【コミカライズ原作】君とは二度、恋に落ちる〜初めましての彼に溺愛される理由〜
真実(5)
以前、角膜移植の話を調べていた時に聞いたことがある。遺体から臓器を提供する際に、ドナーの遺族にその事実だけが伝えられる、と。もちろん誰に移植されたかなどは、一切明かされないが。
「どうかした?」
「ええと……」
一言聞いてしまえば済む話だ。誠がドナー登録をしていたのであれば、奏の話はほぼ真実と言っていいのだから。けれど、この質問でおばさんが感づいてしまう可能性だってある。それに、改めて質問するということは、私は心のどこかで奏を信じていないということになるのではないか。
「あ……いえ、何でもないです。すみません……」
考えた末、小さく首を振る。おばさんも不思議そうに首を傾げたけれど、幸い深くは追及してこなかったので、適当に別れを告げた。
真実は永遠にわからなくなってしまったが、やはり奏の角膜ドナーは誠である気がする。
一人きりになり墓碑へ向き合うと、お供えの花を置いた。
「もう九年か……早いね」
毎年こうして誠に話しかけて、随分と月日が流れたことを実感する。そして、年々誠のことを考える時間が、少しずつ減っていたことにも。
特にここ最近は、その変化が顕著だった。理由はもちろん、奏に出会ったから。それは、決して誠を忘れたからじゃなくて、奏のことを考える時間が大きくなっていたからだ。
手を合わせて、心の中で誠に話しかける。
奏に出会い、付き合い始めたこと。そして彼が、誠の角膜を移植したということ。まだ誠に報告していない、最近の出来事をひとつずつ。
そして頭の中で、何度も何度も考えたけれど、まとまらなかった考えが整理されていくのを感じていた。
私は別に、奏が本当のことを黙っていたことがショックだったんじゃない。もちろん、最初はショックを受けたかもしれないが、その気持ちはすぐに消えていた。彼が言いづらかった気持ちは理解できるから。
だとすれば、ずっと悩んでいたのは、私自身の問題。もっと、すごくシンプルなことだった。
奏に誠の角膜が移植されたことで、二人を重ねてしまうことが嫌だったんだ。それが、奏にとって、とても失礼なことだと思ったから。
実際に奏だって、私に自分自身を見て欲しいと言っていた。だから、そのことで奏を傷つけたくなくて、他の誰でもない奏自身だけを見ていたくて……ずっとそればかり考えていた。
どうしてこんな風に思うのか――それは紛れもなく、私が奏のことが好きだからだ。心の底から、どうしようもなく。
自分が知らないうちに、こんなにも奏のことを好きになっていたと、今更になって気付かされるなんて。我ながら鈍いにもほどがある。
やっと気持ちの整理がつくと、今まで悩んでばかりいた不甲斐ない自分に、呆れ笑いが漏れた。
「……って、こんなこと、誠に言う話じゃないよね。ごめんね。でも……」
ここで、自分の気持ちが整理できてよかった。お墓参りに来なければ、永遠に堂々巡りをしていたかもしれない。
この続きは、奏に言わなきゃ。
自分の中で決心がつき立ち上がると、体を包み込むようにふわりと風が吹いた。
今年も、私の話には一言も返事はなかった。それでも、なんとなく誠も応援してくれるような気がして気持ちが軽くなる。
もう一度墓碑を見つめると、小さく一礼してその場を去った。
マンションへ戻る前に奏に「今日会えないか」とメッセージを送ってみたけれど、返事はなかった。いつも仕事ばかりしてる奏のことだから、きっと夜までには返事をくれるだろう。そう思い、あまり気にせずに自宅で仕事をしていたのだが――
「……来ない」
待てど暮らせど、一向に鳴らないスマートフォン。もはや私が昼間送ったメッセージには、既読すらつかないまま夜を迎えてしまった。
とにかく早く奏と話したくて、一か八か直接会いに行ってみようと、彼の部屋のインターホンを鳴らした。
一度目のインターホンから少し開けて、二度目のインターホンを鳴らす。
「出ない……」
我ながらしつこいと思いながら、三度目のインターホンを鳴らしたけれど、やはり奏は出てこなかった。心なしかドアの向こうにも、人の気配を感じられない。
仕事に出ているのだろうか。しかし、普段自宅で仕事をしている彼が家を空けることはほとんどないはず。さらに、昼間から連絡がつかないところを見ると、何かあったのかもしれない。この部屋の中で倒れてたりなんてことは……。
さすがにその考えは飛躍しすぎかもしれないけれど、ありえない話ではない。
これは、緊急事態なのではないか。あらゆる想像を巡らせて言い訳を作ると、今まで一度も使ったことのない、奏の部屋の合鍵を取り出す。一呼吸置くと、おそるおそる彼の部屋のドアを開けた。
「お邪魔します……」
何度か訪れている彼の部屋ではあるが、入るのは久しぶりで、既に懐かしく感じてしまう。真っ暗な廊下に電気を付けて進んでいくと、リビングのドアを開けた。
「奏……?」
しんとした部屋の中、彼の姿はどこにもない。
寝室にも、お風呂場にも、申し訳ないけれど、ちらりと覗かせてもらった彼の仕事部屋にも。
ただ出かけているのだとわかり、ひとまず最悪の事態は免れたと安堵する。
同時に、墓地を出た時からずっと気合を入れていた分、彼と話せないとわかり拍子抜けしてしまった。
「帰ろう……」
そのうち連絡が来るだろうと思い、部屋をあとにする。
ーー結局、奏から連絡があったのはその日の深夜で、「今東京に来ていて、しばらく帰れない」という連絡だった。
