来てるんですけど、お見かけするの初めてです」
作ってもらったマリブパインが気に入った道香は、何杯目かのそれを口にして饒舌に話し掛ける。
「もしかしてオーナーが言ってたタクミが助けたお客さんってアンタのこと?」
「え?」
「ナンパに絡まれてるとこをタクミが仲裁したんじゃないのか」
マサは手元から視線を上げると道香を見つめて違うのかと尋ねる。
「そうなんですよ、この子……」
「悪いけどアンタに聞いてない。そっちの子。絡まれた方に聞いてるんだ」
話に割って入っためぐみに一瞥くれると、マサは改めて道香を見つめた。
「……はい。結構強引に絡まれて裏路地に連れ込まれそうになってた時にタクミさんが助けてくれたんです」
真っ直ぐな視線に驚きながらも、それからお礼がてら通うことになったと説明して手元のマリブパインを一気に飲んだ。
「タクミが人助けとか何事かと思ったけどアンタ危なっかしそうだもんな」
そう言い放つと、出来上がった全てのドリンクをトレンチに乗せてマサはカウンターを離れた。
「なにあれ、感じ悪くない?」
めぐみは眉を寄せてキールを飲むと、マサの後ろ姿を睨んで唸るように呟く。
「どこが。それを言うなら話に割って入ったり、めぐみが配慮のないことばっかり言うからでしょ」
「私はアンタの代わりにタクミさんがどんな人か聞いてるだけでしょ」
「それがもう大きなお世話なんだってば」
めぐみは思い込みが激しいのに加え、道香に対しても過保護なところがある。
それには原因があるのだけれど、心配が理由だからと言って、道香に関わる人に対して礼節を欠いた態度を取って良いわけではないと道香は思う。
「大きなお世話ね……二度とあんなことが起こらないように心配してるのに、ずいぶんな言い方だね、アンタ」
「だからそれが大袈裟なんだって、めぐみの過干渉は重たいんだよ」
そこまで言ってから言い過ぎたと思ったが、案の定めぐみは怒ったように、キールを飲み干すと、冷めた口調で自分の会計を渡しとくわと席を立つ。
「あれ、めぐみちゃん帰るの?」
カウンターに戻ったタクミがテーブルにお金を置く姿を見て不思議そうに声を掛けるが、めぐみは明日も朝から予定があるからと無難な言い訳をして店から出て行った。
「何?喧嘩でもしたの」
「怒らせることを言ってしまって」
道香は中身が空になったグラスを握りしめて、だけどと話を続けた。
「友だちって対等なはずなのに、めぐみはしっかりしてるから、なんだかいつも上から目線というか……なんでも話せるはずが、いつのまにかなんでも話さなきゃいけない感じになってきてて」
腹が立って頭に血が上っているのか、道香は珍しくめぐみの愚痴をこぼした。
「なに?なんで喧嘩しちゃったの」
タクミは心配半分、興味本位で顔を寄せると小さな声で道香に尋ねた。
「……私、タクミさんに助けてもらったじゃないですか。だから舞い上がってその話をしたんです」
「あの時は危なかったよね」
「凄く素敵な人で優しいって、めぐみに言ったんですよ。そしたら……」
あ、と短く漏らすと道香は口元を押さえる。
「なに?気になるじゃん。あぁ、もしかして俺がゲイだって話したってこと?」
笑いながら別に隠してることじゃないからとタクミが道香の頭を撫でる。
「すみません……」
「それより、めぐみちゃんはなんて?」
「ゲイの人に憧れても不毛だとか、実際お会いしてからも、あの人は遊んでるからやめときなとか。否定ばっかりで」
「ははは。鋭いとこ突いてくるじゃない」
タクミは笑うと、道香ちゃんはすぐ騙されちゃいそうだもんねと苦笑いした。
「でも、タクミさんは良い人です!困ってるところを助けてくれたし……」
「それも何かのための布石だったとしたら?」
道香が言い終わる前にタクミが真顔で言葉を制する。
「俺は善人じゃないよ。道香ちゃんには酷いことしようと思わないけど。あんまり人を信じ過ぎない方が良いと思うけどな」
タクミはそう言うと、これは俺からの奢りねと新しいカクテルを作り始める。
「信じ過ぎない……」
タクミが言った言葉を復唱して、めぐみに言われた言葉を思い出す。
『恋すると盲信するところも知ってるからさ』
「助けてもらって舞い上がってたのかな」
ボソリとこぼすと、タクミはなぜか嬉しそう笑う。
「俺、女性にそこまで性的な魅力感じないから。もちろんお客様として割り切ってるよ。でもなんだろうな、道香ちゃんは田舎の妹に似てるからなんとなく構いたくなるんだよね」
そう言ってタクミはコリンズグラスにビルドした一杯を、一気に飲まないようにねとコースターをセットした。
「ロングアイランドアイスティー。美味しいけど毒があるよ」
タクミは複雑そうに笑うと、他の注文をとりにカウンターを離れていった。
「ん。美味しい!紅茶が入ってるのかな?」
初めて飲むお酒に、道香は気分が高揚した。タクミが作ってくれたお酒は乾いた喉に染み入るように道香を満たす。
「お前、それなに飲んでんだ?」
慌ただしく調理しては客席を回ってカウンターを離れていたマサが、戻るなり驚いた顔で道香を見る。
「なんとかアイスティーって言ってました」
「自分で頼んだんじゃないのか」
「はい。タクミさんからの奢りです」
「アイツ……。てかお前連れの子は?化粧直しか?」
めぐみがいないことにようやく気が付いたのか、マサはグラスやプレートを洗い始めると、辺りを見渡して道香に尋ねる。
「ケンカして、というか気分悪くさせたみたいで、帰っちゃいました」
「あぁ、気ぃ強そうだもんな」
「いえ、繊細な部分もある優しい子なんですよ。私に対しては過保護というか、ちょっと色々あって心配が度を越してるんです」
カクテルをグイッと飲むと、マサさんは深夜固定なんですよね?と道香は彼の顔を見て尋ねた。
「どうした?滅多に会わないやつだから話したいことでもあるのか?」
「マサさん心が読めるんですか!」
返ってきた言葉に驚いて道香は身を乗り出す。マサの顔が近付いて困ったような息遣いが聞こえたので道香は慌てて椅子に腰を落とす。
「いえ、あの……」
「面白いやつだな。で?」
「え、なにがですか」
「相談したいのはタクミのことか?それとも違うこと?」
マサは視線を合わせることなく、洗い終えたグラスやプレートを拭きながら話を続ける。
「あ、えっと……」
「道香ちゃん」
話し始めようとした時ポンと肩を叩かれる。タクミは勤務を終えたのか、Tシャツに黒のニットカーデを羽織り、ダメージデニム姿で後ろに立っていた。
「マサと内緒話?」
「いや、そういうわけでは。タクミさんはもう帰るんですか」
「うん、俺もう上がりだから。お客さんも引いたしお相手はマサになるけど大丈夫?」
もうとっくに電車はないからさとタクミに言われて、道香は初めてそんな深い時間なのかと気が付いた。
「大丈夫ってなんだよ」
「マサは見た目以外は無骨だからね。可愛い道香ちゃんの相手が務まるか不安しかないわけよ」
「余計なお世話だ」
シッシとあしらうように手で払う仕草を見せるとマサはタクミとの会話を終わらせる。
「帰るならタクシーで送って行くよ」
タクミの有難い提案に、今までの道香なら喜んで賛同したと思う。
『俺は善人じゃないよ。道香ちゃんには酷いことしようと思わないけど。あんまり人を信じ過ぎない方が良いと思うよ』
あの言葉が妙に引っ掛かって、道香は小さく首を横に振った。
「マサさんとお話し出来る機会はそうないと思うので、もう少し飲んでいきます」
にっこり笑って返すとタクミは少し驚いたように目を開いて、けれど深追いする様子もなく、今日の髪型は可愛いねと、道香の髪を一束掬って髪にキスを落とし、じゃあねと手を振って店から出て行った。
「アイツ……お客さんに」
「びっくりしました」
呆れて溜め息をこぼすマサを見ながら、道香は苦笑いしてカクテルを飲み干した。
「もしかして酒強いのか?」
「ああ、外では醜態晒せないので抑えてるだけです。本当は日本酒とか焼酎を家でガッツリ飲んでますよ」
酷く酔っ払いますけどね。そう付け加えて道香は同じものをいただけますかとマサに声を掛け、スマホを取り出した。めぐみからメッセージが二通。怒り過ぎた、ごめんとスタンプが押されている。
「なんだ、彼氏か?」
スマホを見つめてにっこり笑う道香に、マサは手を止めることなく何気なくそう声を掛ける。
「違います!彼氏なんかいませんよ!」
めぐみからのメッセージをマサに見せて、今日は向こうが折れてくれましたと満面の笑顔を浮かべる。
「なるほど。向こうが優位って関係じゃないわけだ」
からかうように笑うと、作り終えた道香のドリンクを差し出し、拭いたグラスやプレートを片付け、道香の話に聞き入っている。
「めぐみは面倒見が良くて、しっかり者なんです。それに比べて私はドジだしおっちょこちょいで……」
「悪いけど、そう見えてるよ」
「マサさん口悪いですね」
「正直の間違いだろ」
二人で笑うと、何気ない会話に花が咲いた。
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