早く話したかったけれど、大事な話だからこそ電話などでは話してはいけない気がして、大人しく彼の帰りを待つことにした。
「どうかした?」
「ええと……」
一言聞いてしまえば済む話だ。誠がドナー登録をしていたのであれば、奏の話はほぼ真実と言っていいのだから。けれど、この質問でおばさんが感づいてしまう可能性だってある。それに、改めて質問するということは、私は心のどこかで奏を信じていないということになるのではないか。
「あ……いえ、何でもないです。すみません……」
考えた末、小さく首を振る。おばさんも不思議そうに首を傾げたけれど、幸い深くは追及してこなかったので、適当に別れを告げた。
真実は永遠にわからなくなってしまったが、やはり奏の角膜ドナーは誠である気がする。
一人きりになり墓碑へ向き合うと、お供えの花を置いた。
「もう九年か……早いね」
毎年こうして誠に話しかけて、随分と月日が流れたことを実感する。そして、年々誠のことを考える時間が、少しずつ減っていたことにも。
特にここ最近は、その変化が顕著だった。理由はもちろん、奏に出会ったから。それは、決して誠を忘れたからじゃなくて、奏のことを考える時間が大きくなっていたからだ。
手を合わせて、心の中で誠に話しかける。
奏に出会い、付き合い始めたこと。そして彼が、誠の角膜を移植したということ。まだ誠に報告していない、最近の出来事をひとつずつ。
そして頭の中で、何度も何度も考えたけれど、まとまらなかった考えが整理されていくのを感じていた。
私は別に、奏が本当のことを黙っていたことがショックだったんじゃない。もちろん、最初はショックを受けたかもしれないが、その気持ちはすぐに消えていた。彼が言いづらかった気持ちは理解できるから。
だとすれば、ずっと悩んでいたのは、私自身の問題。もっと、すごくシンプルなことだった。
奏に誠の角膜が移植されたことで、二人を重ねてしまうことが嫌だったんだ。それが、奏にとって、とても失礼なことだと思ったから。
実際に奏だって、私に自分自身を見て欲しいと言っていた。だから、そのことで奏を傷つけたくなくて、他の誰でもない奏自身だけを見ていたくて……ずっとそればかり考えていた。
どうしてこんな風に思うのか――それは紛れもなく、私が奏のことが好きだからだ。心の底から、どうしようもなく。
自分が知らないうちに、こんなにも奏のことを好きになっていたと、今更になって気付かされるなんて。我ながら鈍いにもほどがある。
やっと気持ちの整理がつくと、今まで悩んでばかりいた不甲斐ない自分に、呆れ笑いが漏れた。
「……って、こんなこと、誠に言う話じゃないよね。ごめんね。でも……」
ここで、自分の気持ちが整理できてよかった。お墓参りに来なければ、永遠に堂々巡りをしていたかもしれない。
この続きは、奏に言わなきゃ。
自分の中で決心がつき立ち上がると、体を包み込むようにふわりと風が吹いた。
今年も、私の話には一言も返事はなかった。それでも、なんとなく誠も応援してくれるような気がして気持ちが軽くなる。
もう一度墓碑を見つめると、小さく一礼してその場を去った。
マンションへ戻る前に奏に「今日会えないか」とメッセージを送ってみたけれど、返事はなかった。いつも仕事ばかりしてる奏のことだから、きっと夜までには返事をくれるだろう。そう思い、あまり気にせずに自宅で仕事をしていたのだが――
「……来ない」
待てど暮らせど、一向に鳴らないスマートフォン。もはや私が昼間送ったメッセージには、既読すらつかないまま夜を迎えてしまった。
とにかく早く奏と話したくて、一か八か直接会いに行ってみようと、彼の部屋のインターホンを鳴らした。
一度目のインターホンから少し開けて、二度目のインターホンを鳴らす。
「出ない……」
我ながらしつこいと思いながら、三度目のインターホンを鳴らしたけれど、やはり奏は出てこなかった。心なしかドアの向こうにも、人の気配を感じられない。
仕事に出ているのだろうか。しかし、普段自宅で仕事をしている彼が家を空けることはほとんどないはず。さらに、昼間から連絡がつかないところを見ると、何かあったのかもしれない。この部屋の中で倒れてたりなんてことは……。
さすがにその考えは飛躍しすぎかもしれないけれど、ありえない話ではない。
これは、緊急事態なのではないか。あらゆる想像を巡らせて言い訳を作ると、今まで一度も使ったことのない、奏の部屋の合鍵を取り出す。一呼吸置くと、おそるおそる彼の部屋のドアを開けた。
「お邪魔します……」
何度か訪れている彼の部屋ではあるが、入るのは久しぶりで、既に懐かしく感じてしまう。真っ暗な廊下に電気を付けて進んでいくと、リビングのドアを開けた。
「奏……?」
しんとした部屋の中、彼の姿はどこにもない。
寝室にも、お風呂場にも、申し訳ないけれど、ちらりと覗かせてもらった彼の仕事部屋にも。
ただ出かけているのだとわかり、ひとまず最悪の事態は免れたと安堵する。
同時に、墓地を出た時からずっと気合を入れていた分、彼と話せないとわかり拍子抜けしてしまった。
「帰ろう……」
そのうち連絡が来るだろうと思い、部屋をあとにする。
ーー結局、奏から連絡があったのはその日の深夜で、「今東京に来ていて、しばらく帰れない」という連絡だった。
早く話したかったけれど、大事な話だからこそ電話などでは話してはいけない気がして、大人しく彼の帰りを待つことにした。
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